目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

020 未解決事件

 朝から小雨が降り、肌寒い四月の下旬。

「みなさん、学校は慣れましたか? もうすぐみなさんが高校に上がられてから、はじめての長期休みが始まります」


 朝の挨拶で担任は、もうすぐやってくるゴールデンウィークの過ごし方をあれこれと話していた。

「この時期、解放感に浮かれて、繁華街などで問題を起こす生徒が出ます。みなさんも気を引き締めて……」


 この話はいつまで続くのだろうか。

 俺たちは高校生だ。善悪の判断も、やっていいことと悪い事の分別ふんべつだってつく。


 休みだからと問題を起こす浮かれポンチなど、放っておけばいいのだ。

 高校一年のゴールデンウィークくらい、別に特別なことでは……と考えていたら、とんでもない事件を思い出した。


『夢』の中の俺はこの時期、教室でガリ勉と呼ばれていた。不本意なあだ名だ。

 なぜか俺はそれに反発して、「だったらテストで頂上てっぺんとってやる」と、勉強に明け暮れていた。


 入学してから夏休みまでの短い間だが、本当にガリ勉だったのだ。

 いまでもなぜ、そんなことを考えたのか、よく分からない。


 当時俺は、全国的なものさしが必要だろうと、大手予備校の模試を申し込んだ。

 模試はゴールデンウィークの最終日に行われた。五月五日の『こどもの日』だった。俺はそれをよく覚えている。


 当日、受験会場の近くでがおきたからだ。

 模試の試験中に、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響き、とてもうるさかった。


 殺されたのは、大学一年生の女性。

 そしてすぐに、連続通り魔殺人事件の三人目の被害者として、世間を大きく騒がせることになる。


「そうか……あれがもうすぐ起きるのか」

 事件のあらましはこうだ。


 友達とカラオケに出かけた被害者は、家に帰るため、友達と別れた。

 夕方とはいえ、外はまだ明るく、人通りも多い。


 被害者は細い路地に入り、そこで通り魔に出くわした。

 まず、腕を刺されて悲鳴をあげた。そして逃げる背中に一撃。


 倒れたところへ首筋に何度も……そんな事件だった。

 事件の直後、現場から中折れ帽を深く被り、黒いコートを着た人物が立ち去っている。


 逃走した犯人を見た者がいるのだ。

 当初はその者の怨恨か、物取りによる犯行と思われていた。


 だが、警察から続報が出ると、マスコミは一斉に色めき立った。

 それより三ヶ月前、東京と山梨の県境で、女子高生が腹を滅多刺しにされて殺された事件がおきていた。


 このときも、走り去る犯人の後ろ姿を見た者がおり、そのとき黒いコートを着ていたことから、『黒コートの男』と呼ばれ、警察はその足取りを追っていた。


 今回の事件と東京と山梨の県境で起きた事件は、犯人が黒いコートを着ていること、被害者が若い女性であること、夕方の帰宅途中に襲われたこと、凶器が刃物であることなどの共通点があった。


 そしておそらくは、出会い頭に殺された。

 これだけ共通点があれば、犯人は同一人物の可能性が高い。


 連続殺人事件にマスコミが飛びついたのだ。

 この一連の報道が流れたあと、今度はもう一件、千葉の館山たてやまで起きた殺人事件も関連があるのではと取り立たされた。


 館山での殺人事件は、地元民しか知らない狭い路地で行われたため、顔見知りによる犯行だと思われていた。

 警察は被害者の交友関係を中心に調べていたらしい。


 それが昨年の十一月。

 つまり約三カ月ごとに、似たような事件があったことになる。


 いくつかの目撃証言があり、犯人はすぐに捕まると思われた。

 だがこの五月五日を最後に、犯行はピタリと止んでしまった。


 俺の記憶では、犯人は逮捕されていない。


 事件について俺が覚えているのは、あと一つだけ。

 最初の殺人と思われた館山の事件のちょうど三カ月前、奥多摩に住む女子高生が、変質者に襲われていた。


 八月の暑い盛り、中折れ帽と黒いコートの男が路上に立っていた。

 夕方とはいえ、じっとりと汗がにじむ気温である。


 不審に思った女子高生の歩みが止まると、男は女子高生目がけて真っ直ぐ歩いてきたという。


 女子高生が恐怖を感じて悲鳴をあげると、男はそのまま踵を返して、走り去ってしまったという。

 これは事件にはならず、不審者情報として町内で情報共有されるだけに留まった。


 最初の殺人事件の三カ月前に起こっていること、中折れ帽に黒コートという共通点があることから、これが一連の事件に関係あるのではということになった。


 俺が覚えているのはそのくらいだ。

 残念ながら犠牲者の名前など、具体的なものは何一つ覚えていない。


 もちろん、この殺人事件は、俺にとって何の関係もない。

 毎日どこかでトラブルがあり、毎日数件の殺人事件が起きている。


 これもその一つだ。何ら、特別なことではない。

 だが、思い出してしまった以上、放っておけない。


 机にヒジをつき、組んだ指にあごを乗せたまま、俺は前を睨んだ。

 さて、このゴールデンウィークに行われる殺人事件をどうしようか。


 そんなことを考えていると、担任と目が合った。

「大賀くん……何か先生に文句でも?」


「ゴールデンウィークに事件を起こす浮かれポンチをどうしてやろうかと」

 考えていたことを素直に話したら、ものすごく引かれた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?