『夢』の中で……いやもう、そういうのはよそう。
2029年当時、俺はこのギュラルラルゥと共同戦線を張った。
俺が直接動き、ギュラルラルゥが陰ながら俺に力を貸す。
そして九星会の野望を阻止しようと、約束を取り交わした。
だが俺は、その裏で別のことを考えていた。
俺の能力を以てすれば、
「俺はお前から貰った『精神の時を戻すカプセル』を飲むつもりはなかった」
ギュラルラルゥが長年研究していたのは、宇宙船墜落以前の時に戻ること。
だがそれは不可能。
質量がある物質は、どうやっても時をこえられない。
精神だけなら、時を遡れるのでは?
そう考えて、ギュラルラルゥは何百年も研究を続けたらしい。
「私の研究は、完成したのだね」
「ああ……だが、もともとウイルスにも耐性を持つエーイェン人には、不完全なものだと聞いた。効果が期待できるほどの時間は遡れなかったらしい」
「私たちは、すでに多くのウイルスを体内に持っているから……そうだね?」
俺は頷いた。
「俺たちだって抗生物質を普段から飲んでいれば効きづらくなるし、
すでにエーイェン人の身体は、初見のウイルスに耐性を持つほどにドーピング状態なのだろう。
ゆえに、ただウイルスを開発するくらいでは、あまり効果がないらしい。
だが、そんなウイルスでも、俺たち地球人ならば、
ギュラルラルゥは、「過去に戻って、九星会の野望を阻止してほしい」と、俺の身体に合わせてウイルスを調整した。
亜門清秋と出会う直前まで精神を戻れるようにして、それを小さなカプセルに封入した。
俺は、受け取ったカプセルをブレスケアの錠剤入れにしまい込んだ。
「この時代で知識を蓄えてからにする」という言い訳とともに。
内心で俺は、こんな胡散臭いカプセルに頼らなくても、九星会の企みは阻止できると考えていたし、駄目ならば、そのとき改めてカプセルを飲めばいいと楽観視していた。
ギュラルラルゥは、俺のそんな企みを見抜いていたのだろう。
「結果を期待していてくれ」と言い残して帰る俺に、『忘却のウイルス』を散布していたのだ。
おそらく、あの長い洞窟のどこかに、ガスの噴出口があったのだと思う。
帰り道に俺がそれを吸って、カプセルを受け取ったことを忘れるように仕向けた。
人の記憶はアテにならない。
俺はこの辺の記憶をすっかり忘れて、これはブレスケアの商品だと勝手に記憶を改ざんして口に入れてしまったことだろう。
ギュラルラルゥはそれを狙っていた。
俺がギュラルラルゥを出し抜こうとしていたのと同じように、ギュラルラルゥもまた、俺を騙していたのだ。
俺が中学生の時代に戻ったあとで気づいても、後の祭り。
諦めて、その時代で九星会の野望を阻止するために動くと考えたのだと思う。
だが、ここで予想外のことがおきる。
俺はまっすぐに帰らず、洞窟内を探索した。
脇道をすべて歩き、頭の中に洞窟の詳細な地図を作製するまで、ずっと洞窟内にいた。
「つまり、『忘却のウイルス』を吸い込み過ぎてしまったんだ」
カプセルを貰ったことだけを忘れるはずが、ここでおきたことすべてを忘れてしまったのだ。
しかも、ラスベガスから日本へ帰国することになったため、日本行きのチケットは取り直しだ。
会社へ経費を請求する必要があるため、帰国前に連絡を入れた。
そして飛行機の中では人と会うこともないため、ポケットの中のブレスケアは使わずじまい。
空港で緊急逮捕されてしまった。
年が明けて、2030年の夏。
裁判の途中で俺の冤罪が晴れ、拘置所を出ることになった。
返却された服や私物の中にブレスケアがあった。
俺はとくに気にすることなく、それを口に入れてしまった。
立川の拘置所を出た俺は、水分を求めて周辺を歩き、そして……。
「ウイルスの効果があらわれて、あの日、俺は倒れたわけか」
――すべて繋がった
亜門清秋に会う前に戻れたが、肝心な『使命そのもの』を忘れてしまっていた。
「人よ。それほどまでに危険な集団なのか? その九星会というのは」
「ああ……この時間軸では、まだ知らないよな……というか、これはお前から聞いた話だ。それをいまから話そう。もっとも、俺も聞いた話だが」
ことの始まりは……そう。宇宙船が墜落をはじめてからのこと。
着水までのわずかな時間で、エーイェン人たちは三つのグループに分かれた。
ムーバーが三台しかなく、それぞれの主張もちょうど三つに分かれたからだ。
あくまで帰還の道を探る者は西へ、地球人と接触してそこに君臨しようとする者は北へ。
「私たちは静かに暮らすことを望んだ」
「ああ、それが一番少なかったんだろう。聞いているよ」
ギュラルラルゥたちは東を目指し、アメリカ大陸に向かった。
三つのグループは、それぞれ定住する場所を見つけ、ムーバーを解体した。
ムーバーの機体やモジュールが、居住環境を構築するのに必要だったのだ。
そしてムーバーの動力源となっているプログレッシオの円盤。
これはギュラルラルゥたちの生命線でもある。
「帰還を望んだ者たちは、円盤のエネルギーを使い果たしたんだろう」
清秋たちがそれを回収したときは、ほんの少しだけ残っていたらしい。
なぜ、少しだけ残っていたのか。それは万が一のため。
わずかな希望にすがったのかもしれない。
日本に上陸した者たちのプログレッシオの円盤もまた、何十年も前にエネルギーが切れてしまった。
ゆえに清秋たちは東へ向かったグループ、つまりギュラルラルゥたちの行方をずっと捜していたようだ。
「私たちは、研究にエネルギーを少量使うくらいだな」
「だからいまから40年後でもまだ、エネルギーが残っていたんだな」
主義主張が異なるからか、エーイェン人たちは、地球で生活を始めたあとでも連絡を取り合わなかった。
墜落前、エーイェン人である印を地上に設置し、決められた手順を踏めば、だれでも住居までたどり着ける方法を決めたのみだった。
そうしておけば万一、自分たちが動けなくても、手足となって動いてくれる地球人を派遣すればよいのだから。
「そのおかげで、清秋たちは……いや俺も、ここにたどり着けたわけだ」
時代は移り変わり、インターネットが当たり前になった。
清秋たちは、AIを使った捜索でもしたのだろう。ついにラスベガスで、エーイェン人の印を見つけた。
すぐに、ここにあるはずのプログレッシオの円盤を求めてやってきた。
すると、いまだエーイェン人の生き残りがいることが分かった。
清秋たちは、プログレッシオの円盤を譲ってもらうために、自分たちがなぜここに来たのかを語った。
そう、九星会がここに来た理由。
それは九星会の野望と深く結びついていた。