名出さんとホテルを出た。
双子はこのあと、高額な謝礼をもらって、『占い』とやらをするのだろう。
「……なにが、占いだか」
「どうしたの?」
「いや……そういえば名出さんは、どうして新宿駅に?」
「いつものブラブラだけど?」
名出さんは、なんでそんな「当たり前な」ことを聞くのという顔を向けてきた。
「そうだった……」
なぜか高校生は、意味もなく都会をふらつく。
『夢』の中でもそうだった。
インターネットがないから、連絡を取るにも直接会わないといけないし、家にいてもテレビを見るくらいしか、時間のつぶしようがない。
家より外の方が、何倍も楽しいのだ。
そう、今どきの高校生は、ゲーセン、ファミレス、ファストフード店、チェーンの喫茶店をたまり場として、休みの日はもとより、平日でも出没していたのだ。
「でも、暗くなる前に帰るよ。最近、ここも治安よくないしね」
「ああ……チーマーか」
少し前から、渋谷を中心として、チーマーと呼ばれる若者集団が出没している。
一面的な見方をすれば、徒党を組んだ不良集団だが、いまいるチーマーたちは原宿にあった歩行者天国、通称ホコ天にいた人たちが流れてきたのではないかと思っている。
いまはまだ治安が悪くなっている程度だが、これからそれぞれがチームを名乗り、縄張りを主張して抗争を始める。
これは昔のツッパリ文化が形を変えたものだと思っているが、一般人に迷惑をかける者が続出することで社会問題となっていく。
ホームレス狩りやおやじ狩りといった言葉が生まれるのも、このあとだ。
「大賀くんは、何しに来たの?」
「大型書店に欲しい専門書を探しに来た。というわけで、ここで解散だな」
「えっ、やだ」
「俺はこれから専門書探しだ。それに付き合うのか? 退屈だぞ」
「う~……でも、せっかくだし、一緒にいる!」
「……変なやつだな」
離れる気がないようなので、結局俺は名出さんと一緒に書店巡りをした。
いくつかほしかった専門書を買うことができたが、名出さんの目は途中から死んでいた。
夜、自室で昼間のことを考える。
「清秋は『占い』と言ったが、あれはそんなレベルじゃなかった」
占いというのはウソだろう。おそらくは、未来を見通す預言。
しかも自由度が高く、正確だった。『夢』で結果を知っていたからこそ、そのヤバさが理解できる。
「安易に九星会のことを嗅ぎ回らなくてよかったな」
簡易的な預言でさえあの精度なのだ。政界、財界にシンパが多数いてもおかしくない。
探っていることがバレたら、面倒なことになりそうだ。
――コンコン
「お兄ちゃん? ちょっといい?」
「冬美か? どうした?」
「あのね、友達のことで、相談したいんだけど」
ドアを開けて妹の冬美が入って来た。
「なんだ? 別に話を聞くくらい構わないぞ」
『夢』の中だと、妹から相談を持ちかけられることもなかった。
この頃は兄妹間で、会話などなかったから、当然相談の中身は知らない。
「友達にカレシができたんだけどさ、それが悪い人たちに目をつけられて、困っているみたいなの」
「友達って、同級生か?」
「うん。カレシは近所の仲良かったお兄さんみたい。いま、高二だって。それが地元のチーマーみたいなのに目を付けられちゃったって」
冬美とその同級生は中二だ。
彼氏は高二といっても、まだ未成年。
大人は大人の、そして子供は子供の世界がある。
たとえ大人から見て「くだらない」と思うような世界だとしても、子供たちには大切だったりする。
「とりあえず、話してみろ」
「うん……」
冬美から詳しい話を聞いた。
その彼氏とやらの先輩が、地元の不良集団に属しているらしい。
舎弟扱いされて使いっ走りをしているうちは良かったが、不良集団の集金システムに組み込まれてしまったようだ。
これまでもそれなりの金を要求されてきて、そろそろ限界。
もう、犯罪に手を染めるしかないと思い詰めているらしい。
「馬鹿だな」
金を要求する方も、それを断れない方も馬鹿だ。普通に恐喝事件ということに気づいていないのか。
「そう言わないでよ。なんとかならないかな」
「ふむ……その不良集団というのは、地元で活動しているのか?」
「うん。そうみたい」
冬美があげた駅名は、この近くのものだった。
渋谷や新宿、池袋でチーマーを名乗っているわけでもないらしい。ようは「なんちゃって」だ。
「対処法は、ソフトからハードまでいろいろあるぞ」
営業時代に培ったノウハウを使えば、脇の甘い連中など、法的に追い込むことができる。
法を軽視している連中など、ちょっと煽ればすぐに脅迫や暴力に訴えるからだ。
「えーっと……後腐れのない方法って、ある?」
「あるぞ、しばらく鉄格子の中で臭い飯を食わせればいいんだろ?」
「いやちょっと待って! もっと穏便な方法かと思ってた」
「民事と刑事の両方で裁判に勝てるからな。出所後にお礼参りでもしようものなら、本格的に刑務所暮らしだ。人生を棒に振ったと嘆いてももう遅い」
「お兄ちゃん!?」
「彼氏の先輩とやらを恐喝太郎にすればいいんだろ。簡単だ」
「うん……えっと、友達に相談してみるからっ! いまの相談は一旦保留でっ!」
妹は慌てて部屋を出て行った。