朝から小雨が降り、肌寒い四月の下旬。
「みなさん、学校は慣れましたか? もうすぐみなさんが高校に上がられてから、はじめての長期休みが始まります」
朝の挨拶で担任は、もうすぐやってくるゴールデンウィークの過ごし方をあれこれと話していた。
「この時期、解放感に浮かれて、繁華街などで問題を起こす生徒が出ます。みなさんも気を引き締めて……」
この話はいつまで続くのだろうか。
俺たちは高校生だ。善悪の判断も、やっていいことと悪い事の
休みだからと問題を起こす浮かれポンチなど、放っておけばいいのだ。
高校一年のゴールデンウィークくらい、別に特別なことでは……と考えていたら、とんでもない事件を思い出した。
『夢』の中の俺はこの時期、教室でガリ勉と呼ばれていた。不本意なあだ名だ。
なぜか俺はそれに反発して、「だったらテストで
入学してから夏休みまでの短い間だが、本当にガリ勉だったのだ。
いまでもなぜ、そんなことを考えたのか、よく分からない。
当時俺は、全国的なものさしが必要だろうと、大手予備校の模試を申し込んだ。
模試はゴールデンウィークの最終日に行われた。五月五日の『こどもの日』だった。俺はそれをよく覚えている。
当日、受験会場の近くで
模試の試験中に、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響き、とても
殺されたのは、大学一年生の女性。
そしてすぐに、連続通り魔殺人事件の三人目の被害者として、世間を大きく騒がせることになる。
「そうか……あれがもうすぐ起きるのか」
事件のあらましはこうだ。
友達とカラオケに出かけた被害者は、家に帰るため、友達と別れた。
夕方とはいえ、外はまだ明るく、人通りも多い。
被害者は細い路地に入り、そこで通り魔に出くわした。
まず、腕を刺されて悲鳴をあげた。そして逃げる背中に一撃。
倒れたところへ首筋に何度も……そんな事件だった。
事件の直後、現場から中折れ帽を深く被り、黒いコートを着た人物が立ち去っている。
逃走した犯人を見た者がいるのだ。
当初はその者の怨恨か、物取りによる犯行と思われていた。
だが、警察から続報が出ると、マスコミは一斉に色めき立った。
それより三ヶ月前、東京と山梨の県境で、女子高生が腹を滅多刺しにされて殺された事件がおきていた。
このときも、走り去る犯人の後ろ姿を見た者がおり、そのとき黒いコートを着ていたことから、『黒コートの男』と呼ばれ、警察はその足取りを追っていた。
今回の事件と東京と山梨の県境で起きた事件は、犯人が黒いコートを着ていること、被害者が若い女性であること、夕方の帰宅途中に襲われたこと、凶器が刃物であることなどの共通点があった。
そしておそらくは、出会い頭に殺された。
これだけ共通点があれば、犯人は同一人物の可能性が高い。
連続殺人事件にマスコミが飛びついたのだ。
この一連の報道が流れたあと、今度はもう一件、千葉の
館山での殺人事件は、地元民しか知らない狭い路地で行われたため、顔見知りによる犯行だと思われていた。
警察は被害者の交友関係を中心に調べていたらしい。
それが昨年の十一月。
つまり約三カ月ごとに、似たような事件があったことになる。
いくつかの目撃証言があり、犯人はすぐに捕まると思われた。
だがこの五月五日を最後に、犯行はピタリと止んでしまった。
俺の記憶では、犯人は逮捕されていない。
事件について俺が覚えているのは、あと一つだけ。
最初の殺人と思われた館山の事件のちょうど三カ月前、奥多摩に住む女子高生が、変質者に襲われていた。
八月の暑い盛り、中折れ帽と黒いコートの男が路上に立っていた。
夕方とはいえ、じっとりと汗がにじむ気温である。
不審に思った女子高生の歩みが止まると、男は女子高生目がけて真っ直ぐ歩いてきたという。
女子高生が恐怖を感じて悲鳴をあげると、男はそのまま踵を返して、走り去ってしまったという。
これは事件にはならず、不審者情報として町内で情報共有されるだけに留まった。
最初の殺人事件の三カ月前に起こっていること、中折れ帽に黒コートという共通点があることから、これが一連の事件に関係あるのではということになった。
俺が覚えているのはそのくらいだ。
残念ながら犠牲者の名前など、具体的なものは何一つ覚えていない。
もちろん、この殺人事件は、俺にとって何の関係もない。
毎日どこかでトラブルがあり、毎日数件の殺人事件が起きている。
これもその一つだ。何ら、特別なことではない。
だが、思い出してしまった以上、放っておけない。
机にヒジをつき、組んだ指にあごを乗せたまま、俺は前を睨んだ。
さて、このゴールデンウィークに行われる殺人事件をどうしようか。
そんなことを考えていると、担任と目が合った。
「大賀くん……何か先生に文句でも?」
「ゴールデンウィークに事件を起こす浮かれポンチをどうしてやろうかと」
考えていたことを素直に話したら、ものすごく引かれた。