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002 進路面談

「前の面談が長引いて、すまなかったな」

「色々相談されたのでしょう。問題ありません」


 順に面談していけば、どうしても後ろが延びていく。


「そうか、今日はこれで最後だから、ゆっくりできるぞ。といっても大賀の場合、どこでも問題ないけどな。一応聞いておくけど……どこの高校に行きたい?」


 なんとなく、最後に妙な間があった気がした。

 不審がっているようだ。教師に対する態度が、十五歳当時の俺と違うからか?


 担任は、新卒で赴任していまは三年目。

 受験生を受け持つのもはじめてのはずだ。


 まだ若いせいか、生徒からフランクに話しかけられていたのをよく覚えている。

 俺はまったく興味なかったので、自分から話しかけた記憶はほとんどないが。


 当時、担任の馴れ馴れしい態度が、あまり好きではなかった。

 たしかこの面談でも、「K高校に行きます」と一方的に告げて、終わらせたと思う。


 あのとき、担任が俺ともっと話したそうだったが、それを分かっていて、俺は無理矢理、話を切り上げた。

 前回と同じ態度を取るのは、さすがにはばかられる。


 ここはひとつ、大人の余裕を見せることにしよう。


「面談が長引いたのは、先生が信頼されている証しでしょうね」

 これは仕事で培った交渉術のひとつ。


 それとなく相手の自尊心をくすぐる。

 これはのちの会話を有利に進めるコツだ。


「お、おう」

 担任は戸惑っていた。


 こんなことを言うタイプではないから、どう反応していいか分からないのかもしれない。

 落ち付くためだろうか、担任は机の上の資料を整理しはじめた。


「どうしました、先生?」

「うん……いやな、大賀はK高校志望だと思って資料を用意したんだが、この分だと違う結果になりそうだと思ってな」


「……ほう」

 驚いた。どうしてそう思ったのだろう。


「東京で二大トップ高といえば、A高校とK高校だよな。K高校は私服だし校則だって緩い。授業は参考程度で、勉強は自分でやれと突き放す傾向があるだろ」

「そうですね」


「自分をりっすることができるタイプは、K高校に向いている。だから大賀はK高校を志望すると思ったんだ。試験日が重ならないから、A高校は受験しても進学しないんじゃないかなと思って、資料だけは用意しておいたが」


 これも当たっている。

 たしかに俺はA高校とK高校を受験して、K高校に通った。


 担任とは、進路について一度も話したことがないのに、こうも正確に読むか。

 当時はまったく気付かなかったが、どうやらこの担任、生徒のことをしっかり見ているらしい。


 なるほど、生徒が相談に日参するわけだ。

 五十五歳まで生きた経験があるから分かる。この担任、俺の半分も生きていないのに、相手の心情を察するスキルがやたらと高い。


「そうですね。たしかに俺はA高校とK高校を受験して、K高校に通う予定でした。ですが、いまは違います」

 いまさらK高校あそこに行く必要はないし、わざわざのある自分を演出するのはまっぴらだ。


「そうか。一応聞いておくが……なぜだ?」

「T大に行くための準備が必要なくなったからです。T大くらいなら、いまからでも余裕で合格できますよ」


「わざわざK高校へ行く必要がなくなったってわけか」

 担任は納得しているが、俺が嘘をついているとは思わないのだろうか。


 しかしこの担任、本当に察しスキルが高い。

 たったあれだけの会話で正確に察するのだから、舌を巻くレベルだ。


 ライバル会社にいたら、一度か二度、大きな取り引きで出し抜かれていたかもしれない。

 担任は東京が地元で、祖父母の面倒をみながら生活していたはずだ。


 最初の自己紹介のとき、出身高校と大学名を聞いて速攻で興味をなくしたが、人は偏差値では測れないと、大人になってから学んだ。


 偏差値55の人間が偏差値50の人間より、5だけ人間的に優れているわけではない。

 偏差値の順に人間の優劣は決められない。これは社会で経験したから分かる。


「というわけで、どこの高校に通ってもいいんですが……そうですね。海陵かいりょう学院なんていいですね」

「大賀……おまえ」


「先生の後輩になるのも悪くありませんね。……ええ、決めました。第一志望は海陵にします。ただしA高校とK高校はちゃんと受けますよ。行く気はありませんが」


 今度こそ担任は呆れた顔をした。

 偏差値75のK高校を蹴って、偏差値……たしか50より低かったはずだ。そこへ行くと言い出したのだから、その反応も分かる。


「……分かった。大賀の意志を尊重するよ」

 再起動を果たした担任がそう言って、面談は終わった。


 やはりこの担任、頭が柔軟だと思う。

 こんなとこで教師をやらせているのがもったいないくらいだ。


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