俺に
チンピラ風の見た目に違わず、すでにやらかした後らしい。
話を聞くと、前の会社は、酔って喧嘩をして相手に怪我を負わせたことで、クビになったそうな。
まだ執行猶予が残っているらしく、交番だけは勘弁してくれと、土下座せんばかりに謝ってきた。
だがこういう旧来の現場作業員は、会社にとってマイナス。
早く辞めてもらった方がいいと俺が言うと、顔を真っ青にして弁明した。
「違うんだ。これは……その、しゃ、社長に頼まれたんだ! お嬢のイイ人が来るから、少し脅して反応を見ろって。俺は社長に拾ってもらった恩があるから断れなくて……警察沙汰になったら、マジやばいんだ」
「なるほど……最初にガツンとやってしまおうと。そういうわけですね」
「おれは頭が悪いからよく分からねえけど、社長は言い出したら聞かないし、怒るとコエーんだよ」
現場に新人が入ってきたとき、これでもかと脅す監督がいる。
若い者の多くは、現場を
夜遅くまで遊び回って、寝不足のまま仕事に来たりすると危ない。
新人教育も兼ねているから、新人を脅すのは一概に悪いとは言えないが、俺はリミスの社員ではない。
「……まあいいでしょう。俺も本気じゃなかったし。では、社長のところへ案内してください」
「はいっ!」
語尾に「よろこんで!」がつきそうな勢いが返ってきた。
「……どうやって手なずけたんだね」
俺の前に座るのは、社長の名出
「どうしてでしょうね」
俺に因縁をつけてきた谷は、なぜか俺の後ろで直立している。まるで従者だ。
社長は俺への
入ったばかりの新人だから、言うこと聞くと思ったのだろう。
俺がビビって逃げ出すもよし、そうでなくとも、泣きを入れてくるだろうと思っていたら、なぜか従えてやってきた。
名出社長は湯飲みを持ったまま俺を凝視し、「アチィ!」と飛び上がった。
そしていまに至る。
「……キミが
社長は先ほどから、渋面をつくっている。
熱い湯飲みでヤケドしたらしく、しきりに手を吹いている。
「お目にかかれて光栄です、名出社長」
反対に俺は、笑顔でこたえる。
三十年以上のキャリアで
「娘が世話になっていると聞いた」
「はい。親しくさせていただいてます」
名出社長はさらに難しい顔をした。
思惑がはずれた。そんな表情が見て取れる。
「単刀直入に言おう。娘は歳を取ってからできた一粒種でな。それはもう、手塩にかけて育ててきたんだ。分かるかね」
「分かるとは言いかねますが、社長のお気持ちは伝わってきます」
「娘が生まれたのは、ちょうど独立した頃だった。好景気だが、大変な時代だったんだ」
「たしか、そのとき
「……どこでそれを? だれにも言ったことはない。それこそ、妻だって知らないはずだ」
なるほど、この時代ではまだ知られていないのか。
『夢』の中で、俺がリミスについて調べたときにはもう、その情報はインターネットの海の中に存在していた。
「風の噂で、社長が通っていたバーに、そんな
「……そうか」
社長が落ち込んでいる。
奥さんに知られるのが怖いのだろうか。
いや、娘にか。
まあ、社長も忙しい人だろうし、本題に入ろう。
「俺が社長に会いたいと思ったのは、この会社のことです」
「……会社? 娘のことではなく?」
社長が首をコテンと傾けた。
「もちろん会社のことです」
社長は
「我が社に入りたいというのかね?」
「いえ、少々お話をしたいと思いまして」
「……?」
思惑が外されっぱなしだという顔をしている。裏表がないのか、表情を読みやすい。
リミスは二十年近く前に、この人が興した会社だ。
社長は中学を出て一年間、ヤンチャなことばかりして、何度も警察の世話になった。
そして十六歳になったとき、とある土建会社で働くことになる。
どうやらこの業界が性に合っていたらしく、すぐに仕事を覚え、多くのコネができ、部下もできた。
三十六歳のとき、独立にむけて退社。
一年間会社作りに
俺がリミスについて調べた情報だと、そうなっている。
名出さんが俺と同級生ということは、リミス設立の二年後に生まれた計算になる。
ちなみに奥さんはいま三十六歳なので、結婚当時はまだ十代だったと思われる。
それはどうでもいい。
バブルがもうすぐはじけ、リミスは方針の転換を迫られる。
リミスという名の船は、不況という名の荒波の中に放り出されるのだ。