急にはじまったビンゴ大会。
数字を読み上げているのは、お調子者の佐藤。
それにチャチャを入れているのは、皮肉屋の工藤。
我がクラスの凸凹コンビが、場を盛り上げようとしている。
そんな中、なぜか俺が最初にビンゴしてしまった。
「…………」
ほぼストレートで縦が揃ってしまい、頭を抱えたくなった。
無視しても良かったが、ビンゴはこのあとも続く。
周囲に見られないようカードを隠しているのも変なので、手を上げてビンゴ宣言した。
そうしたら、周囲が勝手に盛り上がった。
「やっぱり大賀か。大賀なのか」という絶叫が聞こえたが、意味わからん。
そしていま、俺は両手に二枚の紙皿を持って立っている。
それぞれの皿の上には、メロン味ケーキ。これをどうしろと?
次々とビンゴした者が出ていく。
景品は高級松阪牛や最先端のオーディオ機器ではなく、消しゴム、単三電池二本組み、いい匂いのする
100円前後で揃えられるものを選んだのだろう。
要らないものばかりだが、だれかこのメロン味のケーキと交換してくれないだろうか。
俺はその場から動かず、ビンゴ大会が終わって談笑している彼らを眺めた。
ここでようやく、
「……情報交換か」
同じ部活だった者たちは、そっちの学校はどんな感じなのかと聞いている。
進学校に進んだ者は、他校の学習カリキュラムに興味があるようだ。
いま学校で流行っている話題を交換している者もいる。
イケメンを探している女子がいる隣で、可愛いと噂になっている子を探している男子がいる。
そのふたりがくっつけば、省エネだ。なぜ気づかない。
『検索』ができないこの時代、地元の情報は、自分の足で探さないと絶対に入ってこない。
昔は井戸端会議にハブられると、村内の冠婚葬祭の話すら入ってこなかったという。
進学先はバラバラで、今日ここに集まるだけで何十という高校の情報が手に入る。
卒業してすぐのクラス会に何の意味があるのかと思ったが、何もない時代だからこそ、手間と時間をかけて集まる必要があったのだ。
俺は昔を懐かしがりつつ、情報交換を続ける彼らを眺めながら、そんな風に考えていた。
ちなみに、だれも俺に話しかけてこないのは、両手にメロン味のケーキを持ったままだかららしい。
クラス会が終わる直前、そんなことを言われた。
クラス会終了後、せっかく外出したので、少し足を伸ばして新宿に出ることにした。
欲しい専門書は、地元の書店においていないのだ。
改札口を出て、ゆっくりと駅のコンコースを歩く。
時代は変われど、新宿駅の人混みは変わらない。
雑踏に紛れて、ようやく一人になれた気がした。
本を買ったら、どこかの喫茶店で一人静かに読書でもしよう。
「大賀く~~ん!」
響き渡る絶叫。
しかも聞いたことのある声。
視界の端に写ったのは、見たことある人物。
俺は踵を返して、その場を立ち去ろうとした……ら?
「大賀くんでしょ? ねえ、大賀愁一くんってば! あたしよ、名出琴衣!」
「…………」
やはり見間違いではなかったらしい。あとフルネームの連呼はやめてほしい。
「もう、大賀くんってば、聞こえなかったの?」
名出さんがやってきた。聞こえなかったのではなく、聞きたくなかったのだが、彼女に言っても無駄だろう。
「こんにちは名出さん。本日は所用があって……」
「なにかしこまったこと言ってるの? ちょっと手伝って。迷子を見つけたの」
慇懃無礼という言葉は知らないらしい。しかし迷子……?
「また犬を拾ったのか」
「違うわよ! 迷子の子供を保護したの」
「迷子だったら、駅のインフォメーションセンターか、駅係員に引き渡せ」
「違うのよ。駅から目的地までの道のりが迷子なの」
「何言ってるのか、意味が分からない」
「もう、いいから、こっち来て」
名出さんに腕を引かれて巨大な円柱のもとまで連れて行かされる。
そこには十歳くらいの女の子が二人、並んで立っていた。
二人とも背丈は同じ。おかっぱ頭に切れ長の目。ほとんど日に当たったことのないと思えるような肌の白さが特徴的だ。
見分けがつかないほど顔が似通っているから、双子だろう。
二人とも濃紺の
「この子たちが迷子だから、目的地へ連れて行ってあげたいのよ」
「わっしらは迷いとらへん」
「でも、行き先が分からないのよね?」
「迎ぇの者が来てねーっから、自らむかうつもりや」
話しているのは、どこかの方言だ。たしかに東京に出てきたてのような感じがする。
俺は、名出さんの代わりに質問してみた。
「これから、どこへ行くつもりなんだ?」
「そなこと、あんたんどらにゃ言う必要ないでよ」
女の子なのに言葉がかなり乱暴だ。ただこれは、周囲の大人の影響が大きいのだろう。
とりあえず、詳しく話を聞いてみた。
すると名出さんの言った『迷子』というのも、あながち的外れではないことに気づいた。
この女の子たちは、急に呼び出されたらしく、電車を乗り継いで東京までやってきたらしい。
迎えの者が新宿駅の改札口で待っているはずだったが、いくら待ってもやってこない。
小一時間経ってもまだ姿を見せないので、このまま目的地まで行くことにしたらしい。
「新宿駅の改札口って……相当な数があるぞ」
迎えの者が本当に来ていないのか、改札口を間違えて出会えていないのか分からない。
ただ、携帯電話のないこの時代では、もう会うのは難しいことは分かる。
そしてこの子たちは新宿に来たのは初めて。
目的のビルの名前は分かっているものの、行き方は知らない。
「初めての新宿駅で、目的地までのルートを知らないというのもな……」
名出さんの言う通り、半分迷子みたいなものだ。
「でしょ? あたしもそう思うのよ。だけど、この子たち、頑として認めないし」
「子供にもプライドがあるからな」
頭から「お前たちは迷子だ」と決めつければ反発もしよう。
かといって、この先、子供たちだけに任せるのも不安だ。
子供たちを名出さんだけに任せるのは、もっと不安だ。
幸い、目的地は駅からそれほど離れていない有名なホテルだった。
「ならこうしよう。俺たちもそのホテルに行く。キミたちと目的地は同じだ。それならば、同じ道を一緒に歩いても変ではないだろう?」
二人はごそごそと額を寄せ合って話していたが、納得したようで、揃って頷いた。
「どうなったの?」
「一緒に行くことに同意してくれたよ」
「そうなんだ。じゃ、おねーさんと一緒に行こう」
名出さんが両手を差し出すと、二人とも口をへの字にしてからその手を握った。
思ったよりも素直な子供たちだ。
その証拠に、小さく「わりいじゃんねぇ」と呟いていた。「悪いね、ありがとう」という意味だと思う。
「さっ、行きましょう」
名出さんと二人が歩き出し、俺がそのあとに続く。
そもそも名出さんは、そのホテルの場所を知っているのだろうか。
そのとき、羽織の背に描かれた
濃紺の羽織に、白色で描かれた紋はよく目立つ。
丸で囲われた中に、漢字で『九星』と描かれていた。
「九星……?」
俺のつぶやきは、新宿の雑踏にかき消されて誰の耳にも届かなかった。