「前回、俺がここに来たときのことは、すべて思い出せた」
忘れていた自分に腹が立つが、その原因が超常のウイルスのせいならば、対策の立てようもない。
(なまじ、記憶力に自信があるおかげで、人との会話を録音するということをしないからな)
また、互いに相手を出し抜こうとしたことが徒になってしまった。
前の俺は、かなり自己中心的な考えをしていた。
ギュラルラルゥは、俺との会話でそれを見抜いたのかもしれない。
記憶がすべて戻ったから分かる。
当時俺は、九星会……いや、亜門清秋さえ屈服させられれば、戦争がおきようが構わないスタンスだった。
戦争の責任を押しつければいいとさえ、思っていたのだ。
だからカプセルを飲まず、あの時代でなんとかしようとした。
九星会の野望や、世界のエネルギー問題を勝ち負けの条件としていたのだ。
俺が当時のことを思い出していると、ギュラルラルゥは何やら考え込んでいるようだった。
「どうした?」
悪魔のような外見だが、非常に困っているように見える。
「この
なるほど、外からやってきたギュラルラルゥだが、数百年も地球にいれば、その行く末は気になるのだろう。
俺は考えた。この先、エネルギー不足は確実にやってくる。
『夢』の中では、地球温暖化が無視できなくなり、気候変動によって天変地異が世界各地を襲ったのがはじまりだ。
専門家の予想はどれも深刻なものばかりだった。
当時流行った言葉に、『地球が悲鳴をあげている』というのがある。もはや、地球は限界なのだと、識者たちは口を揃えた。
日本を含めた西側諸国は、すぐにかなり厳しいエネルギー使用制限を設けた。
すこしでも破滅のときを延ばそうと、一致団結したのだ。
だが東側諸国は、エネルギー制限を掲げた条約に
ここぞとばかり、産業を拡大させたのだ。
西側諸国は、製品をひとつ作るにも、莫大なコストをかけた。
代替エネルギーによるコスト高が深刻だった。
エネルギー制限のない東側諸国ならば、同じものが低コストで作成できた。
西側諸国は、自分たちが損をして東側諸国を儲けさせ、東側諸国が地球温暖化を進めるのを助けるという、本末転倒なことをしていた。
いますぐ九星会をどうにかしたところで、いずれやってくる世界規模のエネルギー不足は克服できないだろう。
世界的な動きは止められるはずがない。
「気持ちは分かるが、俺は反対だ。よほどのことをしない限り、この流れは止められない」
それこそ、九星会が考えているよう世界の実権を握るようなインパクトが必要だ。
「ふむ。ならば、人の能力を底上げするウイルスを私が作ってもよい。研究者である私が作れば、よいものができる」
「……二度」
「……?」
「その言葉、二度目なんだ」
ギュラルラルゥからその提案をされるのは、二度目。
一度目は、はじめて会ったとき。
ギュラルラルゥから九星会の野望を聞かされ、対抗するには必要だと言われた。
「超常の能力を持った集団がいれば、現状を変えられる。もっとも現実的な対処方ではないか?」
ギュラルラルゥの言いたいことは分かる。
「ならば俺も、前と同じ言葉を伝えよう。俺は世界を導くなんて大それたことは考えていない。それと、チートに対抗するするためにチートを使うのもだ。そんなものは……クソ食らえだ!」
俺は人間を辞めるつもりはない。
たしかに世界は破滅に向かっているし、清秋は恐ろしい。
俺が全力で立ち向かっても敵わない。
あの幼い双子だって、恐ろしい能力を持っている。
成長すれば、俺は勝てないだろう。
だからといって、ウイルスなんてものにすがるつもりは、毛頭ない。
「俺は俺の力だけで戦う」
努力は惜しまないし、俺はそうすべきだと思う。これは人の問題なのだ。
「そうか……ならば、何も言うまい」
「ついでに言うと、俺はお前にも頼らない。ここを出たらもう、ここに来ることはないと思ってくれ」
エーイェン人の力は強力だ。人の手に余る力を持つ。
付き合い方は、しっかりと考えなければならない。
一番いいのは、これ以上関わらないことだ。
「……それがいいのかもしれない」
ギュラルラルゥは静かに頷いた。
「それと、地上の壁画は破壊した方がいいぞ。すでに同胞はいないのだから」
エーイェン人は寿命が長いのだろう。それでも生き残りがたった一人になるほど、長い年月が経ってしまった。
もはや、あの壁画を見てやってくる者はいない。
いるのは、プログレッシオの円盤が持つエネルギーを手に入れようとする清秋たちだけだ。
「だが、そうだな、ここにたどり着く別の方法を教えておこう。万一、必要があれば訪ねて構わない」
「一人が寂しいというのなら、思い出したときにでも、足を運ぶとしよう」
「たまには様子を見に来てくれ。そしてもし、私が死んでしまったら、ここを破壊してほしい。やり方は残しておく」
「分かった、覚えておく。俺は記憶力がいいんだ」
そうして俺は、ギュラルラルゥと会う方法を教えてもらって、この場をあとにした。
帰りの洞窟でウイルスを散布しないよう、しつこく注意したのは、言うまでもない。
岩に描かれた壁画は、すぐに消すそうだ。
一応、『夢』の中では2029年まで清秋たちに見つからなかったが、念には念を入れておきたい。
夜、ホテルに帰ると、菱前老人がすでに戻っていた。
「機嫌が良さそうですね。何か良いことでもありましたか?」
「うむ。きゃつをうまく乗せて、いろいろと案内させたわ。知り合いのところにもな」
「ほう。詐欺師の知り合いですか?」
「日系人が多く住んでおった」
「とすると、日本人街ですか?」
「いや、普通の街中に溶け込んで、住んでおった」
今日一日で詐欺師をうまく言いくるめて、知っている場所や、知っている人間を紹介してもらったらしい。
老人の方が詐欺師みたいだ。
そのおかげで、現地の知り合いや拠点が分かったのだから、大したものだ。
「それで、どこに行ったのです?」
「すぐそこじゃよ。アナハイムといったかな」
アナハイムは、ロサンゼルスの南にある町だ。ここから十キロメートルも進んだところにある。
「そこに日本人が多く住んでいたのですか……たしかに、西海岸は日本人が多いですけど」
「うむ。日本人というより、日系人じゃな。少し話したが、強制収容所で知り合った者たちの子孫らしい」
「戦時中のあれですか」
戦時中、アメリカ国籍を持つ日本人、いわゆる日系人は差別の対象になっていた。
アメリカ国内で破壊活動をされる恐れがあるという理由で、財産を捨てさせられ、戦争終結まで強制収容所での生活を余儀なくされたのだ。
戦後、解放されても、自分の財産はほとんどなし。
家財道具や商売道具がない状態では、日々の暮らしすらままならない。
彼らは団結して、戦後を生き抜いたのだろう。
「詐欺師がそういう集団と知り合いというのは意外ですね」
「もともとそこの出身なのかもしれんのう。仲間意識が強ければ、何かあっても、匿ってくれるであろう」
「なるほど……」
『夢』の中でおきた巨額銀行詐欺事件。
主犯格はだれ一人捕まらなかったが、そういったところに逃げ込んだ可能性があるかもしれない。
「しかし、案内させるのに苦労したわ。それだけで半日は潰れた。今日は早く寝るとしようかの」
老人は疲れた疲れたと言いながら、満足そうな顔で部屋を出て行った。
やはり戦争を体験した人は強い。
詐欺師もまさか、ねぐらのひとつを案内する羽目になるとは思わなかっただろう。
あまり強く拒絶すれば、不審に思われる。
連れて行かざるを得なかったのかもしれない。
「さて、俺も寝るかな」
今日はいろいろあって、俺も疲れた。
俺はあくびをひとつして、シャワーを浴びるために立ち上がった。
窓の外はすっかり暗くなっていた。