「あの少女をツバサビトにする。かつて、悲劇によって岩になった神様のそのチカラを奪った人間。俺の目の前にいるかつて人の子の少女だった、神々しいアレをツバサビトにする。話を全部信じて、神話がだいたい現実と合っていればだけど」
「ふむ」
「私利私欲のためにチカラを使っていたのならさ、それは正真正銘神様なんだろうよ。ほら、でっかい翼だってある。空に飛んでもらって、この〝すすきの〟を空から見守って貰う。
俺が聞いたこの神話、伝刀物語には蛇足がある。話を語る前に妖刀使いが岩になったツバサビト、神威の魂を宿していると言った。これをまだ正確に話していない。以下、ジェイさんから聞いたその話を述べる。
令和現在、神威岩と呼ばれる岩に神様の魂、ツバサビト神威の少女の魂は無い。空っぽ。チカラを無くした、心を閉ざし全てを拒絶した神様は当然人間を憎んだ。うずくまり、ようやくひとりきりになって閉じこもったというのに身勝手な少女にチカラを奪われてしまった。人間を憎んだ。これでは神としての存在すら怪しいと、ツバサビトは自分で思わざるを得ないほどの悲劇だからだ。一応、祠は残っている。祀られ、信仰は消えていない。神としての体裁は残っている。その祠から、この世界とは別世界に幾つも祠の贋作が作られているようであると感知出来た。どうやらあの少女は時を繰り返し、数多の世界作り出して願いをこの世界に゙融合。収束を図っているようだ。
もちろん、私が複製されることはない。そこに私は居ない。この祠も既に形骸。私のための祠であるようで、現実はあの少女神、神威としての存在を保つための祠だ。私のための祠では無い。よって、この岩の中の私はもう神様ではないのだと、改めて思う。そう思うと、神様ではない上に人間ですら無い自分のことが分からなくなった。人間を憎んでいる。だから、己の存在が消える前にこの魂を使うことにした。魂だけはまだ残っていた。そこに僅かなツバサビトとしての妖術が残っている。復讐ではないが、永遠の憎しみを形にしようとした。
魂をモノに転移、憑依させることでその魂は時代を越えて受け継がれた。時代が過ぎてツバサビト・神威という存在が、名前が絶滅して消えてしまわないように。
各時代、鎌倉、室町、戦国、安土桃山、江戸、明治、大正、昭和、平成。時代毎に魂は移り、その妖異で特異な人に仇なす性質の品々を人々は恐れた。畏怖し、どの時ももっぱらの噂になった。
この現象、品々は古くて歴史書や巻物、近年昭和平成ではオカルト雑誌に書かれていた。宿った例とすれば、幻のピストル、神の宿る紺碧のアクアマリン、未発見の幻の絵画、心のドアを開ける伝説の鍵、そして妖刀・桜木坂。もちろん、これらには条件がある。
必ず魂を宿した持ち物を手にした主がいること。神や信者、儀式に携わることが無い無関係な人間でなければいけないこと。そして、それは神に選ばれた人間であること。簡単に言うと、神威の素質を内に秘めていること。これが条件だ。妖刀使いはを手にした女の子は、久瑠美はそれに該当するのだとジェイさんは語る。以上。
「ツバサビト……なるほど。然して、それはどのようにするのだ」
「ああ。全てを利用すれば簡単だと思うよ。ここには役者が揃っているからな」
〉妖刀使い(岩になったツバサビトの時代を継ぐ魂)
〉儀式刀武士(神によって創られ、神の力を宿す)
〉〝すすきの〟の神。時間遡行者。
「まあ、見てろって。びっくりするぐらいうまく行くだろうから」
伝説は伝説であって現実ではない。神話は神様の話であって、俺たち人間の話ではない。だから神様の都合をこっち側に持ってこられては人間共は困る。どこか雲を掴まされるような途方も無い話に思えて仕方ないが、よく整理してみればなんてことはない。結局は人間絡みの事なんだ。神様の領域になればきっと奇跡も魔法もあるんだろう。神話の少女のように神の力に手を出して己のものにするつもりはないが、利用はできる。この世界に、他に幾つも宇宙が無数にあるのは信じられないが、この世界は好都合に未完成ならそのほうが都合が良いのだろう。
YBの会は全員時間旅行者と交差点に降臨した神様は言った。超弦理論を成立させたというのなら、タイムトラベル出来る人間が世の中に一人だけってことはないことぐらい分かる。まあ、そういうことなのだろう。他に幾つも世界と宇宙があるというのなら尚更。
俺はその全てを利用しようと思う。相手が神だからな。神を超える作戦じゃないと通用しないぜ。
「さあ、締まっていこう!神殺しの儀式を始めようぜ」
※ ※ ※
後日談。
〉ジェイさんとの会話。
「さすが茨戸さんですね。儀式刀、妖刀使い、すすきの交差点。そして私たちタイムトラベラー。全てを使って宇宙とその概念の理屈を書き換えた。忌み子とされ、やがて〝鬼炎〟と妖の類になる各世界の少女達を神威岩に手を出す前に遡り、救った。火種になる前の可燃物を、あなたは消し去った。神威岩はツバサビトのチカラと魂を宿したままで、〝すすきの〟の神はタイムリープすること無くこの地を守り続ける」
悲しみに暮れ、打ちひしがれた神話の〝忌み少女〟が神に手を出さなければ、それで済むだけの話だった。これでこの神話は神威岩が出来るまでの言い伝え、逸話だけになる。物語では少女が自らの願いを叶えるために神に手を出したと語られている。しかし、どんな名作小説でも、神話でも読者が想像する範囲はまで守備範囲が及んでいないことは多い。読者の想像に任せる。
もちろん神話も、語られていないことが多分に含まれているのが当たり前。見えないから、書かれていないからそんなのは言いがかり、物語の真相なんかじゃないと憤慨するのはお門違い。鵜呑みにする、作者の意図を書き出す、空白を読む。基本だ。
今の小学生は教科書のずっと使われてきた小説や物語を読んで、書いていないことは根拠とならないから不正解だと答えると聞く。やれやれ。想像力と豊かな思考力を身につけるようにしないと令和は生き延びられないぜ。踊るのスキ♪スキ♪ってダンスを踊っているようじゃ、駄目だね。 少なくとも俺みたいにずば抜けた洞察力と作戦構築、行動力がなくちゃ。
〉武士との会話。
「そう言えば、お前のことなんて呼べばいいの。良くわかんなくて。武士とか景久とか千紫万紅とか俺の中で定まってなくて」
「ふむ。我は〝すすきの〟の神によって儀式刀として作られ、儀式に使われていた刀である。武士ではない。この時代での我の姿は、この武士の姿は影でしか無い。本来あるはずのない魂を手にした異例の刀。我の魂がどこから来たものであるかは、我には神話がないため不明である。分かっているのは妖刀使い殿と同じように影を生み出し操って人の形に模して色を投影させることが出来ること。つまり、影の武士である。影武者でかまいませぬ。影武者・景久でありまする」
「そうか。じゃあ、そう呼ぶよ。
「では御意のとおりに」
「ああ。成哉が主人なんだ。これからもよろしく。今度は俺のトラブル解決に協力してくれ」
刀は報酬を払わなくて良いからな。人じゃないから人件費は請求されないだろ。便利に使える戦力になりそうだ。
〉ビッグボスとの会話
「そうか。壮大な神の物語を、お前の悪知恵で無にしたか。時間遡行も、神になった少女の神話も無かったことにした。いつも面白いな、お前は。今度は神のためにでは無く、俺様のために働け。じゃあな」
一応報告しようと電話をかけたらこれ。言って切られた。冷たく冷えたいつもの声が穏やかな春を迎えていた気がしたのは驚いたが、しかし年中クーラーであることを思い出すとやはりあれは夏に浴びるのが良いと思い直した。
俺は今日も〝すすきの〟の街を歩く。時間はええと、21時前か。
二次会を誘う客引きが声をかけまくっている。一応市から派遣された高齢者指導おじさんが注意するが、お互い長い事やっているから両者顔見知り。効果なし。形だけ注意し、形だけ従ってその場を少し離れてまた戻って来る。風俗の勧誘はゼロに近いが、居酒屋の客引きが目立つ。全盛期よりは減ったので俺は治安が良くなったと思っているが、市はそう思っていないらしい。この前の定例会見で対処すると言っていた。こんなに健全になったのだ。さすがにある程度は引っかかる方に落ち度はあると思う。ぼったくられたと話す客の殆どは路上で示された料金が全てだと思うから、裏切られたと思うのだ。いい大人なんだから少しは頭を回せよな。満足するまで飲み食いしたら、そりゃ思ったより高いお会計になるだろうよ。
グルメサイトから予約しないと入れない入り口に韓国風ネオンが場違いに光る和食店横目にし、年中満車でぼったくり料金の立体駐車場を見ること無く歩き、〝すすきの大交差点〟に辿り着く。
今日の俺は参拝するために出歩いたわけではない。風俗店巡りだ。BGもたくさん働いているからかな。ボーイとかで。
開拓者が今の元町から開拓し、創成川に辿り着き、すすきのに遊郭を作り、白石に移転させて、また戻って来て。古くも令和も男と女、女と女、男と男の店はこの街の景色だ。俺はこれらが欲のはけ口だけではない事を知っている。コミュニケーションを、ビジネスとして互いに認識した上でのコミュニケーションを楽しむ場なのだと。その手段がエッチだというだけであることを。この世界にアレルギーを起こす人は、薬でも飲んで家で安静にしていれば良い。放っておいてくれ。この街の景色は、この文化が欠かせないから。ほら、呼吸で鬼退治する漫画にも似たような描写があっただろ。切っても切り離せない。だからこそ、俺はこの街がとても人間らしい街だと思っている。人が生きることに意味がないように、誰かを否定する意味はない。一つの側面だけで何かを語る人を見ると、やれやれと思うのさ。
今回の話はここまで。
この街の事を話すいい機会になった。神話とか未だに信じられないが、それもこの街の知らなかった側面を知ることができた。どれも一つの側面でしか無いけど、視点が増えると賢くなった気がするだろ。それで十分だよな。でもやっぱり、俺の肌にファンタジーは合わない。地に足をつけて走りたい。
それじゃあ、俺は行くよ。夜だと言うのにいつも明るく、まるで神様がいるかのように神々しい〝すすきの交差点〟を渡り、人混みの中でひとり振り返る。やがて来る次のトラブルを楽しみにしてな。今度はもう少し人間味があるをやつを選ぶさ。きっと危険な話を選ぶだろうから、楽しみにしてくれ。