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第二部 桃源の地

061 クラス会

 七月の上旬。

 俺はクラス会に出席するため、家を出た。


 中学を卒業してまだ四ヶ月。

 昔と言えるほど、また級友を懐かしがるほど月日が経っているわけでもない。


 梅雨の晴れ間だろうか。

 強い日差しと湿度の高さに蒸し暑さを感じる。


 そういえば、2030年のあの日は、うだるような暑さだった。

 あれだけ尽くした会社に裏切られ、上司に嵌められ、マスコミをはじめとした社会から白い目で見られた。


 あの日、俺は再起を誓うほどの気概を持ち合わせていなかった。

 生気が抜けていたと思う。俺の人生に、意味があったのだろうか。そんなことを考えていた。


 あの暑い夏の日、もし俺が倒れなかったとしても、早晩、無気力となり、うつと診断されて、ボロボロになったまま生涯を終えていたかもしれない。


 それくらい俺には何も残されていなかった。


大賀おおがくん、ひさしぶり! 同窓会に行くんでしょ? 一緒にいこっ!」

 元クラスメイトの音羽おとわさんと会った。


「それは構わないが、同窓会ではなくてクラス会な。同窓会というのはその学校の卒業生すべてが対象だ。同学年だけならば、何期生同窓会などと表現する。今回は中三のクラスメンバーしか声をかけていないのだろう? だったらクラス会が正しい」


 俺がそう言うと、音羽さんは口を大きく開けて笑い、「やっぱり卒業しても大賀くんは変わらないわね」と肩をパンパン叩いてきた。

 肩が痛い。


 中学時代の音羽さんは、女子生徒ながら豪快に笑い、豪快に食べ、豪快に寝ていた……授業中に。

 バドミントン部に所属していたせいか、やたらと瞬発力があったのを覚えている。


 勉強が苦手で、嫌なことから徹底的に逃げる問題児だったが、クラスのメンバーを含めて、教師からも憎まれるのを見たことがない。

 裏表のないカラッとした性格ゆえだろう。


『夢』の中で音羽さんがどんな人生を歩んだのか知らないが、きっと社会に出てもうまくやっていたと思う。

「場所は地区センターと聞いたが、なぜそんなところでクラス会をするんだ?」


「部屋が安く借りられるからじゃない? 飲食も自由だし」

「……そうか」


 参加費が500円と書いてあった。

 何の冗談かと思ったが、考えてみれば、高一のクラス会で3000円、5000円を会費にしたら、人が集まらないかもしれない。


 音羽さんと一緒に会場へ着くと、すでに半分ほどが来ていて、飾り付けをしていた。

 テーブルには大型ペットボトルと紙コップ、それにお菓子が少々。白い箱はケーキだろうか。


「大賀、ちょっと、この椅子を支えててくれ」

 壁に飾り付けをしている男子に呼ばれた。


 パイプ椅子の上で背伸びをしている。

「バランスを崩すと、ひっくり返るぞ」


「そうなんだよ、だから支えててくれ」

「……分かった」


 ひっくり返って怪我でもすれば、クラス会どころではなくなる。

 もとの俺ならば「馬鹿かお前は」と、意味のない危険な行為は止めさせただろう。


 その場の雰囲気が悪くなることも厭わずに。

 俺が正しくて相手が間違っていると思えば、平気に口にしていた。


 社会に出ると『正しい』がすべてでないことに気づくのだが、当時の俺は正しいことは正しいと信じていた。

 何度か危ない場面もあったが、無事、飾り付けは完了した。


「よっし、だいたい揃ったし、始めるか」

 紙コップにコーラかジュースが注がれ、めいめいが好きなものを取っていく。


 今回の発起人だった油野あぶらのが全員のコップを見渡し、「それじゃ、みんなおつかれ! カンパーイ!」と叫んだ。

 みな紙コップを掲げて「カンパーイ」と唱和した。


 大人ならば、乾杯の前に気の利いたスピーチが入るのだが、高一ならばこの程度だろう。


「今日は部活で何人か来られなかったけど、みんな来てくれてありがとうな。次回も俺が幹事をやるけど、その次からは持ち回りにするつもりなんで、協力してくれよ」


 油野はクラス委員をやっただけのことはある。

 みなが油野が決めたんだったらと頷いていた。


 聞いたところ、今日の欠席者は五人で、部活の大会や練習があるのだという。

 理由がない欠席者がいないことに、俺は驚いた。


「いまから100円ケーキを配るよ~。味は、メロンとイチゴとチーズとヨーグルトの四種類ね。好きなのを選んでね」

 たまに催事物コーナーで売っている100円ケーキだ。


 みながケーキに群がり、俺は出遅れてしまった。

 残っていたのはメロン味のみ。


 メロンといっても本物の果汁は一滴も入っておらず、それっぽい味のムースがスポンジ生地に塗りたくってあるだけだ。

 もちろん、あまり美味しくない。


 紙皿にケーキを載せ、椅子に座って談笑するクラスメイトを眺めた。

 俺は、彼らのその後の人生を知らない。『夢』でどんな風に生きたのか、何も知らない。


「どうしたの、大賀くん。一人で黄昏れちゃって」

 音羽さんが隣に座ってきた。


「クラスメイトのことを何も知らないと、思っただけだ」

 これまでも、そしてこれからもだ。


「そりゃ大賀くん、興味なかったからね。……だから今日、クラス会に参加するの知って驚いたんだよ。青天の霹靂かと」

「難しい言葉を知ってるな」


「あ~、いま馬鹿にした?」

「いや、素直な感想だ。それとたしかに俺は、クラス会に出席するつもりはなかった」


「ふうん? ……ああ、油野くんが強引に誘ったのかな?」

「誘われたのは事実だな。参加すると決めたのは俺だ」


『夢』では欠席した俺だが、このクラスの結束力は高いと思う。


「損得なしに語り合える友達っていいものだよ。今日来て良かったもん。……実はわたし、部活の練習でヒザを痛めちゃってね。騙し騙しならやっていけそうなんだけど、それだと三年までレギュラーは無理そうかなって少しヘコんでたんだ」


「関節か。関節痛は薬で散らせてもな。本格的に治すなら、メスを入れるしかないと思う」

「そこまでするつもりはないけど……さあこれから頑張るぞってときにコレだから、なんかもったいなくてね」


 音羽さんがスカートを少しめくると、無骨なプロテクターが出てきた。

 あと数十年もするとサポーターはもっとおしゃれに、薄くなるのだが、いまは望むべくもない。


 人の事情には、簡単に入っていけるものでもない。

 一般論なら言えるが、音羽さんはそんなものを望んではいないだろう。


 俺が黙っていると、会場ではこれからビンゴ大会が始まるらしい。

 音羽さんは、先ほどの沈んだ雰囲気はどこかに置き忘れたようで「いえ~い!」と盛り上がっていた。


 ちなみにビンゴ1位の景品は、100円ケーキの残り(メロン味)だった。

 いるのか?


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