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021 行動開始

 俺は高校の図書室で、過去の新聞を読むことにした。

 図書室には、新聞が三紙、置いてあった。


 バックナンバーは一カ月分まとめて、束になっている。

「今年の二月と、昨年の十一月分の新聞をお願いします」


「資料室から取ってきますけど、どの新聞ですか?」

「三紙全部です」


「分かりました。今から持ってきますね。ここで待っていてください」

「助かります」


 貸し出し当番が連れだって奥へ行き、新聞の山を持ってきてくれた。

「ありがとうございます」


「重いですよ、気をつけて」

「はい」


 朝刊と夕刊合わせて、都合六ヶ月分の新聞だ。

 一度で持つことができず、俺も二回に分けて、席まで運んだ。


「……ふう。早速調べるか」

 いつの頃からか、個人情報保護の観点から、犯罪被害者の実名報道が行われなくなった。


 1990年だとまだそんなことはなく、普通に実名が載っている。

 この数年後、若者にカリスマ的な人気を誇った歌手が変死するという事件がおきるが、ある新聞記事では、自宅の住所を番地付きで載せていた。


 驚くほど、個人の情報を保護しようという意識が欠けているのが分かる。

「……あった。これか」


 三カ月前に殺された被害者の名前が新聞に載っていた。

 十六歳の高校生で、大山おおやま玲香れいかというらしい。


 犯人は逃走中で、通り魔による犯行の可能性が高いと書かれている。

 犯行時刻は午後六時二十分頃。


 被害者が塾へ向かう途中の出来事だったらしい。

 帰宅途中のサラリーマンが、走り去っていく中折れ帽に黒コートの人物を目撃している。


 近くの大通りのでも同じ黒コートの人物が目撃されており、同一人物とみられる。

 駅へ向かったと推測されたが、駅の防犯カメラにそれらしい人物は写っていないとのことだった。


 およそ一カ月分の新聞を読んで、分かったのはそれだけだった。

 もう一件目の事件だと、さらに情報が少ない。


 女子高生の澤森さわもり由奈ゆなさんが鋭利な刃物で刺され、死んでいるのが発見されたとだけ。

 後追い記事はなかった。


「……あまり参考にならなかったな」

 何らかの類似点が分かるかと思ったが、記事を読んだだけでは、同一犯かすら判別できなかった。


 黒コートの姿を見て悲鳴をあげたという一件目の事件はどうだったのだろうか。

 あれは襲撃せずに逃走しているため、新聞記事にもなっていないはずだ。


「新聞で分かるのは、ここまでか」

 過去の事件から犯人像をプロファイルできるかと考えたが、うまくいかない。


 犯人逮捕の決め手に欠けるいま、犠牲者を出さないためには、襲撃を未然に防ぐしかない。

 だが、これが意外に難しい。


 模試を受けた駅は分かっているし、日にちも時間も分かっている。

 駅周辺にカラオケボックスがいくつあるだろうか。


 もし複数あった場合、被害者の顔と名前も分からない状態では、お手上げだろう。

 今日は四月二十五日。犯行はいまから十日後に行われる。


 インターネットでカラオケボックスを検索し、ストリートマップで外観を確認なんて技は使えない。

 この時代、分からないことがあれば、足で稼ぐしかないのだ。なんと不便なことか。


「かといって、警察に事情を話すのもな……」

 起こってもいない事件をどう話せばいいのか。


 一歩間違えれば、連続殺人事件の犯人とされてしまうかもしれない。

 警察は一旦犯人と決めたら、どれだけ否定しても無駄だ。実際に経験したから分かる。


 当時の状況やそのときの心情など、警察官がうまくストーリーを作り上げ、「はい、その通りです」と言うまで許してくれない。


 いま何が一番信用できないかと問われれば、俺は間違いなくと答える。

 それほど逮捕拘留から起訴に至るまでの期間が苦痛だった。


「公平? 民主主義? ハン、なにそれ」とばかりに一方的に俺を責め立てたのだ。

 思い出して、気分が悪くなった。


 とにかく警察には近づかないようにしよう。

 犯行の日まで、まだ時間はある。


 当日、駅前のカラオケボックスにいたことだけは分かっているのだ。

 分からないなら、自分の足で探せばいい。


 放課後、本屋に寄って地図でも買って帰ろうかと思ったところ、意外な人物から腕を掴まれた。


「……神宮司じんぐうじさん?」

琴衣こといから、話は聞いたわよ」


 名出さんから……ということは、俺が社長と会った件だろう。

「社長……名出さんのお父さんとは、有意義な会話ができたよ。……で、それが何か?」


「いまのは前振りで、用件はそっちじゃないの。実は今日、英語クラブの活動日なの。というわけで、琴衣は大賀くんを誘いたいらしいんだけど、うにゃうにゃしてラチがあかないから、わたしがこうして誘ってるわけ」


 そういえば先週末、英語クラブに誘われていたっけ。

 部活動をするつもりはなかったが、別段、絶対に部活に入らないと決めているわけではない。


 それに見学するのは、やぶさかではない。

「分かった。英語クラブだな。付き合うよ」


「大賀くん、来るって。良かったね、琴衣!」

 廊下から覗き見していた名出さんに向かって、神宮司さんが声を張り上げた。


「うにゃぁあああああ!」

 名出さんの返事は、廊下にこだました。

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