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015 訪問

 そしてやってきた日曜日。

 今日は、リミスの社長と会う約束した日だ。


 俺はあらかじめ教えられていたリミスの事務所へ向かった。

 2000年代に入ると、リミスはテレビでCMを流すようになる。


 ――重機のことなら、リミスにお任せ


 そんなフレーズが、日曜早朝に流れていた。

 どれだけ効果があったか分からないが、知名度は上がったと思う。


「……ここか」

 俺がやってきたのは、東京都稲城いなぎ市の山中。


 アップダウンの激しい細道が続き、周囲に緑が残っているただ中に、事務所はあった。

 名出さんの自宅はこの近くではないだろう。


 敷砂利しきじゃりの傾斜地に、重機がいくつも並んでいる。

「事務所はプレハブなのか」


 あまり見かけないタイプの長いプレハブが二棟あった。

 木製の看板が掲げられている方が事務所のようだ。


 しかし俺が知っているリミスはもっと大きく、そして普通の会社だった。ここはどう見ても……。


「おうおう、あんちゃん。なに勝手に入ってけつかるんや!」

 敷地に足を踏み入れたら、いきなり絡まれた。


 俺が入社した頃、荘和コーポレーションの現場も同じ雰囲気だった。

 俺が行くと何度も怒鳴られ、角材で尻を叩かれ、外に蹴り出されたものだ。


 懐かしい。

 もちろん、俺はすぐに出世して、そういった連中はみな辞めさせたが。


 建築工事にはかならず施主せしゅがいるわけで、それは国だったり、企業だったり、個人だったりする。

 現場の作業員がまるでヤクザのような格好をしているのは、たしかに伝統的にありえる。


 だが、格好しているということは、周囲から『そう見られたい』という意思表示の現れだ。

 真っ当な神経を持っている施主が、そんな作業員ばかりの現場を見て、「頼もしい」と思うだろうか。


 とてもそうは思えない。


 休憩時間にしゃがんで、コーヒーの缶を灰皿代わりにして煙草を吸っている姿を見て、施主が「彼らは信頼できる」と判断してくれればいい。

 無理だろう。多くの施主は、眉をひそめる。


 ゆえに俺は排除した。


 現場に服装規定を取り入れて、しっかりと管理させたのだ。

 最初は反発もあったが、制服を支給し、態度をあらためさせたら、今度はそれが現場のスタンダードになった。


 あとから入ってくる若い者がそれを真似るので、雰囲気は大きく改善された。

 その過程を見てきた俺としては、この目の前の若者はなんとも微笑ましい。


「なに笑ってんや、どついたろか!」

 二十歳ハタチそこそこだろう。


 服装と髪型をみれば分かる。

 古い時代にいたステレオタイプの現場作業員だ。


 彼はバールを肩に担いでいる。

 凶器のように威嚇いかくして持ってくるあたり、いろいろアウトだ。


 俺が現場監督だったら、再教育か辞めさせている。

「あなたは指定暴力団もしくは、それに類するところに所属していますか?」


 一応初対面であるし、俺は丁寧に話しかけた。

「ああん?」


「ヤクザかどうかと、聞いているんです」

「だったら、どしたぁ?」


「肯定と取りますね。暴力団員と思わせて、なおかつ暴力を振るうと明言したわけですから、『脅迫罪』が適用されます」

「あん?」


 この時代まだ暴対法ぼうたいほう、いわゆる暴力団対策法は施行されていない。

 だが、この頃からすでに、暴力団の影響下にある企業は問題視されている。


「分かりやすく説明すると、あなたは凶器を持った状態で、暴力を示唆しさしましたよね」

「だったらどうだってんだよ!」


「口で殴ると言っていますし、暴力団員かと質問したら肯定しました。明らかな威圧行為です。駅前に交番がありましたので、そこへ訴え出ることにします。お名前を教えていただけますか」


「お、おい」

「名乗らないようでしたら、警官に来てもらいましょう。あなたはここの作業員と見受けられます。上司ともども捕まってもらいましょう」


「待てや」

「大丈夫です。被害届の出し方は、よく知っていますので。こう見えても、法律には詳しいんです。それでは失礼」


 きびすを返して、すぐに道路に出た。

 このまま交番へ向かおうと歩き出したとたん、腕をつかまれた。


「あんちゃん、ちょいと待てや」

「はい、これは道路交通法違反です」


「なにぃ?」

「公道で通行の往来おうらいさまたげてはいけないのです。また罪状が増えましたね。早く手を離した方がいいですよ。何度告げても指示に従わなかった場合、明らかな悪意があったとみなされます」


 男がパッと手を離した。

 俺が歩き出すと、彼は併走へいそうしてついてきた。


「あんちゃん、待ってくれや」


「このまま一緒に交番へ行きましょう。あなたの上司……社長と一緒に逮捕されてください。先ほども言いましたが、俺は法律に詳しいです。妥協しません。漏れなくすべてこちらで処理します。諦めてください」


「スマン。悪かった。謝る、謝るから。ほれ、この通りだ」

 男は俺の前に回り込んで、深々と頭を下げた。


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