――吉兆院優馬の一日
朝、目覚めると、AIスピーカーに黄色のラインが入っていた。
寝ている間に通知が来たようだ。
「ゴータ、通知を教えてくれ」
ゴータは俺が使っているAIスピーカー『ゴールデン・タイム』の略称だ。
忘れっぽいおれの代わりに、ゴータは日常生活の秘書をしてくれている。
『新しい通知が一件あります。「ナイデ」さんから通知が来ています』
「ゴータ、名出さんからの通知を再生して」
――やっほー、吉兆院くん。いま、あやめと二人で女子会中です。それでね、そろそろ調べたミスターの情報が溜まったころでしょ? 今日休みなら、情報交換しない? 連絡まってまーす。
互いにできる範囲で、ミスターの周辺を調べようと約束し合っていた。
たしかに情報交換してもいい頃かもしれない。
「名出さん……会社から連絡くるときは、普通なんだけどなぁ」
名出さんはオフの日、とくに神宮司さんと一緒のときは、
無意識にオンとオフの切り替えができる人じゃないので、オフで神宮司さんと一緒にいるときだけ、気が緩むのだろう。
おれは、「了解、13時にいつもの会議室で」と返事を出しておいた。
今日は一日オフの日。
午前中ゆっくり過ごしたあと、ファストフードで昼食を買ってきた。
ハンバーガーを食べながら、興信所で調べてもらった資料に目を通す。
「……やっぱり何度見ても、
日本国内における荘和コーポレーションの業務成績は、ここ数年下り坂だ。
ミスターのせいで強大な企業に思えていたが、足下は思ったより強固ではないことが分かった。
おそらく、好調な北米の利益の一部を国内に付け替えているのだろう。
この状態で、横領や特別背任のニュースは致命的ではなかろうか。
荘和コーポレーションがなぜ告発に踏み切ったのか、いまいち意図が読めない。だからこそ調べているのだけど。
ハンバーガーの空袋をまるめてゴミ箱に放る。
このあと、名出さんと神宮司さんとビデオ会議だ。
タブレットを操作して、リビングのテーブルに立てておくと、しばらくして、よく見知った二人の顔が映った。
「おはよう、名出さん、神宮司さん」
『なによ、もうお昼を回ったでしょ』
画面に、二人の顔が映っている。
「ふたりともついさっき起きた顔をしているけど、違うのかな?」
『……え、えっと、何のことかな?』
昨晩は、さぞ盛り上がったことだろう。後ろの酒瓶くらい隠せばいいのにと思う。
そもそも、おれに通知が来た時間は、明け方近くのはずだ。
「それで、今日の会議のテーマは何なんだい?」
『えっとね、この前、なんでミスターが生贄の羊になったか、それが分からないって結論になったでしょ』
「そうだね。荘和側にしてもリスクが大きいはずだし、そのところが分からないと、今回の事件、
ミスターこと、大賀愁一の裁判がはじまった。
社員を
準備書面こそ手に入れられなかったが、裁判で読み上げられたミスターの行動と日時は、把握済みだ。
おれたちが持っている情報と照らし合わせた結果、提出された証拠書類がねつ造だと、ほぼ確定した。
以前の会議のとき、「なぜ、ミスターに罪を着せたのか」が話題となった。
まだ世間に露見すらしていない状態で、ミスターを生贄の羊にする必要があるのか。
そもそもなぜミスターが選ばれたのか。この裁判で、荘和コーポレーションは信用を失う。
代わりに何かを得るのか? 俺たちはいま、それを調べている。
『会社がグルだとしたら、アメリカ支社の上司は、絶対に関わっているはずなのよ』
「おれも同感だ。ミスターの同僚や部下が計画を練ったとは思えないしね」
あの陰謀劇には絶対、荘和コーポレーションの上層部が関わっている。
俺が日本の荘和コーポレーションを調べると同じで、名出さんは北米支社を調べると言っていた。
『それじゃ、こっちが調べたことから言うわね。ミスターの上司は、
「その上司、荘和に転職してどのくらい?」
『ちょっと分からないわね。七年前のネットニュースだと、ファンドの方に名前があったくらい』
「そうか。だとすると荘和にそれほど愛着はない感じかな」
『まったくないわね。早期定年で再就職したのかも。肩書きは立派だけど、実権はそんなになかったと思う』
「なるほど。どんな感じか、何となく想像できるよ」
荘和コーポレーションは、フェニックス・ファンドから融資を受けたな。
重機の排出規制が厳しくなった欧州で、荘和コーポレーションは苦戦しているらしい。
欧州で工事をするには、EUで作られた重機を購入しなければならなくなったほどだ。
欧州面でのテコ入れのために、まとまった現金が必要になったのかもしれない。
その上司とやらは、融資を受ける代わりにフェニックス・ファンドから派遣された人材のような気がする。
『それでね、今回、あやめが奥津って人を調べたんだけど、なんかちょっと、行動がおかしいのよ』
「おかしいって、どんなとこが?」
『もうずっと、ロサンゼルスとフェニックス、それにラスベガスを行ったり来たりしているのよ。仕事もしないで、何やってるのかしら』
「えーっと……あんまり、アメリカの地理って詳しくないんだけど」
『ロサンゼルスはカリフォルニア州で、フェニックスはアリゾナ州、ラスベガスはネバダ州にあるけど、距離はどれも近いわね。三つの都市を線で結ぶと、きれいに三角形ができる感じかしら』
「ふうん。ラスベガスなら、カジノで豪遊してるんじゃない? フェニックスは、元職の本拠地だっけ? まだ繋がりがあるとか」
名出さんは「ありえるわね」と頷く。
『だとすると、ロサンゼルスは何かしら? ……あそこは日系人が多いから、いてもおかしくないんだけど』
「リトル東京があったよな、たしか」
『ええ、知り合いと会っているとか?』
「どうだろうね」
ロサンゼルスにあるリトル東京は二度滅びたと言われるが、いまは再生を果たして賑わっていると聞いたことがある。
第二次大戦時、日本人が強制収容所送りになったとき、町はゴーストタウンとなって一度滅びた。
二度目は1990年以降のバブル崩壊だ。
日本人観光客が激減して、町に住む人々も中国系や韓国系に取って代わられた。
この二度の苦難を乗り越えて、リトル東京は復活した。
たしかに日本人と会うなら、ロサンゼルスへ行くのも頷ける。だが……。
「荘和コーポレーションの支店って、その辺になかったよな」
『ないわね。一番近いのがサンフランシスコだけど、ロサンゼルスから結構離れているのよ』
「受注でもあるのかなぁ……でもなぁ、支部長が営業みたいに動かないよな」
仕事でないなら、なぜそんなところへ行く必要があるのだろう。
『なんか怪しいから、あやめがもう少し探るって。……で、そっちはどう? なにか分かった?』
「おれ? そうだなぁ、荘和の業績に少し違和感があってね……」
こうしておれたちの会議は続いた。