七月の上旬。
俺はクラス会に出席するため、家を出た。
中学を卒業してまだ四ヶ月。
昔と言えるほど、また級友を懐かしがるほど月日が経っているわけでもない。
梅雨の晴れ間だろうか。
強い日差しと湿度の高さに蒸し暑さを感じる。
そういえば、2030年のあの日は、うだるような暑さだった。
あれだけ尽くした会社に裏切られ、上司に嵌められ、マスコミをはじめとした社会から白い目で見られた。
あの日、俺は再起を誓うほどの気概を持ち合わせていなかった。
生気が抜けていたと思う。俺の人生に、意味があったのだろうか。そんなことを考えていた。
あの暑い夏の日、もし俺が倒れなかったとしても、早晩、無気力となり、
それくらい俺には何も残されていなかった。
「
元クラスメイトの
「それは構わないが、同窓会ではなくてクラス会な。同窓会というのはその学校の卒業生すべてが対象だ。同学年だけならば、何期生同窓会などと表現する。今回は中三のクラスメンバーしか声をかけていないのだろう? だったらクラス会が正しい」
俺がそう言うと、音羽さんは口を大きく開けて笑い、「やっぱり卒業しても大賀くんは変わらないわね」と肩をパンパン叩いてきた。
肩が痛い。
中学時代の音羽さんは、女子生徒ながら豪快に笑い、豪快に食べ、豪快に寝ていた……授業中に。
バドミントン部に所属していたせいか、やたらと瞬発力があったのを覚えている。
勉強が苦手で、嫌なことから徹底的に逃げる問題児だったが、クラスのメンバーを含めて、教師からも憎まれるのを見たことがない。
裏表のないカラッとした性格ゆえだろう。
『夢』の中で音羽さんがどんな人生を歩んだのか知らないが、きっと社会に出てもうまくやっていたと思う。
「場所は地区センターと聞いたが、なぜそんなところでクラス会をするんだ?」
「部屋が安く借りられるからじゃない? 飲食も自由だし」
「……そうか」
参加費が500円と書いてあった。
何の冗談かと思ったが、考えてみれば、高一のクラス会で3000円、5000円を会費にしたら、人が集まらないかもしれない。
音羽さんと一緒に会場へ着くと、すでに半分ほどが来ていて、飾り付けをしていた。
テーブルには大型ペットボトルと紙コップ、それにお菓子が少々。白い箱はケーキだろうか。
「大賀、ちょっと、この椅子を支えててくれ」
壁に飾り付けをしている男子に呼ばれた。
パイプ椅子の上で背伸びをしている。
「バランスを崩すと、ひっくり返るぞ」
「そうなんだよ、だから支えててくれ」
「……分かった」
ひっくり返って怪我でもすれば、クラス会どころではなくなる。
もとの俺ならば「馬鹿かお前は」と、意味のない危険な行為は止めさせただろう。
その場の雰囲気が悪くなることも厭わずに。
俺が正しくて相手が間違っていると思えば、平気に口にしていた。
社会に出ると『正しい』がすべてでないことに気づくのだが、当時の俺は正しいことは正しいと信じていた。
何度か危ない場面もあったが、無事、飾り付けは完了した。
「よっし、だいたい揃ったし、始めるか」
紙コップにコーラかジュースが注がれ、めいめいが好きなものを取っていく。
今回の発起人だった
みな紙コップを掲げて「カンパーイ」と唱和した。
大人ならば、乾杯の前に気の利いたスピーチが入るのだが、高一ならばこの程度だろう。
「今日は部活で何人か来られなかったけど、みんな来てくれてありがとうな。次回も俺が幹事をやるけど、その次からは持ち回りにするつもりなんで、協力してくれよ」
油野はクラス委員をやっただけのことはある。
みなが油野が決めたんだったらと頷いていた。
聞いたところ、今日の欠席者は五人で、部活の大会や練習があるのだという。
理由がない欠席者がいないことに、俺は驚いた。
「いまから100円ケーキを配るよ~。味は、メロンとイチゴとチーズとヨーグルトの四種類ね。好きなのを選んでね」
たまに催事物コーナーで売っている100円ケーキだ。
みながケーキに群がり、俺は出遅れてしまった。
残っていたのはメロン味のみ。
メロンといっても本物の果汁は一滴も入っておらず、それっぽい味のムースがスポンジ生地に塗りたくってあるだけだ。
もちろん、あまり美味しくない。
紙皿にケーキを載せ、椅子に座って談笑するクラスメイトを眺めた。
俺は、彼らのその後の人生を知らない。『夢』でどんな風に生きたのか、何も知らない。
「どうしたの、大賀くん。一人で黄昏れちゃって」
音羽さんが隣に座ってきた。
「クラスメイトのことを何も知らないと、思っただけだ」
これまでも、そしてこれからもだ。
「そりゃ大賀くん、興味なかったからね。……だから今日、クラス会に参加するの知って驚いたんだよ。青天の霹靂かと」
「難しい言葉を知ってるな」
「あ~、いま馬鹿にした?」
「いや、素直な感想だ。それとたしかに俺は、クラス会に出席するつもりはなかった」
「ふうん? ……ああ、油野くんが強引に誘ったのかな?」
「誘われたのは事実だな。参加すると決めたのは俺だ」
『夢』では欠席した俺だが、このクラスの結束力は高いと思う。
「損得なしに語り合える友達っていいものだよ。今日来て良かったもん。……実はわたし、部活の練習でヒザを痛めちゃってね。騙し騙しならやっていけそうなんだけど、それだと三年までレギュラーは無理そうかなって少しヘコんでたんだ」
「関節か。関節痛は薬で散らせてもな。本格的に治すなら、メスを入れるしかないと思う」
「そこまでするつもりはないけど……さあこれから頑張るぞってときにコレだから、なんかもったいなくてね」
音羽さんがスカートを少しめくると、無骨なプロテクターが出てきた。
あと数十年もするとサポーターはもっとおしゃれに、薄くなるのだが、いまは望むべくもない。
人の事情には、簡単に入っていけるものでもない。
一般論なら言えるが、音羽さんはそんなものを望んではいないだろう。
俺が黙っていると、会場ではこれからビンゴ大会が始まるらしい。
音羽さんは、先ほどの沈んだ雰囲気はどこかに置き忘れたようで「いえ~い!」と盛り上がっていた。
ちなみにビンゴ1位の景品は、100円ケーキの残り(メロン味)だった。
いるのか?