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060 2030年、三者会議(たぶんいつもの)

 ――吉兆院優馬の一日


 朝、目覚めると、AIスピーカーに黄色のラインが入っていた。

 寝ている間に通知が来たようだ。


「ゴータ、通知を教えてくれ」

 ゴータは俺が使っているAIスピーカー『ゴールデン・タイム』の略称だ。


 忘れっぽいおれの代わりに、ゴータは日常生活の秘書をしてくれている。

『新しい通知が一件あります。「ナイデ」さんから通知が来ています』


「ゴータ、名出さんからの通知を再生して」



 ――やっほー、吉兆院くん。いま、あやめと二人で女子会中です。それでね、そろそろ調べたミスターの情報が溜まったころでしょ? 今日休みなら、情報交換しない? 連絡まってまーす。



 互いにできる範囲で、ミスターの周辺を調べようと約束し合っていた。

 たしかに情報交換してもいい頃かもしれない。


「名出さん……会社から連絡くるときは、普通なんだけどなぁ」

 名出さんはオフの日、とくに神宮司さんと一緒のときは、海陵かいりょう学院時代の口調に戻っている。


 無意識にオンとオフの切り替えができる人じゃないので、オフで神宮司さんと一緒にいるときだけ、気が緩むのだろう。

 おれは、「了解、13時にいつもの会議室で」と返事を出しておいた。




 今日は一日オフの日。

 午前中ゆっくり過ごしたあと、ファストフードで昼食を買ってきた。


 ハンバーガーを食べながら、興信所で調べてもらった資料に目を通す。

「……やっぱり何度見ても、荘和そうわの業績って、悪化しているんだよな」


 日本国内における荘和コーポレーションの業務成績は、ここ数年下り坂だ。

 ミスターのせいで強大な企業に思えていたが、足下は思ったより強固ではないことが分かった。


 粉飾ふんしょくとまではいかないまでも、株主に発行している数字より落ち込んでいるのが分かる。

 おそらく、好調な北米の利益の一部を国内に付け替えているのだろう。


 この状態で、横領や特別背任のニュースは致命的ではなかろうか。

 荘和コーポレーションがなぜ告発に踏み切ったのか、いまいち意図が読めない。だからこそ調べているのだけど。


 ハンバーガーの空袋をまるめてゴミ箱に放る。

 このあと、名出さんと神宮司さんとビデオ会議だ。


 タブレットを操作して、リビングのテーブルに立てておくと、しばらくして、よく見知った二人の顔が映った。

「おはよう、名出さん、神宮司さん」


『なによ、もうお昼を回ったでしょ』

 画面に、二人の顔が映っている。


「ふたりともついさっき起きた顔をしているけど、違うのかな?」

『……え、えっと、何のことかな?』


 昨晩は、さぞ盛り上がったことだろう。後ろの酒瓶くらい隠せばいいのにと思う。

 そもそも、おれに通知が来た時間は、明け方近くのはずだ。


「それで、今日の会議のテーマは何なんだい?」

『えっとね、この前、なんでミスターが生贄の羊になったか、それが分からないって結論になったでしょ』


「そうだね。荘和側にしてもリスクが大きいはずだし、そのところが分からないと、今回の事件、全貌ぜんぼうが見えて来ないって話だったよね」


 ミスターこと、大賀愁一の裁判がはじまった。

 社員を傍聴ぼうちょうに行かせ、荘和コーポレーション側の主張は筆記できた。


 準備書面こそ手に入れられなかったが、裁判で読み上げられたミスターの行動と日時は、把握済みだ。

 おれたちが持っている情報と照らし合わせた結果、提出された証拠書類がねつ造だと、ほぼ確定した。


 以前の会議のとき、「なぜ、ミスターに罪を着せたのか」が話題となった。

 まだ世間に露見すらしていない状態で、ミスターを生贄の羊にする必要があるのか。


 そもそもなぜミスターが選ばれたのか。この裁判で、荘和コーポレーションは信用を失う。

 代わりに何かを得るのか? 俺たちはいま、それを調べている。


『会社がグルだとしたら、アメリカ支社の上司は、絶対に関わっているはずなのよ』

「おれも同感だ。ミスターの同僚や部下が計画を練ったとは思えないしね」


 あの陰謀劇には絶対、荘和コーポレーションの上層部が関わっている。

 俺が日本の荘和コーポレーションを調べると同じで、名出さんは北米支社を調べると言っていた。


『それじゃ、こっちが調べたことから言うわね。ミスターの上司は、奥津おくつ利明としあきといって、肩書きは米国カリフォルニア支部長。年齢はおそらく62歳。前職はフェニックス・ファンドで、融資部門を担当していたらしいわ』


「その上司、荘和に転職してどのくらい?」

『ちょっと分からないわね。七年前のネットニュースだと、ファンドの方に名前があったくらい』


「そうか。だとすると荘和にそれほど愛着はない感じかな」

『まったくないわね。早期定年で再就職したのかも。肩書きは立派だけど、実権はそんなになかったと思う』


「なるほど。どんな感じか、何となく想像できるよ」

 荘和コーポレーションは、フェニックス・ファンドから融資を受けたな。


 重機の排出規制が厳しくなった欧州で、荘和コーポレーションは苦戦しているらしい。

 欧州で工事をするには、EUで作られた重機を購入しなければならなくなったほどだ。


 欧州面でのテコ入れのために、まとまった現金が必要になったのかもしれない。

 その上司とやらは、融資を受ける代わりにフェニックス・ファンドから派遣された人材のような気がする。


『それでね、今回、あやめが奥津って人を調べたんだけど、なんかちょっと、行動がおかしいのよ』

「おかしいって、どんなとこが?」


『もうずっと、ロサンゼルスとフェニックス、それにラスベガスを行ったり来たりしているのよ。仕事もしないで、何やってるのかしら』

「えーっと……あんまり、アメリカの地理って詳しくないんだけど」


『ロサンゼルスはカリフォルニア州で、フェニックスはアリゾナ州、ラスベガスはネバダ州にあるけど、距離はどれも近いわね。三つの都市を線で結ぶと、きれいに三角形ができる感じかしら』


「ふうん。ラスベガスなら、カジノで豪遊してるんじゃない? フェニックスは、元職の本拠地だっけ? まだ繋がりがあるとか」

 名出さんは「ありえるわね」と頷く。


『だとすると、ロサンゼルスは何かしら? ……あそこは日系人が多いから、いてもおかしくないんだけど』

「リトル東京があったよな、たしか」


『ええ、知り合いと会っているとか?』

「どうだろうね」


 ロサンゼルスにあるリトル東京は二度滅びたと言われるが、いまは再生を果たして賑わっていると聞いたことがある。

 第二次大戦時、日本人が強制収容所送りになったとき、町はゴーストタウンとなって一度滅びた。


 二度目は1990年以降のバブル崩壊だ。

 日本人観光客が激減して、町に住む人々も中国系や韓国系に取って代わられた。


 この二度の苦難を乗り越えて、リトル東京は復活した。

 たしかに日本人と会うなら、ロサンゼルスへ行くのも頷ける。だが……。


「荘和コーポレーションの支店って、その辺になかったよな」

『ないわね。一番近いのがサンフランシスコだけど、ロサンゼルスから結構離れているのよ』


「受注でもあるのかなぁ……でもなぁ、支部長が営業みたいに動かないよな」

 仕事でないなら、なぜそんなところへ行く必要があるのだろう。


『なんか怪しいから、あやめがもう少し探るって。……で、そっちはどう? なにか分かった?』

「おれ? そうだなぁ、荘和の業績に少し違和感があってね……」


 こうしておれたちの会議は続いた。


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