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エミー・フォールブックが公爵家の次女として生まれてから18年、彼女は領地の未来を担う者としての教育を受け、日々努力を重ねてきた。だが、彼女が本当に自分の責務を実感したのは、ある日の領地視察がきっかけだった。
エミーはその日、公爵邸に仕える使用人たちの生活を直に見てみようと、普段は訪れない地下の洗濯室に足を運んだ。そこは広い石造りの部屋で、大きな洗濯槽が並び、蒸気と湿気でむせ返るような空気に包まれていた。洗濯物を洗うための石鹸の匂いが漂い、微かに耳に届くのは水を絞る音や、使用人たちの押し殺したため息だった。
彼女がドアを開けると、室内にいた女性たちは慌てて頭を下げ、手を止めた。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
リーダー格の中年の女性が額に汗を浮かべながら、エミーに声をかける。
エミーは微笑みながら彼女に答えた。
「皆さんの日々の働きを見せてもらおうと思って来ました。それに、何か困っていることがないか聞きたくて。」
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使用人たちの疲労
その言葉に、女性たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐにそれぞれの作業に戻った。だが、動きはどれもぎこちなく、疲労の色が隠せない。ある若いメイドが大量のシーツを抱えながら、足を引きずるように歩いているのが目に留まった。エミーはそのメイドに近づき、声をかけた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いように見えますが…。」
メイドは驚いたように目を見開き、急いで首を振った。
「ご心配には及びません、お嬢様。私たちはこれが仕事ですから。」
その言葉には微かな震えがあり、エミーの心に不安を残した。
彼女は目を細め、部屋全体を見渡した。皆が同じように疲れ切った表情をしている。蒸気で湿った部屋は不快なほど暑く、窓一つ開けられていない。体に負担をかける環境で、彼女たちは毎日何時間も働いているのだろうか。
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現場の現実
エミーは作業台のそばに立つ中年の女性――洗濯係のリーダーであるマーサに再び話しかけた。
「マーサ、率直に教えてください。この仕事はどれほどの時間がかかるのですか?」
マーサは少し困ったように眉を下げたが、正直に答えた。
「毎朝日の出前から始めて、仕事が終わるのは夜遅くです。量が多い日は、夜中までかかることもあります。」
エミーは驚きを隠せなかった。
「それでは、休憩や睡眠時間はどうしているのですか?」
マーサは苦笑し、肩をすくめた。
「休憩といえば、短い食事の時間だけです。後は仕事が片付くまで動き続けるしかありません。」
その言葉に、エミーの胸の内に怒りが込み上げてきた。公爵家の一員として、自分の家でこんな状況が続いていたことに気づかなかった自分への苛立ちだった。
「こんな働き方では、体を壊してしまいます。これが長年続いてきたのですか?」
マーサはうなずきながら答えた。
「はい、お嬢様。このやり方が慣例ですから。」
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改革の必要性
その後、エミーは厨房や厩舎も訪れ、状況を確認した。どの場所でも、過労や効率の悪さが問題となっていた。
厨房では、料理人たちが夜通し働き、体調を崩す者も少なくない。
厩舎では、馬車の整備係が十分な休息を取れず、事故の危険が増しているという話を耳にした。
どの現場も、「慣例だから」という理由で非効率な働き方が続けられていた。エミーは心の中で決意した。
「この状況を変えなければならない。」
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使用人たちとの話し合い
エミーは公爵邸に戻ると、使用人たちを集め、彼らに直接意見を聞く場を設けた。最初は誰も声を上げなかったが、エミーの真摯な態度に心を動かされたのか、一人のメイドが勇気を振り絞って言った。
「正直、今の働き方はきつすぎます。でも、それが当然だと思っていました。」
その後、次々と使用人たちから意見が出された。
「もっと休息の時間が欲しいです。」
「家族と過ごす時間があれば、もっと頑張れると思います。」
「効率を上げる方法があれば知りたいです。」
彼らの切実な声を聞きながら、エミーの心は強い決意で満たされていった。
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改革への第一歩
エミーはその場でこう宣言した。
「わかりました。この状況を改善するために、私が改革を始めます。皆さんが健康で、笑顔で働ける環境を作ることを約束します。」
その言葉に、使用人たちは驚きと期待が入り混じった表情を浮かべた。一部は「本当に変わるのだろうか」と半信半疑だったが、エミーの真剣な眼差しは、彼女の決意が本物であることを物語っていた。
「まずは具体的な案を考えます。そのために、皆さんの協力が必要です。一緒に頑張りましょう。」
使用人たちは静かにうなずいた。その目には、小さな希望の光が宿っていた。
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次なる行動
エミーは視察で得た情報を基に、労働時間を短縮し、効率的な仕組みを導入する計画を立て始めた。
「三交代制と週休二日制…。まずはこれを試してみましょう。」
彼女の心の中には、使用人たちが笑顔で働く未来の姿が描かれていた。
「これが成功すれば、領地全体が変わるはず。絶対にやり遂げてみせるわ。」
彼女の改革の旅は、ここから始まったのだった。