俺たちはユイに連絡を取らずに作戦その参を実行に移した。山本のヤクザとしての初仕事でもある。念のため、タカに伺いを立てたところ「好きなように使ってくれ」と快諾。この街の最恐を借りることに成功した俺に怖いものはない。
「だからおかしいだろって言ってんだよ。日本語わかんねぇのか? 耳が聞こえないやつか、おい!!」
おしゃれなチェーンコーヒー店に怒鳴り声が響いた。髪を固めてオールバックにした男が店員を怒鳴りつけていた。山本である。本当の名前を捨ててヤクザに入って便宜上の名前として山本と名付けられたわけだけど、それだけ聞くとそんなアニメ映画があったことを思い出した。油屋の支配者に本当の名前を取られて働く話。名前を捨てて支配者のボスに名付けられた男も絶賛仕事中。
「申し訳ございません。お客様。当店ではそのようなサービスは提供していなくて……」
「おいおいおい。まじかよ。常識ねぇな、この店は」
カスハラは理論をすっとばしてめちゃくちゃなことを要求することに真意があり、意味がある。自分の意見を通したいのではなく、自分のほうが優位であることを確認したいのがひとつ。弱い人間を手に入れるという非現実で特別な優越感と自己満足がもうひとつ。どちらにしてもみんなを不幸にする最低最悪の自己中心的行為。許されることではない。しかしその相手がヤクザだと名乗るとどうだ? 通報したら殺すぞと脅迫したら。客にも牽制球を投げてエスエヌエスへの投稿やヘルプの連絡さえも封じたのなら。動けずに目の前のドリンクにもおしゃれなケーキにも手を付けられない。ある意味ハイジャック犯とも言えるし、立て籠もりの犯罪者とも言える。もちろんこの店のアルバイトにあの美少女、ユイがいる。狙いはこっち。
「てめぇらの名前全員覚えたからな。俺たちの組に掛かればすぐに本名から住所まで調べれば分かる。ふざけたマネするなよ。覚悟しておけ」
ヤクザ山本は去った。店長が出てきて、謝罪した。なぜ店長が謝らなけいないのか。客の全員が店長の心のなかを思うと可愛そうだと思ったことだろう。対応は私の方で致しますので、できれば口外しないでいただきたい。隠すつもりも無かったことにするつもりもありませんので、こちらで協議して対応しますと頭を下げた。この店長が頭を下げる理由はどこにもない。しかし、店のことを思うとエスエヌエスへ今日の出来事を簡単に書き込める時代だ。ラインもブログも友達や家族との世間話としても、分かっていてもつい言ってしまうことはどれだけ頭を下げてもここにいるのが人間である以上避けられない。きっとここにいる客はバカしかいないだろうから店長の謝罪すら面白がって五秒後には情報を拡散していることであろう。それでいい。すべて俺の計画通りだ。
店の客として入り込み、様子を見ていた俺は悪くなった空気から元のおしゃれ空間を取り戻してあげるために席を立った。
「すみません、お会計を。支払い方法? ああえっとこの電子決済で」
キャッシュレス。使ってみると便利だよな。日ハムの球場だと現金が使えず、全部キャッシュレス決済を利用しないと飲食もグッズもビールも買えないし。でも、通信障害や不具合で一発アウトだから現金は持ち歩く。リスクヘッジは世の中の常識。
「創さん、あれで大丈夫でしたか」
「ああ、なかなか迫真の演技だったよ。本物のヤクザみたいだった」
冗談。新入りとはいえ既に本物のヤクザだ。反社会勢力。悪を主食として犯罪を仕事に金を稼ぐ悪い大人。新人もボスも変わらない。許されない存在。しかし俺はどれだけ彼らを追い詰めても滅びはしない存在だとも思ってる。全員捕まって壊滅してもまた新しい組織ができるだろう。今度は暴力団という、ヤクザという名前を使わずに別の悪い大人たちができる。トクリュウも闇バイトも半グレも詐欺師死屍累々も名前と形が違うだけで結局同じ。ヤクザとやっていることは変わらない。法律があれば安心だと思っている人は居ないと思うけど、自分たちのルールや規則、掟は厳守してもヒトサマの作った決まりを無条件に従う必要はないという当たり前を忘れはいけないことを教えてくれる存在でもある。法律も判決も憲法違反だったなんてよくあるだろ? 時代だから、みんなやっているから、会社の決まりだから、校則だから。理不尽なブラック校則だって騒いでいたのは記憶に新しいはず。小学校で「やっちゃいけませんよー」とか「廊下を走ってはいけません」と何度言われてもなくならないと本質は変わらないんじゃないかと思っている。いつの時代だって人間は生きていかなきゃいけないから、生きる残るためには何でもするのだ。悪いことだと知っていても、知らなくても。戦争に駆り出された兵士は国の命令で出撃し、撃てと言われれば敵を撃つ。相手が同じ人間だとわかっていながら引き金を引き、殲滅制圧作戦を強行、略奪と領地の争奪を繰り返す。それが正しいことだと信じて。仲間と家族を守ることに繋がるはずだと己を騙して。
ヤクザによるカスハラ恐喝騒動は、隠し撮りしていた客の映像が見事なまでにエスエヌエスに投稿されて拡散、バズりにバズって大盛りあがり。カフェの店員のアルバイトの一人がヤクザの恋人だって噂も流れ、デートの写真なんかも某掲示板に貼られ、彼女の名前も特定された。さらにこの騒動と一部の情報を見たゲームのユーザーが「オフ会で大金をだまし取られた!」と大騒ぎした。これがさらに火に油を注ぐ形になって詐欺師! ヤクザと共謀した詐欺師女! と非難轟々だった。
しかし、いやはや。面白そうな楽しいおもちゃを見つけたらあっという間にみんなで遊びだすから愉快だよな。ユニークな猫の動画からアニメ、野球、バンド、昔のタイトルのリメイクとか、ゲームとかゲーム実況とか、ブイとかユーのチューバーとか。面白いものを見つけたら何か面白いことを、座布団一枚! みたいなことを言おうと考えるのがネット民。それを悪く言うのが一般人。悪い視点でしか見ないから悪いところしか見えない。ネットが悪いんじゃない。悪いのはいつだって人間だ。そして悪い人が集まっているところは悪いところだと決めつけ、そこの人間はすべて悪い人だと認識して、思考を停止して好きなことを好き勝手言うのが一般市民だと思っている人たちだ。どっちが悪い人か分かったもんじゃない。若者も老人も働き盛りも、みんな誰かを悪だと思っていて、その認識は個々で違う。だから一概には言えないはずのことを一括りにしてまとめ、みんなの意見にしたいから、みんなと同じ意見を言いたいがために作られた結論は不正解なのに正解になる。誰が悪いんだろうな、本当に。
ネット民のことを悪く言うテンプレートとして、いつ働いているんだ! 何をして生きているのだ! とコピペして攻撃に使っているがやはりそれも的外れだと思っている。ネットとガイドブックの知識しかない旅行者が知らない街にやって来ときも同じ感想を抱くとは思えないからだ。内地から遊びに来た旅行者が北の大都会、この街で楽しみにしているのは地元の人間じゃなくてグルメだろ。知らない人間のことなんか日常ではどうでもいいはずなのに、気に入らないとヒステリックになる。人間とはそういう生き物だと俺は理解している。
その夜、問題を片付けるために店を探した。
金持ちばかり来客するカクテルバー。彼女はそこにいた。夜のすすきの。探せば似たような店はいくらでもあるから、目当ての店はなかなか見つからなくて苦労したぜ。
「探したよ。どこにいるかと思って」
「探偵……いや、茨戸創、だっけ」
「ネット上で時の人になった気分はどうだ? アイドルにでもなれたか」
「ふざけないで。最初から私を嵌めるつもりだったんでしょ」
「どうだったかな。少なくとも作戦を実行すると決めたのはオフィサーくんだ。ユイが嘘をついていると教えたのは俺だけど」
「あのオタク……」
「背丈もあるし、顔も良い男だと思うけどな。金もゲームで稼いでるし」
「でもヤクザじゃん」
「そうだな」
「そんなの、ありえない。一円にもならなかったし」
「実は、あのゲーム大好きヤクザボーイは君を貶めるために作戦を実行したわけじゃない」
「は?」
「助けたかったんだ。ゲームの世界から君のことを」
彼女は本当に分からないという顔をしていた。やれやれ、彼のためにもイチから全部説明しますか。
「君はストーカー被害に遭っていると言ってオフィサーに近づいた。メッセージを送ってやり取りで信用を手に入れた。それからストーカー被害に遭っていて困っているから直接会って相談したい。近くに住んでいるみたいだし、などと言って実質オフ会を約束した。俺みたいな間抜けな探偵でも連れてきてくれたら良いなと思っていたらビンゴ。ストーカーで困ってます! って探偵に言えばお願いしなくても勝手に調べて物事を進めてくれるからな。結果ストーカーに仕立て上げた新聞配達のばあさんを犯人と探偵に特定してもらい、ついでにオフィサーもやり取りを切り取ってストーカーに擁立、双方から示談金を請求する予定だった。自作自演。どのみち女性問題となれば新聞に載らなくてもあいつの人生を揺るがす大問題。仮にもプロゲーマーのひとりだ。女性問題が公になれば最悪事実上永久追放だ。賞金剥奪だってあり得る。だから将来と人生を人質にとれば確実にオフィサーから金を取れる。プロ野球選手も芸能人もバンドマンもよくやられる手法だ」
「それで?」
「君はきっとオンラインゲームの世界で男たちを食い物にして稼いできたんじゃないかと、俺たちは予想した。オフィサーくんは勘づいていたみたいだったけど。君はゲーム内で数多の男に声をかけた。チャットとか音声通話を使って話を盛り上げ、オフ会へ。声を聞いていたら可愛い女の子かもしれないと期待して実際に会ってみたらアイドルもグラドルも敗北するような可愛い女の子がやってきた! まさかの幸運に男は喜び、ゲーム仲間を増やす予定がデートに変わった。カラオケだけでも天にのぼるような思いだったに違いない。だからどんな言葉でも男たちは頷き、結果君は安々と金を手に入れた。それを繰り返した。金銭恋愛オンラインゲームマッチングってところか。詐欺でもないし、美人局でもない。パパ活よりも簡単で楽ちん。楽しかっただろ、人間を従えて命令を下し、意のままに扱うのは。探偵を連れてきたところまでは予定通りだったんだろうけど、幸か不幸か俺がきた。まあ、よかったんじゃないか俺で。最初からいきなりヤクザに囲まれるみたいなことにならなくて」
「どのみち不幸よ」
「聞くまでもないけど、ゲームマッチングだけじゃなく、パパ活もしてるんだろ? バイトは稼ぐためにやっているわけじゃないことぐらいはわかる。今やっていることを隠すためか、カモフラージュなのか分からないけど。ゲーマー畑に稼ぎの場を移さないといけないほど、普通のマッチングアプリではもう稼げないのか?」
「いや、昔はそんなことなかったんだけど。パパ活とかマッチングアプリとか、ネットやテレビみたいなので選挙カーみたいに連呼して世間が無駄に認知してから変わった。客層が段違いに悪くなった。試しにとか、テレビで見たからとか、いくら稼いでんの、とか。無知なのはマジで友達にとか、恋人にとか言ってきて。隠語の意味も知らない奴ばかりになった」
「そうか」
「パパは時間をあげて、お金をもらうための仕事。キャバクラの簡易版、お得用。女の子とお酒飲んで話するのに対してこっちはジュースを飲んで食事して手をつないでどこかに行って時間をつぶす。素人ができるかできないか、素人が手を出しやすいかが一番の違い。プロみたいな本職の人たちみたいなサービスは私たちみたいな人種にはできないから。利用者の男の半分ぐらいは素人相手だからうまくいくと勘違いして、最初から交渉してくるやつもたくさんいる。あたしは本当に大人するって話になったら本番なしでも十取ってる。金のない円光目的の男は渋って値下げ交渉するけど、あたしが拒否すれば諦めるしかない。パパの連中はデートする権利を買ってるだけだから、強くはでれない。万が一円光とか売春とかになればすぐ捕まるくらいのことはバカでもわかる。口で二十歳以上だと言っても疑うだろうし」
「そうか」
「それこそ勘違いした老害が自分の体を大事にしろとか、そんなこと言うけど、本当にやめて欲しい。パパの中には子供に説教したくてやってくるやつも結構いて。自分の言葉を無条件で聞いて頷いてくれる人を求めた結果なんだろけど。それでも、何もわかっていないのにわかったふうに口を出すなって。若者を理解できないのは、しようとしないのはその説教が好きな大人だよ。大人は大人のために社会を作るから。子供のためっていうのは小学生とか幼稚園児のことを指してばかり。高校生以上はもう大人扱い。未成年なのに。子供ともとれるし大人とも言えるから大人は責任を負いたくないんだ。暴力の父親と浪費の母親から逃げ、家を飛び出した家出少女は誰にも救われず、好奇心と欲望と金と私のようなやつは悪だと決めつける大人と。誰も守ってくれないから自分でお金を稼ぐしかない。自分の時間を売ってお金を稼ぐしかない。履歴書も住所もないと就職はできない。正社員も非正規も。履歴書不要のバイトをいくつかやっても物価は普通の給与を貰っている人間を基準にしているからその日暮らしさえできない。時間を売って稼ぐ。やっていることは社会人共と何も変わらないだろ! 八時間綺麗でオシャレで快適なオフィスで働くのも、あたしらが自分の時間で金もらうのも。パパで稼いだお金は確定申告が必要だとか、そんなことも知らないんだろうね。ちゃんとした稼ぎの手段なのに。なんでわかんないかな」
「そうだな。だからこそだよ。あの若いヤクザくんはやっぱり君を救いたかったんだと思う」
ユイは涙を静かに流しながら俺を見た。
「許してやってくれ。大人たちは自分のこれまで学んできた倫理観を否定したくないのさ。これが正しいって、すべて子どものためになるって盲目に思い込んで生きている。誰だって。仕方ないさ。今の大人たちもそうやって生きてきたんだ。今の大人も当時の年上達とうまく付き合いながら、自分たちの未来を手に入れようと生きていたんだ。だから同じことは繰り返してほしくないと、老婆心にそう思ってしまうんだよ」
パパ活は円光、売春と混同されがちであるがどれも意味が違う。風俗もまた違う。金と目的と手段と違法合法で区別される。児童買春規制法、出会い系サイト規制法、青少年ネット規制法、全部ネットのまとめ百科辞典みたいなサイトに載っているから少し調べれば誰でもその違いが分かる。分からないやつは国語の勉強を小学生と一緒に机をくっつけて勉強をやり直すんだな。
「あいつが君に惚れているかどうかは分からないが、ゲームの世界に入り浸って詐欺紛いのことを繰り返すのはもう見ていられなかったんだと思う。やり取りをして薄々勘づく前に、その前から知っていたんじゃないかな。オンラインゲームの世界って広いようで狭いから。ほら、結局は友達同士だけとか、身内だけでやったりするだろ。オンラインゲームなのに、ルームとか閉じて他の人が入ってこられなくしてさ。ゲームのオフ会で騙されたかもしれないってゲーム内で噂になっても不思議じゃない」
「そうなのかもしれないけど、でも他にどうやって私に生活しろって」
「だから、あいつは君をゲームの世界から救い出したいんだよ。なあ、ユイ。創成川リバーサイドボーイズ、ガールズって知ってるか?」
彼女がどこかで聞いたことがあったようなことを呟いた隣に、いつのまにか王子様は座っていた。
「隣の席、いいか」
「えっ」
冷たい冷気とともにその男は彼女の隣に自然と座り、右手一つでカクテルを注文した。さすがのおっぱい美少女も惚れたかもしれない。名刺を一枚取り出して差し出し、自己紹介から始めた。
「初めまして。名前は雁来成哉。この街の若者を束ねてリーダーをしている。ところで、ラーメンは好きか。従業員を探している。給与は、これだけ出せる。今住んでいるマンションなら問題なく面倒を見れる。搾取でボロ儲けしている今の生活水準に比べたら落ちるかもしれないが、安定はする。うちのメンバーの半数ぐらいは俺が住居を提供している。仕事も。それから、夜間学校にツテがある。もしも希望するのなら、そっちも手配しよう。人生はいつだってやり直せる。遅いも早いもない。既定路線の人生を正しく歩いて手に入れた新卒より、苦労して頑張ってきた人生の人間の方が世の中は優しくするもんだ。ひとりでよく頑張ってきたね、と。それからネットの騒動は既に鎮圧した。悪い噂もある程度消したから二週間ぐらいで絶滅するだろ。あれは創の悪いやり方だ」
「悪いやり方で悪かったな」
「待って、えっ、いきなり、何を。また騙すんじゃ」
「今度集会をやる。名刺の裏に書いたアドレスから確認しろ。興味があれば顔を出せ。普段俺が集会に出ることはないんだが、その日は表に出よう。集会は毎回時刻場所共に変わり、この電話番号もすぐに破棄される。一晩ぐらいは待つが、それ以降は保証しない。騙されたと思って騙されてみるか、騙されるのが怖くてこれまでの生活を選ぶか。好きにしろ。俺は勇気を持って歩く者にしか手を差し伸べない。救いの手が来るのを待つだけの怠惰は相手にすらならない」
「それと、これは山本からだ」そう言い残し、二つに折り畳まれた名刺サイズの紙を名刺の横に並べた。成哉はカクテルを一気飲みしてその場を去った。その圧倒的な冷たさを、語るまでもない強さを彼女も感じただろうか。それにしても、カクテルは一気に飲み干すモノではないと思うんだが。
「そんな、どうして。私を懲らしめるためだったんじゃ」
「あの冷たい突然王子様の言うとおり、少しやり方が乱暴だっかもしれないが、あの場での一番の悪者はフィクサー……あっ、そういや山本ってもう言っちゃったな。ネットニュースがカスハラ恐喝騒動を取り上げて犯人として書いたのはヤクザという単語だ。君のこと悪くを書くスペースは無かった。ヤクザの彼女とかな。当然、山本の名前も出ていない。店員を脅し、客に恐怖を与えた悪者はヤクザ。ヤクザはやっぱり社会悪だ! ってやりたい放題に一般市民たちはコメント欄とかで自分の正義を投げつけていたぜ。分かりやすくて扱いやすいからいつも助かる」
「でも……」
「カスハラ恐喝事件を起こした理由はふたつある。ひとつ目。半日とは言え、事件の動画から始まって次々に特定班が特定。名前と顔写真と共にヤクザの彼女、ヤクザと共謀して詐欺、オンラインゲーム詐欺、みたいな根も葉もあるようなないような噂のような事実のような話をあっという間に広げてもらった。当然あのゲームプレイヤーも、他のゲームの愛好者も全員でなくとも誰かがチャットとかの世間話で話題にする。これでもう君はオンラインゲーム界隈にいられなくなった。実質追放して世界から切り離したかった。これ以上繰り返さないために。ふたつ目。山本が自ら悪役を買ってでたのは俺が立てた作戦だからというのもあるが、彼は君を救う事が、守ることができるかめしれないと思ったから。そのために山本は自己犠牲を選んだ。そんなの気休めにもならないって一蹴される覚悟で。無駄だって分かっていて。あとは俺の友達を呼んで救済策を提示。人生を、これからどうやって生きるか選ばないといけない状況を作った。これが自作自演のストーカーを暴いて悪循環から無理やり連れ出した一連の出来事。質問はあるか」
ユイは迷っているように見えた。涙はもうない。俺は一晩待つと言ったらちゃんと待ってくれるから考えてみたら、と付け加えた。
戸惑っているのだ。自分の思い込みを、自分の憎無相手が仲間になろうと言われたことを。今まで自分を否定してきた、自分が否定してきた存在の一人が手を取れと、差し向けてきた。本当に戸惑いしかないのだろう。差し伸べられた手を取るべきか、本当に信用していいのか迷い、疑う。それでいい。そこまで行けばどの選択肢を選んでもきっと良くなる。少なくともオンラインゲームでマッチングして無作為に出会いを繰り返し、男か女か分からないけどそのゲームプレイヤーからありったけのお金を取るだけの生活からは変わる。同じ金銭恋愛マッチングを繰り返す日々を続ける選択をしてもな。
今は写真で撮った自分の顔ををみんなと同じように加工してネットに安売りで投稿しているだろ。みんな同じ加工だからみんな同じ顔になる。歌舞伎役者みたいに真っ白。どんなブサイクでも可愛いってみんなが言う顔になれる。俺からしたら全然可愛くないけど。メイクと同じ。流行りと定番で作られた顔。中学生のときに男子グループと女子グループで遊びに出かけた時に女子が化粧してきた時には、その変わりように驚いたものだぜ。別人だったからな。そいつが誰だったのか最初から最後までわからなかった記憶がある。撮影してから一分とか時間制限を設けて動画やしゃをエスエヌエスにあげるのも流行していると聞いた時はあんぐりとした。なにが楽しいんだ、それは。
彼女は恐る折る二つ折りの紙を開いて確認した。それから小さなカバンを持って飛び出した。周りで酒を上品に嗜んでいる皆様はそんな事があっても動じない。この街をよく知っているからな。
重たい扉を開けて外に出ようとする前に彼女はふりかえって俺を見てなにか言った。はて、なんて言ったんだろうか。よく聞こえなかった。
しかしまあ、本当に可愛い女の子の笑顔っていうのはさ、エスエヌエスにあげた加工やらデコレーションやらスタンプとか動くやつとか猫とかシロクマ(?)みたいなので飾り付けたわたし可愛いじゃ作れない。ふと思い出したように振り返った時、全てを見透かすように微笑む時が一番だって相場は決まっているんだよ。