放課後、またもや吉兆院が話しかけてきた。
「なあ、部活って決めた?」
「ああ」
「何にしたんだ?」
「入らないことに決めた」
「なんで? 楽しいよ、たぶんだけど」
『夢』の中でも入ってなかったのだ。入るわけがない。
それにいまさら、皆でワイワイやるのも苦痛だ。
ああいうのは、エネルギーが有り余っている者がやればいいのだ。
たとえば吉兆院とか。
教室を見回すと、学校指定の鞄以外に、スポーツバッグをかついでいる者がいる。
これから部活に出るのだろう。なるほど、このクラスはエネルギーが有り余っている者が多そうだ。
俺はさっさと帰って、本の続きを読もう。
「あのっ! ……大賀くん」
帰ろうとしたところで呼び止められた。
「何かな、名出さん」
吉兆院と名出さんは、『夢』の中で
話しかけられると、どうしてもそのことが思い浮かんでしまう。
「大賀くんは……部活、入らないの?」
上目遣いで、やたらとオドオドした話し方だが、名出さんって、こんなに自信のないタイプだったか? テレビではすごく堂々とした態度だったが。
「俺はやることがあるからね」
「そう……」
吉兆院と同じことを聞いてくるが、そんなに高校の部活って重要だったか?
K高校では、全体の半分も入ってなかったぞ。
名出さんは、しゅんとして背を向けようとする……のだが、それを神宮司さんが留めた。
彼女の両肩を持って、グリンと俺の方へ向けた。
入学式の日も思ったが、名出さんに対する扱いが雑すぎないか?
「私たち、『英語クラブ』に入ったの。琴衣がね、大賀くんも入ってほしいって」
「ちょっ!?」
名出さんが目を大きく見開いて、神宮司さんの顔を見る。
「さっき、英語の本を読んでたでしょ。興味あるなら、どうかなって……ことだよね、琴衣?」
最後は名出さんに尋ねているが、どうやら俺が昼休みに読んでいた本を誤解したようだ。
「あれはスペイン語の本だ。ラテン語から分かれた言語だから似通っているが、完全に別の言語だ」
「……スペイン語」
名出さんが絶句している。
「大賀くん、スペイン語できるの?」
「日常会話レベルの受け答えならできる」
「……じゃあさ、英語は?」
「問題ない」
神宮司さんは、名出さんと小声で相談を始めた。
部活がある生徒は早々に教室を出て行き、残った生徒も帰り支度をはじめた。
教室にはもう、半分も残っていない。
名出さんの顔を改めて見る。2030年当時、テレビに映った彼女の姿は、とても同い年とは思えないものだった。
それまでの苦労が
俺は吉兆院建設とリミスを踏み台にし、世界に羽ばたいた。
彼女に必要以上の苦労を負わせたのかもしれない。
その後、拘置所で何もできない俺を二人は助けてくれた。
これは大きな借りだ。この二人のみならず、二人の会社にも借りを返したい。
社会に出るとよく分かる。
受けた恩をその人に返すのはとても難しいことだ。
恩返しができるのは、ほんとうに限られたケースに他ならない。
今回、運良く吉兆院と名出さんと同じクラスになれた。
二人に恩返しすることを高校生活の目標の一つに入れてもいいかもしれない。
できれば『夢』の中で結婚した妻にも恩を返したいが、いまどこにいるか分からないし、そもそも高一の自分が見ず知らずの小六の女の子に近づいたら、通報案件になる。
妻の件は、もう少し時間が経ってから考えるとしよう。
さしあたっては、吉兆院と名出さんだが……。
「名出さん」
「……えあっ? はい」
「お父さんは元気かな」
「はいいっ!?」
リミスは取引先ではなくライバル会社だったため、社長と会ったことはない。
荘和コーポレーションが
俺はリミスの営業マンとよく出先で話したが、社長とはついぞ、会ったことがなかった。
「今度、家に行っていいかな?」
「うぇ!?」
「ちょっと……大胆すぎ?」
荘和コーポレーションがどのような成長を遂げるか分からないが、夢の中と同じ展開にはしたくない。
リミスが荘和コーポレーションに食われてほしくないのだが、この時点でリミスがどのような事業計画を立てているのか分からない。
一度社長と会って、話をしてみようと思う。
「名出さんのお父さんに一度会って、ちゃんと話をしたいんだ」
「うにゃぁあああああ!」
名出さんが奇声をあげ、神宮司さんが横で「さすがにそれは早いんじゃないの」と呆れた声を出した。
「あの、あの、あの……そういうのは段階を踏んで」
「いや、早い方がいい」
「にゃああああああ!」
名出さんは、真っ赤になった。
リミスの危機回避は、早い方がいいと思う。