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014 バスケットボール

 午後、最初の授業は体育だった。男子は体育館でバスケットボール。

 パスとかドリブルのような地味な練習などせず、普通にチームを組んで試合がはじまった。


 二クラス合同で、男子の数はピッタリ四十人。

 体育館は二面とれるので、常に半数の生徒が試合をしている。残りは観戦か審判、記録係だ。


 北米にいた頃、NBAの試合を何度もテレビで見た。

 向こうでは、バスケットボールが人気なのだ。


 流行りを押さえるために、俺は選手の顔や名前、プレーなどを勉強した。

 サラリーマンは、スポーツに詳しくなくてはいけないのだ。だから、目は肥えていると言っていい。


 いまの時代を何十年も先取りしたプロの動きを俺は覚えている。

 そしてこの身体は若く、半年間みっちり鍛えたことで、思い通りに動いてくれる。


 そんな俺がバスケットボールをすれば、どうなるかというと……。

 俺が続けざまにシュートを決めたら、相手チームから二人がかりでマークされた。


 まさか五人制で、二人マークダブルチームをしてくるとは。

「愁一、パス! パス!」


 一切マークがついていない吉兆院が騒ぐ。それだけアピールしたら警戒されるだろ。

 案の定、俺と吉兆院の間のパスコースが塞がれた。


 俺にはマークが二人ついているので、ドリブルで抜くことができない。

(……まてよ)


 相手は体育でしかバスケをやったことがないはず。

 厳しいチェックもしてこないだろう。


 俺は相手に向かってドリブルを放つ。

 当然、抜けはしないが、それは想定済み。


 左腕を大きく張り出させ、相手を牽制する。そしておもむろに左足を軸に、身体を反転させた。

「えっ!?」


 背後で戸惑った声があがったが、俺はそのままドリブルを継続して抜き去った。

 マークを二人、抜き去ったことで、そのままランニングシュートが決まった。


「すげーじゃん、愁一。あれなに?」

「ロールターンだ。ダブルドリブルにさえ気をつければ、結構簡単に成功するぞ」


 バスケの試合は、日本ではほとんど放映されない。

 インターネットがないから、本場アメリカの技を知っている人が少ないのだ。


「よし、このあとも愁一にボールを集めるから、どんどん頼むぞ」

 宣言通り、マイボールになるとすぐ俺のところにボールが集まってきた。


 チームメンバーが「次は何をするのだろう」と注目するので、クロスオーバーで抜き去ったり、内側にドリブルすると見せかけるインサイドアウトを多用し、相手を翻弄ほんろうしまくった。


「愁一、バスケ部だったのか?」

「いや、バスケは中学の体育ぶりだな」


「それで、こんなにすげーのか」

 すでに点差はトリプルスコアとなっている。


「相手にバスケ部出身がいないからな」

 全員素人なら、何とでもなる。


 ――ピッピー!


 笛が鳴った。ゴール下でのチャージングだ。相手はファウルしてでも俺を止めたかったのだろう。

 楽しかったので、つい調子に乗りすぎた。


「愁一、大丈夫か?」

「ああ、問題ない。フリースローだな。俺でいいか」


「もちろんさ。倒れたとき、左手が下になったけど、大丈夫かい」

「左手はそえるだけだからな」


「……?」

「まだ慌てるような時間じゃない」


「何言ってんの?」

 通じなかった。


 これ、K高校でバスケしたとき、鉄板のネタだったんだが、そういえばあのバスケ漫画がはじまるのは、もう少し後だったか。

 俺は「なんでもない」と言いつつ、フリースローを決めた。


 来年の今頃は、空前のバスケ漫画ブームが到来していることだろう。

 鉄板ネタは、そのときまで封印だ。


 それと今日の俺はおかしい。

 リミスの社長と会うことばかり考えていたから、『夢』の中と記憶がごっちゃになっている。気をつけなければ。


 試合はもちろん勝ち。俺たちはハイタッチして勝利を分かち合った。

 同級生と汗を流し、喜びを分かち合う。こういうのもいいものだ。




 家に帰ると、妹の冬美がテレビを見ていた。

「お兄ちゃん、お帰り」


「ただいま……時代劇の再放送か」

「うん。この時間、他に面白いのやってないからね」


 別段、時代劇を見たくて見ているわけではないらしい。

 インターネットがなければ、夕方から夜までの時間の潰し方なんて、テレビを見るしかないのだろう。


「ほう……意外と時代考証がしっかりしているな」

「お兄ちゃん、分かるの? というか、テレビとか見てたっけ?」


「たまにはいいだろう」

 冬美の隣に座って、テレビを見る。


『夢』の中だと、テレビの時代劇は、このあとどんどん衰退していく。

 時代劇は、普通のドラマ制作以上に予算がかかることや、高齢者がテレビを見なくなったことで、魅力が薄れていくのだ。


「冬美、この時代劇のスポンサー、どこか知ってるか?」

「ええっ!? 気にしたことなかったんだけど」


「大手の家電メーカーや、住宅メーカーだよ」

 視聴者の大半が老人ということもあって、若者に商品を売りたい各メーカーは、制作費が高騰した時代劇から撤退していく。


 各メーカーの重役や社長たちが、時代劇好きだったのだと思う。

 彼らが亡くなったこと、商品のターゲッティングと視聴者の年齢層が乖離かいりしていたこと、このあと不況に入ることなどが要因となって、時代劇はお茶の間から消えていく。


「ケンさん……格好いいね」

 妹は、ああいうのがタイプらしい。


「冬美、八代将軍の吉宗よしむねだけどな」

「うん、ケンさんが演じてる人だよね」


「別名は、米将軍こめしょうぐんだからな。テストで変なこと書くなよ」

「えええっ!? ウソでしょ?」


「テレビの影響で、引っかかる奴が一定数いるんだよ。間違えるなよ」

 衝撃だったようで、冬美は「なんで? それはさすがに詐欺でしょ」と呟いている。


 そのケンさんだが、十数年後、キンキラの着物姿でサンバを歌って踊ると教えたら、どう反応するだろうか。

 少しだけ、教えてみたい誘惑にかられた。


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