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妖刀物語01

 彼女が言うには、生前最後に読んだ小説があるのだという。それはつまり人生の最後そのままの意味で、命尽き果てる時、その刹那。彼女は人間ではなかったので、人間らしいことをして死を迎えたかったという。



 人間の人生を本に例えられることは多い。



 出生を一ページ目として、大往生するまでを最後のページとして生から死までを一冊と例えるのだ。起承転結よろしく・入園お遊戯卒園・入学ランドセル卒業・入学修学旅行卒業・入学学園祭卒業・入学サークルくるくる卒業・入社社畜結婚定年老後逝去までを綴る。一冊の本に、それこそ偉人であろうがなかろうが、伝記に憧れて下手な紀伝を述べるのだ。私はこのような人生を歩んできました、生きてきました。偶然の世界ではこんな事、あんなことがありました。私はだからそれを教訓として学びうんぬん。どうだ、一冊になっただろう。


 しかし、彼女の話は違う。本は作っていない。本を読んたのだ。死の際に読書。果たして死を目の前にした時、人は本を読むのだろうか。読みたいと思うだろうか。


 人生最後に食べたいもの、行きたい場所、共に過ごしたいヒトとかなら、それならばありきたりな定番であるため理解しやすいが、人生の最後に本を読むというのはおおよそ聞いたことがない。本を開いて、閉じて。そして目をつぶるのか。なるほど、想像してみるとそれはあまりにも美しい。そう思うことができた。そしてそれは孤独だ。向かい合うのは言葉であり、他人が書いた若しくは自分の言葉であり、自分自身を見つめてくる唯一の言葉だから孤独だ。言葉と最後に、真摯に向き合っている。 


 孤独の果ては、きっとそれは、それはなんとも美しいことだろう。


 印字された字の利点は、書いたものが消えないところだ。ウェブライターの俺にとって、ウェブ上の文字など、サイトが消えれば消し飛ぶような文字など、そんな言葉に価値はないだろう。そりゃ、かすれたり、破けたり、燃えたり、濡れたりしては読めなくなる。しかし、保存さえ良ければ、ずっと読める。何百年前の木簡も、書物も残っているではないか。やはり文字は活版印刷されてなんぼだ。俺もいつかは商業誌の専属ライターとかになりたいものだぜ。



「それで、その小説を読んで死んだ霊が、今は妖刀使いをしていて、その妖刀使いが俺の娘に仕えることになったから面倒を見るって? なんだ、それは。小説の話か?」


 それは俺の部屋で行われている話だった。アイスコーヒーのペットボトルを出して。妖刀使いだから飲み物は飲まないみたいだけど。


「いえ、違います。これは事実です。そうでしょう、久瑠美」


「はい。桜お姉ちゃんは遊んでくれたんだよ、創くん」


「桜お姉ちゃん?」


「私は桜木坂と言います。他に名前はありません。妖刀使いですので」



 桜木坂。だから桜お姉ちゃん、か。



 まあ、この娘としている久瑠美がここで燻らずにいつか俺の元から旅立てばいいなとは思っていたところだ。もっと家族らしい家族に出会えれば、こいつのためになるんじゃないかと、久瑠美のためになるんじゃないかと思っていたところだ。こいつの母親がトラブルを俺のところに持ち込んで、そのまま帰らぬ人となって、そのまま俺が身元引受人になることで、施設やら子供会やらに入れて昼間の生活の多くを任せっきりなのも認める。俺は子育てとかわからないし、されたこともないし、幼い頃からずっと親がいなくてわからないから、こいつを育てる自信がなかった。だから施設に、学校に頭を下げた。せめて名前はあったほうが良いと思い、俺は自分の名字と近くにあったクルミの木から久瑠美と名前を貰ってつけた。


「養子ってことは、名前が変わるのか? その、桜木坂に」


「いえ、名前は茨戸久瑠美のままです。名付け親はあなたですから」


「そうか。新しい親か。俺は何もできない親だったな」


「ううん、創くんはいつも子供会とか見に来てくれた。ご飯も作ってくれる。いつも、覗いて様子を見に来てくれた。わたし、知ってるもん。創くんのこと、ちゃんとわかってるもん」


「そうか」


「私に預けて下さいますか、創さん」


「いや。俺はまだ、信用できない。そもそも妖刀使いって時点で疑っちまう。その存在すら。理由とか動機も。信頼はできない。少なくとも、娘を預けられるほどには」


「では、どうすれば」


「誓いを立ててくれ」



 俺は適当な紙に誓約書と書いて、三つ条件を書いた。



 ・娘を命を賭して守ること


 ・娘に害をなさないこと


 ・娘の言うことを聞くこと、絶対服従



「署名してくれ」



 彼女は『桜木坂』と署名すると、親指を噛んで押印した。するとそこに焼けるように家紋のような模様がついた。これも妖術の一つだろうか。



「なあ、いくつか聞いてもいいか」


「はい」


「お前、身体の実体はあるのか?」


「いえ、ありません。本体はこの妖刀です。着物を着た女性のこの人間のような姿は実体ではありません。太陽の光でできる陰、シャドウ、文字通り影のようなものです。実際、先端になればなるほど姿が曖昧です」


 俺は踏み込んで聞いた。


「この間は無差別に人を斬っていた。俺の友人も怪我をした。なぜ人を斬る」


「私は人を斬っているのではありません。人間に取り憑いた、念のようなモノを、隠のようなモノを斬っています。邪念とか、悪念とかのほうが分かりやすいでしょうか。それとも魂と言えばわかるでしょうか」


「魂? ますますわからんな。妖刀だからヒトを斬ったわけじゃないというのか?」


「はい。無差別に見えたかもしれませんが、私には列記とした目標が見えていたのです。人は斬りません。だから人殺しではありません。そこは、噂とは大きく違うところです」


「なぜ、そんなことをする」


「愚問ですね。妖刀だから、アヤカシを斬るのです。それ以上の理由はありません。強いて言えば、人間に取り憑いた鬼とかを斬っています。人を救うことにもなりますからね」


「鬼?」


「はい。隠。隠れるという意味の隠という字は時として鬼を意味します。私の生きた時代では当たり前の事実でした。おぬ、と読むんです、この字。おぬと読む隠が転じておに、つまりこの時代まで語り継がれている鬼となったと。私もこの時代を彷徨って見聞きしたことですが。隠、つまり鬼は隠れて見えない存在です。人間には姿を見ることができない。だからこの世ならざるもの。それが、隠であり、鬼です。そしてそれは怨霊と同一視することができます。人間の怨念を元とした怨霊、憎しみ、嫉妬、恐れが化けた怨、つまり隠。それが鬼であると、私は認識しています。私は鬼になる前に、姿が見えて危害が及ぶ前の段階のうちに斬ることで災厄を防いでいます。自己満足と言われれば、そこまでですが。今を生きる人間の言葉で言えば、予防接種のようなものです。チクリと痛むかもしれませんがよく効きます」


「なるほどな。それはなんとも和風ファンタジー世界だ。俺の専門外」


 アヤカシとか、妖怪とか、幽霊とか、怨霊とか。ましてや鬼だなんて。それが人間の憎しみや嫉妬、恐れから生まれた隠、それが転じて鬼になるだなんて。どこから信じていいのか分からないというのが、最初の感想だった。実感の持てない話。そう思った。


「そんな、鬼退治している妖刀使いが、どうして娘に仕えることになったんだ? まるで接点なさそうだけど」



 それはですね。



 こうして妖刀使いは少し長い話を始めた。



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