目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

064 双子の占い

「えっ? なんて言った? さっさ……と……すん?」

 名出さんが首をかしげている。


「すぐに済むからと言いたいのだろう」

 どこぞの方言か分からないが、言いたいことは伝わった。


 女の子たちの息の揃った行動。双子だからか、シンクロ率がやたらと高い。

 それはいいとして、ひとつ気になったことがある。


 あの清秋の慌てようだ。

 双子は俺たちに借りを返したいようだが、何かマズいことでもあるのか。


 清秋は、俺に見られていることに気づいたのか、「しかたありませんね」と一歩引く姿勢をみせた。

 やれやれといった表情で、双子を見る。


「なに、客じゃなーき、ちょい見りゃいい」

「そや」


「「――いくで!」」


 双子は互いの肩に手を置き、ゆっくりと額を合わせた。

 名出さんは「えっ、何をしてるの?」と戸惑っている。


 俺も何がはじまるのか、まったく分からない。

 そのまま、ゆっくりと十を数えるくらいの時間が流れた。


 双子はゆっくりと額を離し、名出さんに向き直った。


「なかなか酒が好きでんが、あまりにも飲みすぎてん」

「んだ。で、死んじまったか」


「えっ? ええっ!?」

 不吉な言葉だ。


「どういうことだ?」

 俺が双子に問うと、「そりゃ、おめ……」と語り出した口を清秋が押さえた。


「これは、ちょっとした占いです。いま、この子たちはあなたの人生、最大の転換を占いました」

「それがお酒ってこと?」


「親しい人でお酒が好きな方はいらっしゃいますか?」

「えっと……お父さんがそうだけど」


「でしたら、その方に飲み過ぎに注意するよう、お伝えください。あなたの人生の転換は、それによって起こされます」

「はい? えっと……ええっと……はい」


 名出さんは混乱しているが、『夢』の知識と照らし合わせると、言いたいことが分かった。

 名出さんのお父さんは、『リミス』の社名をバーの女の子の源氏名から採った。


 好みの女の子がいたので、通い詰めたと聞いている。酒好きは本当だろう。

 付き合いで飲むこともあれば、家でも飲んでいるのかもしれない。


 業績が傾いたときに、酒に逃げた可能性もある。

 人は長年の習慣を中々変えられないものだ。何十年も続けた飲酒生活。


 体調が思わしくないときでも、健康診断の数値が悪くなっても、酒を断てなかったに違いない。

 あと何十年か先、リミスの社長は酒が原因で死ぬ。そして名出さんは、会社を継ぐことになる。


 名出さんの占いに出た人生の転換は、意図せずして就任した社長という肩書きのことだろう。

 従業員と家族の運命を背負うことになったのだ。


 そこで名出さんは、苦労して会社を2030年まで持たせる。

 その頃にはもういまの面影な残っていないほど老けてしまう。


「つぎは、おんがいじゃ」

 双子が俺を見た。そして、名出さんのときと同じように額を合わせる。


 俺はそれを黙って見つめた。

 おそらくこの双子は、菱前老人が言っていた九星会の預言の巫女ではなかろうか。


 年齢が違っているので、後継者かもしれない。

 双子は額を突き合わせたまま、微動だにしない。


 二十を数えた頃、ようやくこちらを向いた。


「ふたじゅうはしになってしもて、よう見えんねぇ」

「こんなことは、はじめてだぞ」


「ん?」

 なんだそれは。


蒼空そら様、蒼海うみ様、それは一体……?」

 清秋の顔が困惑に歪んでいる。


「ひとつは順調とうらぎ。もうひとつは、そんしたにひそめて、ようわからん」

「まるで、ふたりの人生があるようじゃ」


「つまり、見通せなかったと?」

 双子は頷き、清秋は顔を驚愕に染める。


「場を整えて、時を選んだら、どうですか?」

 双子は首を傾げた。よく分からないらしい。


「……それはまた、不思議なことですね。先が見通せなかったこともそうですが、二重写しですか……」

 清秋は、俺の方を興味深げに眺めはじめた。


 できるだけ目立ちたくないのだが、清秋は何をそんな顔を俺に向ける。

 俺のどこに興味を持ったのか。


「……いろいろ気にかかることはありますが、占いの結果を伝えます。あなたの人生で順調であるとき……あなたの中のゴールが見えたときに、裏切りに遭います」


「うっ!!」

 不覚にも声を出してしまった。


 それは『夢』の中での話と同じ。

 北米支社の支社長が見えた矢先、俺は会社に裏切られた。


 冤罪を着せられ、収監されることになった。

 それを知っているだけに、いまのがただの占いとは思えない。


「ただし、そうならない可能性もあります。まるで二人分の人生があるようだと言っていますので、まったく別の人生を歩む可能性もあるでしょう。そのどちらも占ってしまったがゆえに、ハッキリと分からなくなったのだと推測します」


「…………」

 清秋の説明は、核心をついているようで、ズレている気もする。


 ただ、一つ言えることは、この目の前の双子の力は本物だということだ。


 昔の俺ならば、「オカルトなど、あるわけもない」と一顧だにしなかっただろうが、繰り返しの人生を送っている身からすれば、オカルト要素は否定しきれない。


 菱前老人の時代にもいたという預言の巫女。

 このような能力を持っているなら、権力者は頼りにするはずだ。


 能力が遺伝するのか、技術として継承しているのか分からないが、こんな特異な人間が各代に存在しているのならば、九星会が力を持つのも分かる。

 どうやら俺は、思った以上に大きい相手を探ろうとしているらしい。


「占いは以上です。時間が押していますので、我々は行きます。それでは」

 清秋は腕時計を確認したあと、双子を連れて行ってしまった。


 この高級ホテルには、双子の能力を必要とする客が宿泊しているのだろう。

 口ぶりからすると、俺や名出さんにしたような、簡易的な占いではないと思う。


 何か重要な占いを欲していて、わざわざ双子をここに呼び寄せた。

 九星会はこういうことを繰り返して、政界や財界へ根を伸ばしていたのだ。


『夢』の中の俺は何も知らず、のほほんと生きていたと思う。

 世の中は、俺が思っている以上に、複雑怪奇らしい。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?