目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

011 揉め事処理

『夢』の中での高校生活は、スクール内でマウントを取るために費やす時間がとても長かった。


 無駄だと思いつつ周囲に合わせたのは、クラスから排除されると、T大での生活や就職後のコネ作りにも影響しそうだったからだ。


 学校は、高校生にとって人生のすべてではないが、大部分を占めるものである。


「さっ、先生。やっちゃってください」

 吉兆院が俺を最前列に押し出した。


 いつの間に、俺が仲裁することになったのだ?

 周囲も当然というように、俺を見ているし。


「……何があったんだ?」

 ここで俺は関係ない、勝手にやれと突き放すこともできるが、もう一度言おう。


 学校は高校生にとって、人生のすべてではないが、大部分を占めるのだ。

 仲裁を拒否して、残りの高校生活を台無しにしたくない。


「大賀くん……」

 状況からすると、上級生に因縁を付けられたクラスメイトという図だが、実際はどうなのだろう。


「理論立てて説明してくれ。簡潔にな」

 というわけで、クラスメイトの向井むかい栄太えいたに説明を求めた。


「わ、分かったよ。僕がこの前……」

 向井の話を要約すると、以下のようになった。


 まず、向井と上級生は、同じ中学の先輩と後輩の関係。バスケ部で苦楽を共にした仲だという。

 学年こそ違うが、親しい仲だというのは分かった。


 向井はたまたま、知り合いに誘われて、ハンドボール部の練習に参加してみた。

 これが思いの外楽しかったので、勢いで入部を決めてしまった。


 というのも向井の背では、高校でバスケを続けるのは難しい。

 ハンドボールならば、バスケの経験も生かせて、背の高さもそれほど関係ない。


 自分に合っていると感じたようだ。


 この上級生は、向井が入学したのを知って、ずっとバスケ部で待っていたが、なかなか来ない。

 痺れを切らして教室まで来てみると、別の部活に入っていたことが分かった。


 最初は冷静に話していたようだが、バスケ部に入らないと知って、ややヒートアップしたようだ。

「背が伸び悩んだことが入部しない理由というのは、よくあることだと思いますが」


 理由としてはありふれている。

 スポーツは、身長や体重によって向き不向きが出てしまう。


 努力しても背は伸びないし、他に生かせる道があるのならば、そちらを選ぶべきだ。

 少なくとも本人がそう望んでいるならば、周囲がとやかくいう必要はない。


「こいつはすばしっこい。そういうプレーを磨けば、レギュラーだってとれる」

 上級生の言いたいことも分かるが、部活引退までたった二年と半年しかない。


 あえて不利な状況で勝負する必要はないと思う。

「本人が望めば、その道もあるでしょう。ですが彼はハンドボールを選んだ。だったらその道を祝福してあげるべきでは?」


「おまえに何が分かる!」

 どうやらこの上級生は、すぐにカッとなる性格のようだ。


「あなたが分かってるとは思えませんが。そもそもあなたのは、ただの強要です。彼をどうこうする権利など、はなからありませんよ」


「――んだとぉ!」

 怒りっぽい性格のようなので、少しあおってみたら、すぐに激昂げっこうしてきた。


 血の気が多すぎる。

 衆人環境の中で胸ぐらを掴むのだから、周りが見えていないのだろう。


 さっきのドンッという音の正体はこれかと思いながら、手首を逆に捻る。

 こういうのは、あまり力が要らないのだ。


「ここで騒ぐと周囲に悪影響が出ますよ。バスケ部の悪名が広がってもいいんですか?」

 顔をしかめる上級生の耳元で囁く。


「てめえ」

 闘志を失わないのは美徳だが、これは悪手だ。


「バスケ部の顧問は、湯島ゆしま先生でしたね。それと二年の学年主任は大黒おおぐろ先生。あと、中田なかた副校長先生にもこのことを告げさせていただきます」


「……お、おい」

「あなたに処分がくだされるまでは手を抜きませんよ。それとクラス代表として、バスケ部の部長にも、正式に抗議を入れさせてもらいます。こちらも部長と副部長、そして顧問の先生が謝罪に来るまで、絶対に手を抜きませんから」


 そこまで囁くと、抵抗していた力が抜けた。

 あと一押しだ。今度は声に殺気を込めて、やや横柄な口調でダメ押しをする。


「代表委員会でも取り上げさせるからな。六月の生徒総会で、強引な新入生勧誘についての規制を提案する。……良かったな! おまえの行動で、すべての部活動が影響を受けるぞ。今後、勧誘のやり方が、おまえのせいで変わる」


 そこで手を離してやると、上級生は「そんなつもりじゃないんだ」と呟いた。

 ことの重大さに気付いたようだ。俺が目でうながすと、上級生は向井に謝罪した。


「すまん。ハンドボール部でがんばってくれ。お、応援しているから」

 俺がうなずくと、上級生はそそくさと去っていった。やはり高校生とはいっても、まだまだ子供だ。


 社会に出ていない相手を丸め込むなど、造作もない。

 トラブルは解決したので、図書室へ行く必要もなくなった。教室でスペイン語の続きを勉強しよう。


「やっぱり人殺してるんじゃ?」

 教室に戻ろうとしたら、そんな呟きが聞こえた。


 だれが不穏なことを言っているのかと視線を巡らせば、神宮司あやめの姿があった。

 彼女、俺に恨みでもあるのか?


「さすがだね」

 廊下にいた吉兆院が、なぜかもう教室にいる。忍者か?


「おい、吉兆院。人に面倒事を丸投げするな」

 俺が抗議すると、吉兆院はへらへらとした顔を向けてきた。


「いやぁ、ああいうのって、クラス代表の仕事でしょ」

「まったく違う」


 揉め事の処理は、クラス代表の仕事ではない。

「だって愁一って年上のあしらい、うまそうじゃん。だから任せたんだ」


 悪びれる様子がまったくない。

 いつの間にか名前を呼び捨てにしてるし、相変わらずコイツの距離感が分からない。


「面倒事を持ってくるな。もう、これっきりにしろ」

「でもさ、クラスの連中だって、みんな愁一が何とかしてくれるって思ってたはずだよ。名出ないでさんもチラチラ見てたし」


 それは俺も気付いていた。

 俺が立ち上がったときから、名出さんはなぜかじっとこちらを注視していた。


 視界の端で、神宮司じんぐうじさんと一緒に廊下に出てきたのも確認している。

「……まあいい。読書するから、もう邪魔しないでくれ」


 昼休みはあと十五分しかない。

「なんで? おれと話そうよ」


「また今度な」

 本に視線を戻すと、しばらくして吉兆院はいなくなった。


 俺はチャイムが鳴るまで、読書を堪能した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?