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120 そして出会いは

 12月24日、二学期の終業式。

 成績表を受け取り、冬休みの諸注意を受けた。


「う~……」

 名出さんは机に顔を突っ伏して轟沈している。


 理由は明白。「お小遣いが~」と聞こえるが、同情の余地もない。

 一喜一憂している生徒が多い。大事なのは成績ではなく、自分がどれだけ習熟したかだが、あまりそう考えている者はいないようだ。


 新たな目標ができた俺は、毎日少しずつ未来の経済の動き、世界情勢の流れを書き起こしている。

 これが役に立つ日はまだ先だが、いずれ何らかの形で世に出したいと考えている。


「なあ愁一。今日、オレん家でクリスマスパーティしない?」

 吉兆院がまた面倒なことを言い出した。


「クリスマスは家族と過ごせ」

「プレゼント交換とかしたいじゃん」


「家族とやれ。あと交換するならクリスマスカードでもいいだろ。俺を巻き込むな」

 吉兆院は相変わらずだ。何か思いつくと、まず俺を巻き込もうとする。


「なになに? クリスマス会やるの?」

 名出さんが復活した。いいことだ。そっちを誘ってもらいたい。


 名出さんは、帰り支度をはじめている神宮寺さんの袖を引っ張って、「あやめも行くでしょ」と朗らかに尋ねている。

 すでに名出さんの中では、クリスマス会はやることになっているようだ。


「……吉兆院くんの家?」

 庶民的な神宮寺さんは、実はあまり吉兆院家に近づきたがらない。


 以前「ああいう成金とは違った家って苦手なのよね」と言っていた。

 リミス令嬢である名出さんは、神宮寺さん的に成金の部類なのだろう。


 リミスは名出さんのお父さんが立ち上げて、まだ代替わりしていないので、正しい認識ではあるが。


「じゃあ、四人でやりましょう!」

 いつの間にか、俺の袖も掴まれていた。


「パーティは夕方からでいいよね? 交換用のプレゼントを持ち寄ろうか」

「プレゼントね! 上限はいくらくらい?」


「五百円でどう?」

「オッケー、五百円ね。何がいいかな……」


 俺は参加すると言っていないが、次々と詳細が決まっていく。

「料理はお手伝いさんにお願いするから……お菓子は買ってきた方がいいかな」


「飾り付けも必要よね」

「手分けした方がいいな」


「それじゃあたし、買い出ししてくる!」

「一人だと大変じゃない?」


 などという会話があった結果……。




「にゃ~にゃにゃ、にゃにゃにゃ~、にゃにゃにゃにゃにゃ~……」

 俺は、名出さんと買い出しに行くことになった。


 よく分からない歌を口ずさんでいる。いや歌か、これ?

 数年前にヒットした歌謡曲っぽいが、俺に名出さん語は判別できない。


 買い出しは男子がいた方がいいだろうという話になったが、家主である吉兆院は飾り付けを担当。

 神宮司さんが飾り付けを手伝い、俺が名出さんと買い出しをすることになった。


 こうなるともう、「俺はクリスマス会に参加するとは言っていない」と伝えたところで意味はない。

 一年の付き合いでよく分かった。なんだかんだ言われて、結局参加することになるのだ。


 というわけで、新宿に買い出しに来たのだが……。

「なんでこう、菓子の指定が細かいんだ?」


 買ってくる菓子の種類だけでなく、「味」まで指定してある。

「どうせ買うなら、好きなお菓子の方がいいでしょ」


 名出さんが、不思議そうな顔をしている。

「味なんてどれも一緒だと思うが……ん? 迷子か?」


 ここは新宿駅。双子と会った日のことを思い出して、周囲を眺めていたら、迷子らしい少女を発見した。


「ほんとだ。迷子みたいね」

 小学生くらいの女の子が不安そうな顔で、案内板や周囲の人混みを見ている。


「今日はイブだからな。買い物客が町にひしめいている。親か友達とはぐれたのだろう」

 携帯電話やスマートフォンで連絡を取れるようになるのはまだ先だ。この時代、はぐれたらもう、偶然見つける以外に方法がない。


「ねえ、迷子?」

 名出さんが女の子に話しかけるが、その子の顔に既視感があった。


 以前どこかで見たことがある。といっても、かなり昔だ。それなのに既視感があるということは……。

「元妻か?」


「んん!? 妻?」

 名出さんが反応した。いま、それはいい。


 少女の顔をよく見る。昔別れた妻に似ていた。

 離婚して二十年以上。いまとなっては顔もおぼろげだが、この不安そうな表情に妻の面影があった。


 俺より四歳下なので、いまは小学六年生。年齢的にも合っている。

 少女は、ポカンとした顔で俺の方を見ている。


「迷子か?」

 少女はコクンと頷いて「お父さんとはぐれちゃったの」と言ってきた。声も似ていると思う。


「ねえねえ、妻ってどういうこと? 結婚の約束でもあるの?」

 名出さんはふしゅーと威嚇してきた。


「名前は?」

「……日向子ひなこ


 やはり俺の元妻だった。

 彼女とはあるパーティで知り合って、数度会うだけの交際をしたあと結婚した。


 俺としては都合が良かったが、あとでなぜ結婚を承諾したのか聞いてみた。

 ――昔、駅で迷子になったとき、肩車してくれた人に似ていたから。


 彼女はそう言っていた。

 駅で迷子とは、ここのことだろうか。俺が見つけなくても、だれか親切な人が彼女を肩車したのだと思う。


 そしてその人物は、俺に似ていたのだと思う。

「お父さんを探すんだな。だったら俺が肩車しよう」


 俺はその男性の代わりに彼女を肩車すべきだろう。

 それで父親は見つかるはずだ。


「ねえ、『妻』のこと、まだちゃんと聞いてないんだけど」

 名出さんを無視し、少女を片方の肩に乗せて立ち上がった。これも肩車のひとつだろう。


「お父さんは見えるか?」

 視界が一気に高くなったからか、少女は戸惑ったが、しばら人混みを眺めたあと、大きく手を振った。どうやら無事、見つけたようだ。


「ありがとうございました」

『夢』の中で義父だった男性が、俺に頭を下げる。


 小さな部品工場で働いているはずだ。それ以外のことは知らない。

 本当にあの頃は、仕事以外に興味がなかった。


 記憶の中の義父より若いが、そもそも義父の顔をよく見たことなどあっただろうか。

「いえ、見つかって良かったです」


 そして名出さん。なぜ「ふしゅー」と威嚇する?

 少女を義父だった男性に渡し、俺は彼女の目線までかがんだ。


「幸せにね」

 少女は一瞬だけ驚いた表情をしたあと、少し頬を赤らめながら、コクンと頷いた。


 親子は一度だけ振り返り、俺たちに頭を下げたあと人混みの中に消えていった。

「う~~、結局、妻ってなんなの?」


 名出さんがうるさい。

「買い物にいくぞ。まだリストに残っている菓子がいくつかあっただろ」


「だから妻ってどういうこと?」

 歩き出したが、名出さんの追及が止むことがない。


「ほれ、こっちに来い」

 俺が促すと、名出さんが「にゃ~」と腕に手を回そうと近づいてきた。


 俺は初めて会ったときと同じように、名出さんの肩を抱きしめた。これで静かになるだろう。

「……う」


「う?」

「うにゃぁああああああああ~~~!!」


 新宿の町に、名出さんの絶叫が響き渡った。

 その日、東京に初雪が観測された。


                           〈了〉



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