そしてやってきた日曜日。
今日は、リミスの社長と会う約束した日だ。
俺はあらかじめ教えられていたリミスの事務所へ向かった。
2000年代に入ると、リミスはテレビでCMを流すようになる。
――重機のことなら、リミスにお任せ
そんなフレーズが、日曜早朝に流れていた。
どれだけ効果があったか分からないが、知名度は上がったと思う。
「……ここか」
俺がやってきたのは、東京都
アップダウンの激しい細道が続き、周囲に緑が残っているただ中に、事務所はあった。
名出さんの自宅はこの近くではないだろう。
「事務所はプレハブなのか」
あまり見かけないタイプの長いプレハブが二棟あった。
木製の看板が掲げられている方が事務所のようだ。
しかし俺が知っているリミスはもっと大きく、そして普通の会社だった。ここはどう見ても……。
「おうおう、あんちゃん。なに勝手に入ってけつかるんや!」
敷地に足を踏み入れたら、いきなり絡まれた。
俺が入社した頃、荘和コーポレーションの現場も同じ雰囲気だった。
俺が行くと何度も怒鳴られ、角材で尻を叩かれ、外に蹴り出されたものだ。
懐かしい。
もちろん、俺はすぐに出世して、そういった連中はみな辞めさせたが。
建築工事にはかならず
現場の作業員がまるでヤクザのような格好をしているのは、たしかに伝統的にありえる。
だが、
真っ当な神経を持っている施主が、そんな作業員ばかりの現場を見て、「頼もしい」と思うだろうか。
とてもそうは思えない。
休憩時間にしゃがんで、コーヒーの缶を灰皿代わりにして煙草を吸っている姿を見て、施主が「彼らは信頼できる」と判断してくれればいい。
無理だろう。多くの施主は、眉をひそめる。
ゆえに俺は排除した。
現場に服装規定を取り入れて、しっかりと管理させたのだ。
最初は反発もあったが、制服を支給し、態度をあらためさせたら、今度はそれが現場のスタンダードになった。
あとから入ってくる若い者がそれを真似るので、雰囲気は大きく改善された。
その過程を見てきた俺としては、この目の前の若者はなんとも微笑ましい。
「なに笑ってんや、どついたろか!」
服装と髪型をみれば分かる。
古い時代にいたステレオタイプの現場作業員だ。
彼はバールを肩に担いでいる。
凶器のように
俺が現場監督だったら、再教育か辞めさせている。
「あなたは指定暴力団もしくは、それに類するところに所属していますか?」
一応初対面であるし、俺は丁寧に話しかけた。
「ああん?」
「ヤクザかどうかと、聞いているんです」
「だったら、どしたぁ?」
「肯定と取りますね。暴力団員と思わせて、なおかつ暴力を振るうと明言したわけですから、『脅迫罪』が適用されます」
「あん?」
この時代まだ
だが、この頃からすでに、暴力団の影響下にある企業は問題視されている。
「分かりやすく説明すると、あなたは凶器を持った状態で、暴力を
「だったらどうだってんだよ!」
「口で殴ると言っていますし、暴力団員かと質問したら肯定しました。明らかな威圧行為です。駅前に交番がありましたので、そこへ訴え出ることにします。お名前を教えていただけますか」
「お、おい」
「名乗らないようでしたら、警官に来てもらいましょう。あなたはここの作業員と見受けられます。上司ともども捕まってもらいましょう」
「待てや」
「大丈夫です。被害届の出し方は、よく知っていますので。こう見えても、法律には詳しいんです。それでは失礼」
このまま交番へ向かおうと歩き出したとたん、腕を
「あんちゃん、ちょいと待てや」
「はい、これは道路交通法違反です」
「なにぃ?」
「公道で通行の
男がパッと手を離した。
俺が歩き出すと、彼は
「あんちゃん、待ってくれや」
「このまま一緒に交番へ行きましょう。あなたの上司……社長と一緒に逮捕されてください。先ほども言いましたが、俺は法律に詳しいです。妥協しません。漏れなくすべてこちらで処理します。諦めてください」
「スマン。悪かった。謝る、謝るから。ほれ、この通りだ」
男は俺の前に回り込んで、深々と頭を下げた。