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第18話

 それに気づいたのか、聖修は俺のことを見ていた。


「……あ、だからだね。昨日、神楽さんに言ったと思うんだけど……私は有名人だから、他の人に私がここに住んでるって知られたくないんだよね。そうなったら、このマンション中が大騒ぎになるでしょう? だから、まだ神楽さん以外には、私がここに住んでることは言ってないの。たまたま神楽さんとは昨日会っちゃったから、挨拶に来ただけで……」


 ……あ! そういうことか!


 聖修がそう説明してくれて、ようやく俺にも状況が理解できた。


 確かに彼女の言う通り、昨日、偶然にも聖修と会ったからこそ、こうして挨拶に来てくれたり、料理を持ってきてくれたりしているんだと、今さらながら気づく。


「……ってことは、もしかして、聖修さん……俺のこと信用してくれてたりしますか?」


「あ、まあ……ファンだって言うなら、なおさらね。きっと、隣に好きな有名人が引っ越してきたら、誰かに話したくなると思うけど、誰にも言いたくないって気持ちもあるでしょ? 下手に話したら、引っ越さなきゃいけなくなるかもしれないって思うだろうし……」


「はぁ……」


 そう答えながらも、まったくその通りだと思った。


 確かに誰かに話したい気持ちはあるけれど、万が一引っ越されてしまうリスクがあるなら、それは我慢できる。なんだか自分のことをちゃんと理解してもらえた気がして、ほっとしたような気分になった。


「んー……」


 そう呟きながら、聖修はドアスコープを覗いている。


「どうやら、ここの階に住んでいるご婦人のようですね。エレベーターを降りたあとも、その前で話を続けてるみたいです」


「はい?」


 聖修の言葉に、俺もつられて反応する。何せ俺の方が先にこのマンションに住んでるんだから、住人のことはある程度知っているし、挨拶もしてるから顔見知りも多い。


 聖修の「おばさん」という言葉を聞いて、この階で仲がいいのはあそことあそこの家の人だろう……と、すぐにピンとくる。


 それなら、おそらくあの二人の会話は長引くだろう。というより、確実に長話になる。


「あ、多分……しばらく帰らないと思いますよ。あのおばさんたち、話し始めると長いですから……」


「……へ?」


 あの聖修が目を丸くして、俺のことを見ていた。


 今までアイドルとしての聖修を何十回、何百回と見てきたけれど、こうして隣に住んでくれるようになってからは、プライベートな彼の表情を見られるのは俺だけなんだと思うと、本当に毎日が楽しくて仕方がない。ただただ平凡な生活を送ってきた俺にとって、まさに刺激的な毎日になっている。そして、こうして普通に会話していることさえ、夢のようだ。


「あ、いやー……おばさんの話は本当に長いんですよ。そうそう! あのお二人はすごく仲が良くて、ちょっとやそっとじゃ終わらないんです。確か、お子さんも同い年で、中学くらいから家族ぐるみで付き合ってるって聞いてますからね」


 そう言いながら、俺は思わず後頭部をかきながら答えてしまった。別にそこまで照れる必要はないのに、気づいたときには自然とそんな仕草をしていたのだった。


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