午後、最初の授業は体育だった。男子は体育館でバスケットボール。
パスとかドリブルのような地味な練習などせず、普通にチームを組んで試合がはじまった。
二クラス合同で、男子の数はピッタリ四十人。
体育館は二面とれるので、常に半数の生徒が試合をしている。残りは観戦か審判、記録係だ。
北米にいた頃、NBAの試合を何度もテレビで見た。
向こうでは、バスケットボールが人気なのだ。
流行りを押さえるために、俺は選手の顔や名前、プレーなどを勉強した。
サラリーマンは、スポーツに詳しくなくてはいけないのだ。だから、目は肥えていると言っていい。
いまの時代を何十年も先取りしたプロの動きを俺は覚えている。
そしてこの身体は若く、半年間みっちり鍛えたことで、思い通りに動いてくれる。
そんな俺がバスケットボールをすれば、どうなるかというと……。
俺が続けざまにシュートを決めたら、相手チームから二人がかりでマークされた。
まさか五人制で、
「愁一、パス! パス!」
一切マークがついていない吉兆院が騒ぐ。それだけアピールしたら警戒されるだろ。
案の定、俺と吉兆院の間のパスコースが塞がれた。
俺にはマークが二人ついているので、ドリブルで抜くことができない。
(……まてよ)
相手は体育でしかバスケをやったことがないはず。
厳しいチェックもしてこないだろう。
俺は相手に向かってドリブルを放つ。
当然、抜けはしないが、それは想定済み。
左腕を大きく張り出させ、相手を牽制する。そしておもむろに左足を軸に、身体を反転させた。
「えっ!?」
背後で戸惑った声があがったが、俺はそのままドリブルを継続して抜き去った。
マークを二人、抜き去ったことで、そのままランニングシュートが決まった。
「すげーじゃん、愁一。あれなに?」
「ロールターンだ。ダブルドリブルにさえ気をつければ、結構簡単に成功するぞ」
バスケの試合は、日本ではほとんど放映されない。
インターネットがないから、本場アメリカの技を知っている人が少ないのだ。
「よし、このあとも愁一にボールを集めるから、どんどん頼むぞ」
宣言通り、マイボールになるとすぐ俺のところにボールが集まってきた。
チームメンバーが「次は何をするのだろう」と注目するので、クロスオーバーで抜き去ったり、内側にドリブルすると見せかけるインサイドアウトを多用し、相手を
「愁一、バスケ部だったのか?」
「いや、バスケは中学の体育ぶりだな」
「それで、こんなにすげーのか」
すでに点差はトリプルスコアとなっている。
「相手にバスケ部出身がいないからな」
全員素人なら、何とでもなる。
――ピッピー!
笛が鳴った。ゴール下でのチャージングだ。相手はファウルしてでも俺を止めたかったのだろう。
楽しかったので、つい調子に乗りすぎた。
「愁一、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。フリースローだな。俺でいいか」
「もちろんさ。倒れたとき、左手が下になったけど、大丈夫かい」
「左手はそえるだけだからな」
「……?」
「まだ慌てるような時間じゃない」
「何言ってんの?」
通じなかった。
これ、K高校でバスケしたとき、鉄板のネタだったんだが、そういえばあのバスケ漫画がはじまるのは、もう少し後だったか。
俺は「なんでもない」と言いつつ、フリースローを決めた。
来年の今頃は、空前のバスケ漫画ブームが到来していることだろう。
鉄板ネタは、そのときまで封印だ。
それと今日の俺はおかしい。
リミスの社長と会うことばかり考えていたから、『夢』の中と記憶がごっちゃになっている。気をつけなければ。
試合はもちろん勝ち。俺たちはハイタッチして勝利を分かち合った。
同級生と汗を流し、喜びを分かち合う。こういうのもいいものだ。
家に帰ると、妹の冬美がテレビを見ていた。
「お兄ちゃん、お帰り」
「ただいま……時代劇の再放送か」
「うん。この時間、他に面白いのやってないからね」
別段、時代劇を見たくて見ているわけではないらしい。
インターネットがなければ、夕方から夜までの時間の潰し方なんて、テレビを見るしかないのだろう。
「ほう……意外と時代考証がしっかりしているな」
「お兄ちゃん、分かるの? というか、テレビとか見てたっけ?」
「たまにはいいだろう」
冬美の隣に座って、テレビを見る。
『夢』の中だと、テレビの時代劇は、このあとどんどん衰退していく。
時代劇は、普通のドラマ制作以上に予算がかかることや、高齢者がテレビを見なくなったことで、魅力が薄れていくのだ。
「冬美、この時代劇のスポンサー、どこか知ってるか?」
「ええっ!? 気にしたことなかったんだけど」
「大手の家電メーカーや、住宅メーカーだよ」
視聴者の大半が老人ということもあって、若者に商品を売りたい各メーカーは、制作費が高騰した時代劇から撤退していく。
各メーカーの重役や社長たちが、時代劇好きだったのだと思う。
彼らが亡くなったこと、商品のターゲッティングと視聴者の年齢層が
「ケンさん……格好いいね」
妹は、ああいうのがタイプらしい。
「冬美、八代将軍の
「うん、ケンさんが演じてる人だよね」
「別名は、
「えええっ!? ウソでしょ?」
「テレビの影響で、引っかかる奴が一定数いるんだよ。間違えるなよ」
衝撃だったようで、冬美は「なんで? それはさすがに詐欺でしょ」と呟いている。
そのケンさんだが、十数年後、キンキラの着物姿でサンバを歌って踊ると教えたら、どう反応するだろうか。
少しだけ、教えてみたい誘惑にかられた。