六月がもうすぐ終わる。
俺がやり直しの人生をはじめてから、八ヶ月が経った。
もう少し余裕のある生活になると思っていたが、ままならないものだ。
それでも、当時見えていなかったものが、よく見えるようになったと思う。
少なくとも『夢』の中の高校生活よりマシな人生が歩めていると……思うが、どうだろう。
「
放課後、吉兆院がやってきた。
「小学生じゃあるまいし、一人で帰ればいいだろ」
俺は家に帰って、九星会について調べたいのだ。
九星会がだめなら、A高校に知り合いを作り、亜門について調べてもいい。
とにかくやることは一杯ある。
「なあ愁一、そんなこと言わずにさ……そうだ、CDショップに寄ろうよ。
「なになに? どっか行くの?」
吉兆院と話していると、名出さんがやってきた。
「どこにも行かないよ。俺はまっすぐ帰る」
「ええ~、CDショップ、寄って行こうぜ」
「寄らん」
俺の高校生活がままならないのは、吉兆院と名出さんのせいでもある。
鞄を抱えて教室を出ると、吉兆院と名出さんが追ってきた。
「ねえ、駅前でハンバーガー食べようよ」
「CDショップがいいって」
「ハンバーガーがいい」
「おれはやだ」
「あんたには聞いてないから」
「おれも同じ」
どこにも寄らないと言っているのに、二人して言い合いをはじめた。
「お前たち、本当に仲いいな。二人でどこか行けばいいんじゃないか?」
この二人の縁は、卒業後も続くのだろう。
互いに会社の代表になったあとも……。
「そりゃないよ、愁一」
「そうよ、大賀くん。……ねえ、大賀くんはどこに行きたい? 駅前のファストフードでね、ハンバーガー百円セールやってたのよ」
「それよか、CDショップだよな。おれ、昼もハンバーガーだったんだよ」
「お前は昼飯はいつもそれだな」
相変わらず吉兆院は、健康のことを考えていない。
「その点、あたしは大丈夫よ。じゃ、駅前に行きましょう」
「行かないって言ってるだろっ。俺はまっすぐ帰……」
「愁一く~ん、待ってたよ~」
校門を出たところで声をかけられた。
まるで拡声器を通したかと思うほど大きな声だ。
「
「そりゃ、愁一くんと遊びに行くためよ」
「そう言えば、電話で高校がどこか、聞いていましたね」
「初めて来たけど、愁一くんの家から近いのね。早く来すぎて、時間を持て余してたの」
「そうですか、大学生はヒマでいいですね」
「今日は二限までしか授業がなかったからね! いつ出てくるか、ワクワクしながらずっと待ってたのよ」
「校門前で未成年を待ち伏せなんて、通報案件ですよ。あとで通報しておきます」
「ひっど~い」
「なあ愁一、その人だれだ?」
「神子島
「彼女で~す」
「にゃぁああああっ!」
「違うっ!」
「じゃあ、恋人ね!」
「うにゃぁあああ!」
「それも違う! ……まあ、こういう人だ」
一言でいえば、ダメ臭のする女子大生だ。
「それより、愁一くん。カラオケ行こっ! 最近、マイブームなのよね」
「だめっ! 大賀くんはあたしとハンバーガー食べに行くんだから」
「カラオケがいいでしょ? おねえさんがおごってあげるから」
「うにゃぁああああ! だめぇ!!」
名出さんがふしゅーっと毛を逆立てている。どうやら、神子島さんと相性が悪いようだ。
二人とも、相手のパーソナルスペースを無意識に削るタイプだから、反発し合うのだろう。
さてどうしたものかと考えていると、肩をポンポンと叩かれた。
「おれはここで失礼しようかな」
「おい、吉兆院」
「さすがにあの中に入っていく勇気はないからね。じゃ、そういうことで」
シュタッと片手を挙げて、吉兆院は振り返ることなく行ってしまった。
「お、おいっ……あいつ、逃げやがった」
止める間もない。こういうときの吉兆院は、いつもの三倍は素早い。
俺の背後では、いまだ名出さんと神子島さんが言い合いをしている。
どちらも譲らず、俺の意思は完全無視だ。不毛なこと、この上ない。
俺は九星会について、家でゆっくり考えたかったのだ。
長期的な視野で見れば、亜門のいるA高校で知り合いを作るより、『夢』で俺が通っていたK高校の方がいいかもしれない。
K高校からT大に行った連中はみな覚えているし、のちに九星会に入ったヤツのことも知っている。
そうすればわざわざT大に入らなくても情報が得られる。
A高校やT大に近づくことなく、亜門のことを調べられるのも利点だ。
直接九星会を調べられない以上、
「ちょっと、ねえ! 聞いてる?」
神子島さんに肩を掴まれた。
「何の話ですか?」
「大賀くん、やっぱり聞いてなかったの? あたしと、このおばさん。どっちと一緒に行くって話」
「愁一くん、こんなヤンキー小娘の言うことなんて無視していいわよね。わたしとカラオケ行こっ!」
「まったく年増は、これだから余裕がないのよ」
「なによ!」
「なに?」
俺を挟んで、ガンの飛ばしあいが始まった。
すでに校門前には大勢の人だかりができている。
遠巻きに見て、だれも近づいて来ない。
賢明だ。俺だって、他人事だったら、絶対に近寄らない。
「……はぁ、不本意だ」
俺のやり直しの人生は、どうしてこうなったのか。
サラリーマン時代、俺は何度も、理不尽な目に遭遇している。
今回だって乗り切れる。
「「大賀(愁一)くん、わたし(あたし)と行くよね?」」
実は仲がいいのではと思うほど、息がピッタリだ。
「こうしよう。先にハンバーガーを食べる。そのあとみんなでカラオケに行こう」
営業時代に
二人はしばし考えたあと、妥協点を見つけたようで、「いいわ、行きましょ!」と元気よく、俺の両腕にしがみついた。
神子島さんが俺の右腕、名出さんが左腕だ。
「やれやれだな」
俺の人生は、本当にままならない。
大勢の生徒が注目する中、俺はハンバーガーショップに向かって、両手に花で歩くのであった。
そして俺の肩越しに、二人の主導権争いは激しさを増していた。