翌日の学校。
顔を真っ赤にした名出さんが俺のところにやってきた。
「あのね……昨日の話なんだけど、お、お父さん……会ってくれるって」
近くにいたクラスメイトが、ぎょっとした顔を向けてきた。
「それは良かった」
一介の高校生が社長に会いたいと言ったところで、すぐに会ってくれるが、不安だったのだ。
「あの、でも……事務所で会いたいって言ってるの」
「事務所か。そっちの方が好都合だ。これで挨拶できる。ありがとう、名出さん!」
しかも事務所で会ってくれるとは、これは幸先がいい。
これでリミスの規模が分かる。楽しみだ。
俺がそんなことを思っていると、話を聞いていた周囲のクラスメイトたちがざわめきだした。
「父親に挨拶って……」
「もう? もしかしてデキちゃったとか」
「マジかよ」
「勇者だ」
「ああ、勇者だな」
「……勇者」
ざわめきが大きくなり、俺は『勇者』と
クラスの雰囲気を壊すのは得策ではない。
俺は、握った拳をゆっくりと頭上に掲げた。
なぜか拍手が大きくなった。
昼休み、
昼飯くらい一人で食べたいのだが、こいつはいくら言っても聞かない。
しかも今回は、名出さんと神宮司さんまでもが一緒だ。
というか、名出さんが当然のように、俺の横に座った。
「おい、吉兆院」
「なんだい?」
「お前はソレが昼飯なのか?」
吉兆院が袋から取り出したのは、コンビニのイートインコーナーで売られている揚げ物が五つと炭酸ジュース。
「そうだけど?」
「ほとんどが油と砂糖だぞ。身体に悪いにも、ほどがあるだろ」
揚げ物と炭酸ジュースの組み合わせなんて、見ているだけで胸焼けしそうだ。
それを当然のように食べようとする吉兆院の神経を疑う。
「そういえば朝、教室内でジューシーな香りがしたのよね」
「あ~、したした。あの匂いの原因は、吉兆院くんだったか」
名出さんと神宮司さんが納得している。
もっと他に、言うことあるだろ。
「それじゃ、塩分と油分過多だ。もっと栄養のバランスを考えろ」
「ええ~? 愁一も母さんみたいに、野菜を食べろっていうの?」
「野菜もそうだが、全体のバランスを考えるんだ。人体に必要なミネラルは、食事からしか摂取できないんだぞ」
「ミネラルってなんだっけ?」
「麦茶のことじゃない?」
「違う! 亜鉛やカリウム、カルシウム、鉄分などを総称してそう呼ぶんだ。体内で生成できないから、意識して摂る必要がある」
こいつらはまだ若いから実感ないだろうが、食と健康は密接に結びついている。
それに食習慣は、一朝一夕に変わるものではない。意識することが大事なのだ。
「へえ……でもまあ、おれは関係ないかな。家に帰ればお手伝いさんが食事をつくってくれるし」
腐っても吉兆院だな。家にはお手伝いさんがいるらしい。
「それでも意識しておけ。お前の場合、ナトリウム……つまり塩分の摂りすぎに注意しろ。それとリンだな。食品添加物に多く含まれている」
「あたしって、結構外食が多いんだけど、大丈夫かな」
名出さんが心配そうな声をあげている。
「外食には多くの塩分や添加物を使っているから注意が必要だ。それと普段不足しがちなカリウムだが、それは生野菜で補え。ただし、腎機能が低下している場合は、過剰摂取に注意しなければならない。お前たちは大丈夫か?」
カリウムは野菜に含まれているが、水溶性なので、茹でると半分くらいは溶け出してしまう。
カリウム不足を補うには、生野菜を食べるのが一番だが、なかなかどうして、毎日摂取するのは難しい。
「生野菜って、サラダとかよね? 家で食べたことないかも」
「ならば、外食するとき、サラダでもおひたしでもいいから、一品多めに頼むことだな。意識するだけでも、大分違う」
会社の上司や同僚は、だいたい一つか二つ、持病を抱えていた。
痛風だと言いながらビールを飲んでいる者もいたが、持病を抱えた者の多くは、食事を制限させられていた。
「腎機能が低下することってあるの?」
今度は神宮司さんが、難しい顔をしている。
「長く生きてくると、身体のあちこちにガタが来るんだ。
早ければ三十代の後半から生活習慣病はやってくる。
五十代だと、健康診断で八割くらいの人が血圧やら何やらで引っかかるのだ。
結局人は、分かっていても不摂生を止められないのだろう。
「長く生きてくるって、私たちまだ高一よ。気にする必要ってある?」
「ん?」
神宮司さんの言うことももっともだ。
そういえば、俺たちはまだ十五歳だった。今、どんなに成人病の怖さを伝えても、実感が湧かないだろう。
「ま、まあ、意識することは大事よね」
なぜか名出さんにフォローされた。
それと神宮司さんが「実はもう壮年なんじゃないの?」と小声で呟くのが聞こえた。
鋭いな。