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013 勇者

 翌日の学校。

 顔を真っ赤にした名出さんが俺のところにやってきた。


「あのね……昨日の話なんだけど、お、お父さん……会ってくれるって」

 近くにいたクラスメイトが、ぎょっとした顔を向けてきた。


「それは良かった」

 一介の高校生が社長に会いたいと言ったところで、すぐに会ってくれるが、不安だったのだ。


「あの、でも……事務所で会いたいって言ってるの」

「事務所か。そっちの方が好都合だ。これで挨拶できる。ありがとう、名出さん!」


 しかも事務所で会ってくれるとは、これは幸先がいい。

 これでリミスの規模が分かる。楽しみだ。


 俺がそんなことを思っていると、話を聞いていた周囲のクラスメイトたちがざわめきだした。

「父親に挨拶って……」


「もう? もしかしてデキちゃったとか」

「マジかよ」


「勇者だ」

「ああ、勇者だな」


「……勇者」

 ざわめきが大きくなり、俺は『勇者』とたたえられることになった。


 クラスの雰囲気を壊すのは得策ではない。

 俺は、握った拳をゆっくりと頭上に掲げた。


 なぜか拍手が大きくなった。




 昼休み、吉兆院きっちょういんがコンビニの袋を持ってやってきた。

 昼飯くらい一人で食べたいのだが、こいつはいくら言っても聞かない。


 しかも今回は、名出さんと神宮司さんまでもが一緒だ。

 というか、名出さんが当然のように、俺の横に座った。


「おい、吉兆院」

「なんだい?」


「お前はソレが昼飯なのか?」

 吉兆院が袋から取り出したのは、コンビニのイートインコーナーで売られている揚げ物が五つと炭酸ジュース。


「そうだけど?」

「ほとんどが油と砂糖だぞ。身体に悪いにも、ほどがあるだろ」


 揚げ物と炭酸ジュースの組み合わせなんて、見ているだけで胸焼けしそうだ。

 それを当然のように食べようとする吉兆院の神経を疑う。


「そういえば朝、教室内でジューシーな香りがしたのよね」

「あ~、したした。あの匂いの原因は、吉兆院くんだったか」


 名出さんと神宮司さんが納得している。

 もっと他に、言うことあるだろ。


「それじゃ、塩分と油分過多だ。もっと栄養のバランスを考えろ」

「ええ~? 愁一も母さんみたいに、野菜を食べろっていうの?」


「野菜もそうだが、全体のバランスを考えるんだ。人体に必要なミネラルは、食事からしか摂取できないんだぞ」

「ミネラルってなんだっけ?」


「麦茶のことじゃない?」

「違う! 亜鉛やカリウム、カルシウム、鉄分などを総称してそう呼ぶんだ。体内で生成できないから、意識して摂る必要がある」


 こいつらはまだ若いから実感ないだろうが、食と健康は密接に結びついている。

 それに食習慣は、一朝一夕に変わるものではない。意識することが大事なのだ。


「へえ……でもまあ、おれは関係ないかな。家に帰ればお手伝いさんが食事をつくってくれるし」

 腐っても吉兆院だな。家にはお手伝いさんがいるらしい。


「それでも意識しておけ。お前の場合、ナトリウム……つまり塩分の摂りすぎに注意しろ。それとリンだな。食品添加物に多く含まれている」


「あたしって、結構外食が多いんだけど、大丈夫かな」

 名出さんが心配そうな声をあげている。


「外食には多くの塩分や添加物を使っているから注意が必要だ。それと普段不足しがちなカリウムだが、それは生野菜で補え。ただし、腎機能が低下している場合は、過剰摂取に注意しなければならない。お前たちは大丈夫か?」


 カリウムは野菜に含まれているが、水溶性なので、茹でると半分くらいは溶け出してしまう。

 カリウム不足を補うには、生野菜を食べるのが一番だが、なかなかどうして、毎日摂取するのは難しい。


「生野菜って、サラダとかよね? 家で食べたことないかも」

「ならば、外食するとき、サラダでもおひたしでもいいから、一品多めに頼むことだな。意識するだけでも、大分違う」


 会社の上司や同僚は、だいたい一つか二つ、持病を抱えていた。

 痛風だと言いながらビールを飲んでいる者もいたが、持病を抱えた者の多くは、食事を制限させられていた。


「腎機能が低下することってあるの?」

 今度は神宮司さんが、難しい顔をしている。


「長く生きてくると、身体のあちこちにガタが来るんだ。不摂生ふせっせいを続けていると、どこかにしわ寄せが来る」

 早ければ三十代の後半から生活習慣病はやってくる。


 五十代だと、健康診断で八割くらいの人が血圧やら何やらで引っかかるのだ。

 結局人は、分かっていても不摂生を止められないのだろう。


「長く生きてくるって、私たちまだ高一よ。気にする必要ってある?」

「ん?」


 神宮司さんの言うことももっともだ。

 そういえば、俺たちはまだ十五歳だった。今、どんなに成人病の怖さを伝えても、実感が湧かないだろう。


「ま、まあ、意識することは大事よね」

 なぜか名出さんにフォローされた。


 それと神宮司さんが「実はもう壮年なんじゃないの?」と小声で呟くのが聞こえた。

 鋭いな。


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