日本の山梨県にたどり着いたエーイェン人は、その特異な外見にもかかわらず、そこに住む人々から崇拝を集めたという。
表に出すぎれば、異端は排除される。
利益がなければ、人は離れてしまう。
その微妙なバランスの中で、エーイェン人は、信奉する一族を作り上げた。
それが
エーイェン人は、亜門一族に恩寵を与えた。
能力を上げるウイルスを投与したのだ。
そう、亜門清秋の能力は、ウイルスを使ったチートだったのだ。
俺がどんなに頑張っても、敵わないはずだ。
奴は、最初から人とは違っていたのだから!
俺の説明を聞いて、ギュラルラルゥは深く頷いた。
「あの日、西へ向かったのは技術者だった。沈没した宇宙船を引き上げて、修理すると言っていた。北に向かったのは実働員だ。彼らは母星への帰還を諦め、この地に君臨するつもりだった」
「技術者と……実働員?」
「私たちは探索を目的とした、チームだったのだ」
ギュラルラルゥは研究者らしい。
宇宙船には、航行や修理を担当する技術者と、現地を探索する実働員、そして集めたものを研究する研究員が乗っていたらしい。
「そりゃ、仲違いして、別々の道を歩むわけだ」
研究者、技術者、脳筋……実働員か、仲良くなれる未来が見えない。
「私たちであれば、簡単にウイルスを作成できるが、北に向かった者たちでは、さぞかし苦労したことだろう」
宇宙船の乗組員であるから、最低限の知識はあるが、それを活用できるかは別らしい。
「円盤のエネルギーも切れて、次代への継承もほとんど失敗したらしいし、作られたウイルスも完璧なものじゃなかったんだろう」
ウイルスによってチート能力を与えられたのは、清秋たちの何代か前の人物らしい。
チート能力が子や孫に能力が引き継がれるかといえば、そこまで簡単な話ではないようだ。
子の半分に受け継がれればいい方で、多くは何の能力も持たない状態だったという。
「その者たちは、プログレッシオの円盤を譲ってほしいと言っていたな」
「ああ。円盤のエネルギーを使って亜門一族を再興させたいらしい」
「なるほど、エネルギーがなければ、新たなウイルスは作成できないからな」
「それだけじゃなく、エーイェン人の生き残りがいたなら、自分たちの偶像になってほしいらしい。そして悲願に手を貸してほしいと」
ギュラルラルゥが言った通り、亜門一族では、エーイェン人の機械をうまく使えない。
ゆえにプログレッシオの円盤ごと山梨にある九星会の総本山に来てもらい、そこで盟主のような役割を担ってもらいたいらしい。
そして清秋のようなチート超人を生み出してほしいのだ。
「ずいぶんと、欲張りな要求だな」
「ああ、そうしないと九星会の悲願が達成できないと考えているようだ」
「先ほどから出てくる悲願とは?」
「端的に言えば、亜門一族による世界征服。奴らは、救世を目的とした統一的な人類国家を作りたがっているんだ」
と言っても、昔の戦隊ヒーローもののような、陳腐な世界征服を夢見ているわけではない。
奴らはもっと強かだ。
直接支配はしない。
ただし、人類の急所たる、食糧と経済を掌握するつもりなのだ。
第二次大戦前、日本は台湾をはじめ、いくつかの植民地を得ていた。
世界中に、大国の植民地があった時代。あらたに植民地を増やすのは難しかった。
そこで日本は、イギリスやフランスが持っていた植民地を解放し、日本を中心とした国家の枠組みの中に入れようとした。
大東亜共栄圏構想だ。
成功すれば、軍部と財閥が実質的に大東亜共栄圏を支配することになる。
そんな軍と財閥に影響力を持つのが九星会である。
日本の影響を持つ国を増やしつつ、九星会が力をつけて、世界中の金と経済を掌握するのが目標だったらしい。
だが、軍国主義となった日本は、九星会の思惑を外れて、軍部が暴走してしまった。
「亜門一族に能力者が少なかったから、上がどんなに綿密かつ精密な計画を立てても、末端が命令や意図を正確に理解できなかったんだ」
第二次大戦の頃ですら、チート持ちが少なすぎて、手が回らなかったという。
どんなに優れた人物がいても、たった数人で世界を制御するなんて、できるわけがない。
「それは道理だな」
「だから西と東にあるプログレッシオの円盤を捜していたらしいが、亜門一族はここで方針変換をするんだ」
チート持ちが少ないならば、少ない中でやりくりするしかない。
日本が力を持ち、その力でもって世界を支配する。
戦後、九星会は、バブル経済によって日本から世界を支配しようとしたが、経済はあまりに水物。
経済は暴走し、やはりうまくいかなかった。
強い日本を作ることで、世界経済を手中に収める試みは失敗した。
銀座の一等地を一坪一億円にすることはできても、マネーゲームを制御できなければ意味はない。
国民は愚かだ。バブルで浮かれて暴走しているだけ。
彼らをうまく操るには、選択肢を狭めたらいいのではないか?
そう考えた九星会は、日本を不況へと誘ったのだ。
軍部も経済も、調子がよいと暴走する。
逆なのだ。調子が悪くなれば、九星会に依存するしかない。
よし、日本経済を落ち込ませよう。
その試みはある程度成功し、日本はいつまで経っても不況から抜け出せず、九星会の影響力は政界、財界、法曹界にまで及んだ。
その魔手はゆっくりとだが、海外まで確実に伸びていった。
世界各地で、食糧不足や政治不安、エネルギー不足を浮き彫りにさせた。
「これから先、各国に疑心暗鬼が生まれ、食糧とエネルギーを巡る対立が深刻化するんだ」
2025年を過ぎたあたりから、西側諸国と東側諸国の間には、かつての冷戦を越える緊張が生まれた。
もういつ戦争がおきても不思議ではないくらい、世界は熟していた。
それゆえ人々は、文句を言いつつも、不自由な環境の中で我慢して暮らした。
戦争よりはマシだからだ。
「九星会が世界征服をたくらんでいるというのは……」
「大戦が起こり、世界中が疲弊したあと、リーダーシップがとれるのは、世界に影響力を持っている九星会しかない。マッチポンプだが大戦を起こさせ、終結させることで世界での影響力を確固たるものにしようとしているんだ」
それを可能にするには、人材が足りない。
手足となって動く人員は多い。だが、チート持ちが圧倒的に足らない。
奴らには、プログレッシオの円盤とそのエネルギーがどうしても必要なのだ。
ギュラルラルゥを日本の山梨県に呼び、盟主と崇めたいと言うのは間違いではないだろう。
だがそれが不可能だった場合……。
「その九星会の申し出を断ったら、私はどうなると思う?」
「考えている通りじゃないかな? だから俺と協力関係を結んだわけだし」
あれだけの短い邂逅で、なぜ俺たちは共同戦線を張ることになったのか。
あのとき、清秋たちは説得しただけで引き上げていった。
なにしろこの場所は、敵の本拠地なのだから、強引な手段は取れない。だから素直に引き上げた。
ただもう、場所は知られてしまった。
断り続ければ、清秋たちがいつ強硬手段に出るか分からない。
奴らがもっとも必要としているのは、円盤のエネルギーだ。
ならばそれだけ奪えればいいと、いつ考えを変えるか分からない。
エーイェン人は死に絶え、円盤だけが九星会の手に渡る。
ギュラルラルゥは、その可能性を考え、胡散臭い俺に精神の時を遡るカプセルを渡したのだ。
一方俺は、大学時代、清秋に打ち負かされて逃げた過去を消し去りたい。
どうせ戻るならば、10年や20年ではなく、清秋と会う前まで戻りたかった。
時を遡る期間が長ければ長いほど、九星会の野望を阻止する猶予がある。
まったくもって問題ないはずだった。
双方が思惑外のことをしなければ……。