「えっ? なんて言った? さっさ……と……すん?」
名出さんが首をかしげている。
「すぐに済むからと言いたいのだろう」
どこぞの方言か分からないが、言いたいことは伝わった。
女の子たちの息の揃った行動。双子だからか、シンクロ率がやたらと高い。
それはいいとして、ひとつ気になったことがある。
あの清秋の慌てようだ。
双子は俺たちに借りを返したいようだが、何かマズいことでもあるのか。
清秋は、俺に見られていることに気づいたのか、「しかたありませんね」と一歩引く姿勢をみせた。
やれやれといった表情で、双子を見る。
「なに、客じゃなーき、ちょい見りゃいい」
「そや」
「「――いくで!」」
双子は互いの肩に手を置き、ゆっくりと額を合わせた。
名出さんは「えっ、何をしてるの?」と戸惑っている。
俺も何がはじまるのか、まったく分からない。
そのまま、ゆっくりと十を数えるくらいの時間が流れた。
双子はゆっくりと額を離し、名出さんに向き直った。
「なかなか酒が好きでんが、あまりにも飲みすぎてん」
「んだ。で、死んじまったか」
「えっ? ええっ!?」
不吉な言葉だ。
「どういうことだ?」
俺が双子に問うと、「そりゃ、おめ……」と語り出した口を清秋が押さえた。
「これは、ちょっとした占いです。いま、この子たちはあなたの人生、最大の転換を占いました」
「それがお酒ってこと?」
「親しい人でお酒が好きな方はいらっしゃいますか?」
「えっと……お父さんがそうだけど」
「でしたら、その方に飲み過ぎに注意するよう、お伝えください。あなたの人生の転換は、それによって起こされます」
「はい? えっと……ええっと……はい」
名出さんは混乱しているが、『夢』の知識と照らし合わせると、言いたいことが分かった。
名出さんのお父さんは、『リミス』の社名をバーの女の子の源氏名から採った。
好みの女の子がいたので、通い詰めたと聞いている。酒好きは本当だろう。
付き合いで飲むこともあれば、家でも飲んでいるのかもしれない。
業績が傾いたときに、酒に逃げた可能性もある。
人は長年の習慣を中々変えられないものだ。何十年も続けた飲酒生活。
体調が思わしくないときでも、健康診断の数値が悪くなっても、酒を断てなかったに違いない。
あと何十年か先、リミスの社長は酒が原因で死ぬ。そして名出さんは、会社を継ぐことになる。
名出さんの占いに出た人生の転換は、意図せずして就任した社長という肩書きのことだろう。
従業員と家族の運命を背負うことになったのだ。
そこで名出さんは、苦労して会社を2030年まで持たせる。
その頃にはもういまの面影な残っていないほど老けてしまう。
「つぎは、おんがいじゃ」
双子が俺を見た。そして、名出さんのときと同じように額を合わせる。
俺はそれを黙って見つめた。
おそらくこの双子は、菱前老人が言っていた九星会の預言の巫女ではなかろうか。
年齢が違っているので、後継者かもしれない。
双子は額を突き合わせたまま、微動だにしない。
二十を数えた頃、ようやくこちらを向いた。
「ふたじゅうはしになってしもて、よう見えんねぇ」
「こんなことは、はじめてだぞ」
「ん?」
なんだそれは。
「
清秋の顔が困惑に歪んでいる。
「ひとつは順調とうらぎ。もうひとつは、そんしたにひそめて、ようわからん」
「まるで、ふたりの人生があるようじゃ」
「つまり、見通せなかったと?」
双子は頷き、清秋は顔を驚愕に染める。
「場を整えて、時を選んだら、どうですか?」
双子は首を傾げた。よく分からないらしい。
「……それはまた、不思議なことですね。先が見通せなかったこともそうですが、二重写しですか……」
清秋は、俺の方を興味深げに眺めはじめた。
できるだけ目立ちたくないのだが、清秋は何をそんな顔を俺に向ける。
俺のどこに興味を持ったのか。
「……いろいろ気にかかることはありますが、占いの結果を伝えます。あなたの人生で順調であるとき……あなたの中のゴールが見えたときに、裏切りに遭います」
「うっ!!」
不覚にも声を出してしまった。
それは『夢』の中での話と同じ。
北米支社の支社長が見えた矢先、俺は会社に裏切られた。
冤罪を着せられ、収監されることになった。
それを知っているだけに、いまのがただの占いとは思えない。
「ただし、そうならない可能性もあります。まるで二人分の人生があるようだと言っていますので、まったく別の人生を歩む可能性もあるでしょう。そのどちらも占ってしまったがゆえに、ハッキリと分からなくなったのだと推測します」
「…………」
清秋の説明は、核心をついているようで、ズレている気もする。
ただ、一つ言えることは、この目の前の双子の力は本物だということだ。
昔の俺ならば、「オカルトなど、あるわけもない」と一顧だにしなかっただろうが、繰り返しの人生を送っている身からすれば、オカルト要素は否定しきれない。
菱前老人の時代にもいたという預言の巫女。
このような能力を持っているなら、権力者は頼りにするはずだ。
能力が遺伝するのか、技術として継承しているのか分からないが、こんな特異な人間が各代に存在しているのならば、九星会が力を持つのも分かる。
どうやら俺は、思った以上に大きい相手を探ろうとしているらしい。
「占いは以上です。時間が押していますので、我々は行きます。それでは」
清秋は腕時計を確認したあと、双子を連れて行ってしまった。
この高級ホテルには、双子の能力を必要とする客が宿泊しているのだろう。
口ぶりからすると、俺や名出さんにしたような、簡易的な占いではないと思う。
何か重要な占いを欲していて、わざわざ双子をここに呼び寄せた。
九星会はこういうことを繰り返して、政界や財界へ根を伸ばしていたのだ。
『夢』の中の俺は何も知らず、のほほんと生きていたと思う。
世の中は、俺が思っている以上に、複雑怪奇らしい。