新宿駅は、広くて人が多い。
学生や会社員が、目的地へ向かって、好きなように歩いている。
「はぐれないように手を繋ごうね」
名出さんが女の子たちの手を握るが、もっと先の時代を知っている俺からすると、かなり危険な行為にうつる。
迷子を伴って移動するだけで不審者扱いされるという話がある。あれは都市伝説だろうか。
少なくとも、自分の身で検証してみたいとは思わない。
親からしたら、自分の子を連れ歩いている大人が『善意の第三者』なのか、『本物の不審者』なのか判断つかない。
「一緒にママを探そうね」と言って、人気のないところへ連れだそうとしている最中かもしれない。
そう疑ってしまう親がいても、一概に責められないだろう。
たとえ目を離した本人だとしてもだ。
前を歩いていた名出さんが立ち止まり、こちらを振り返った。
「あたしたち、どこに行けばいいの?」
「やはり、行き先を理解していなかったか。……そのまま真っ直ぐ進んで、駅から出たら、右斜め前方へ進めばいい」
荘和コーポレーションに就職してからは、何度も新宿駅を利用した。
二十三区内を移動する場合、車より電車が便利だからだ。
俺は彼女たちを先導すべく、歩を早めた。
目的のホテルは、五分ほど歩いたところにあった。
高級そうな外観は相変わらずで、俺の記憶よりも幾分新しい。
「ほんとに……ここでいいの? なんか高級そうなんだけど」
「ただの高級ホテルだ。ほらっ、中に入るぞ」
自動ドアを抜けてエントランスに入ると、待機していたホテルマンが飛んできた。
「訪問だ。1204号室の宿泊客に連絡を頼みたい。名前は……」
「ソウじゃ」
「……カイ」
「ソウとカイが来たと伝えてほしい。……俺たちはロビーで待っている」
「かしこまりました。フロントに伝えます」
ホテルマンが大股で去っていく。
その様子をぽけーっと眺めている名出さんをロビーのソファに連れて行った。
「……ちょっと、大賀くん。なんかすごく手慣れているんだけど、はじめてじゃないの?」
「見よう見まねだ」
「そうなの? ……でもさ、部屋の番号が分かっているなら、直接行けばよくない?」
「どのホテルにも、宿泊に関する
「なんで?」
「無断宿泊、無断利用、又貸しなどを防ぐためだろうな」
金がないからと一名で予約して五人が宿泊したり、部屋で夜通しパーティを始められたりするのを防ぐ意味があるのだろう。
犯罪者を匿うとか、予約した人物と別の者が宿泊することもあるかもしれない。
ホテルが知らずに犯罪に巻き込まれたり、悪事に加担しないためにも、宿泊客以外はロビーで会うことを決まりにしている。
「だから呼んできてもらうように言ったのね」
「そうだ。フロントを通して許可さえ得ておけば、あまりうるさいことは言われないがな」
逆に、コソコソと部屋に行く方がよくない。
『夢』の中の話だが、出張のたびに女性をホテルの部屋に呼び寄せていた後輩がいた。
どうやら不倫相手だったらしく、女性をフロントに通したことがなかった。
ホテルでの密会を数回繰り返したあと、ホテル側から予約をお断りされてしまった。
予約できないことを不審に思った庶務課の人間が、ホテル側に理由を聞いたところ、毎回予約人数以上の宿泊があることを説明されて不倫がバレたという経緯がある。
会社はその社員に、これまでの無断宿泊者分の費用をホテルに支払うよう告げ、降格および減給の措置をとった。
その後輩は、俺が欧州に旅立つまでずっと冷や飯を食わされていた。
あいつはまた同じ事をするのだろうか。
するのだろうな。
「やっときたんか、待ちくたびれったぞ」
「はよこっちへこい」
二人がだれかを見つけたようだ。
エレベーターの方から若い男が歩いてきた。
「……ッ!!」
声を出さなかった俺を褒めたい。やってきたのは
羽織の背中に『九星』とあったから、まだ驚きも少ないが、もし何の情報もなく亜門の顔を見たら、思わず叫んでいたところだった。
清秋は俺たちを見て意外そうな表情を浮かべた。
「
「よく分かったのう」
「念のために『中央改札口』にも人をおきましたので。時間を過ぎても現れない場合は、くまなく探すよう伝えてあります。それで見つからなかったということは、まっさきに地上を目指したのでしょう」
「上へ上へと向かったのじゃ」
「デパートだったぞ」
なるほど、駅構内にいるはずで探していたら、駅ビルの中へ入ってしまっていたのか。
それならば見つからないはずだ。
下りてきたところを名出さんに見つかったのだろうが、しかしマズいことになった。
九星会をこっそり調べるつもりだったが、まさかここで清秋と出会ってしまうとは。
こいつのことだ。俺の顔は覚えてしまっただろう。
俺が一方的に清秋のことを知っていることがアドバンテージだったのだが、それが潰えてしまった。
「デパートの商品に目を奪われて、時間を忘れましたね。気がついて慌てて改札口に戻ろうとしたところで、この人たちに出会ったわけですか。……このたびは、うちの者が迷惑をかけました」
清秋は俺たちに向かって頭を下げた。
名出さんは「いえいえ、いい子たちでしたよ」とフォローしているが、清秋がまるで見てきたかのように行動をズバズバと当てたことに気づいていない。
俺としては、あまり深く知り合うことなく、この場を穏便に去りたい。
「引き渡しが終わったということで、俺たちはここで失礼する」
「ちっと待っといてぇ!」
立ち去ろうとする俺を引き留めたのは、清秋ではなく女の子の方だった。
「借りを返したいんねぇ」
「んだ」
揃って、俺と名出さんの手を取った。これでは逃げられない。
「たかだか五分程度の距離を案内しただけで、借りは大げさだ。俺は別に……」
「「なに、さっさとすんでよ」」
女の子たちは、互いに首を傾け「なー」と頷きあった。
それを見て清秋が少し慌てた。