すすきの伝刀物語。
これが神話のタイトルだと言う。妖刀使いの本体、妖刀・桜木坂は
ここで語れる蝦夷の先住民族はアイヌではない。別の宇宙に存在する蝦夷の地の先住民族だ。名前はない。この神話で語られる歴史は別宇宙、と言えども地球であるため、非常に酷似した歴史である。文化も、また酷似している。
続縄文時代。1159年。内地では平治の乱とやらが起きていた頃。一匹の神威、
この地に住む人間は、山に住む熊を金神威と呼んで敬った。一方、山を下りて人を襲う熊を
この当時、神でなくなってしまった熊を神様として戻っていただくために使った刀があった。それが伝刀。刀の名前は〝千紫万紅・無銘刀〟。儀式刀だ。そう、熊を神に戻すことは儀式であった。儀式のために、この刀は使われた。
〝千紫万紅・無銘刀〟は内地から貿易によってもたらされたものではない、と神話では伝わっている。神話では[神様がお創りになり、人に託した刀である]とある。真偽は定かではないが、今回はその言い伝えを信じてこの神話の核とする。
神威は多くの自然をその対象とした。この世、あらゆるところに神は宿っていると考えたのだ。
鳥も例外ではない。神威として崇められた鳥に〝オオジ・カムイシギ〟という鳥がいることが知られているが、鳥と同じように翼を持った神様がいることはこの神話でしか語られていない。その呼び名として〝翼の使者〟と後世の研究者は名付けたが、この伝刀物語には〝ツバサビト〟と記載されている。
それは時に少年であり、女性であり、両性であり、少女でもあった。この伝刀物語では少女が主役となる。
悪神威熊を神威熊に戻すための儀式は、儀式刀を使いそのツバサビトのチカラを借りることで成し得るの儀式。その時も、名のない少女の姿をしたツバサビトが地に降りた。
〝千紫万紅・無銘刀〟を使い、無事にその悪神威熊を神威熊にツバサビトが妖術を使って熊を山に返した。問題はその儀式の後に起きた。
そのツバサビト少女は儀式に疲れて、一度翼を休めた。失態だったのは人が見えないようにしてしまったことだ。気を抜いてしまった。これを見た村の人間は愚かにもその少女が神威ではない、偽物のツバサビトだと指を指した。
神威である少女は人に手を出すことが出来ない。一方的に暴行を受け、逃げた。肝心の翼はまだ使えない。走るしかなかった。
少女は逃げ続け、そしてある岬に追い詰められた。後が無い。馴れない人の姿で走ったので、想像以上の疲労が襲った。より翼を使えない。
追い詰められ、悲しみに暮れた少女は心を固く閉ざし、全てを拒絶する事しかできなかった。硬い悲しみの心は、そのまま岩と化してしまった。海に、一つの大きな岩ができた。
これを見た人間は自分たちのなんてことをしてしまったのかとここで気が付き、その愚行を悔いた。せめての詫びとして、祠を建てた。〝揺るがなき祠〟と武士は呼んでいたが、俺達の宇宙とは異なる話のため、正確な名称は分からない。でも、祠は俺達の時代にも過去あったと武士は言っていた。武士が見たツバサビトの祠。ツバサビトの祠がなぜか俺たちの世界にもある。俺達の歴史では、あるはずがない祠。これが重要になってくる。
別宇宙、蝦夷の先住民族の話に戻る。
それ以来、岬の先に出来たその岩を神威岩と呼んで崇めた。加えて、その岬を神威岬と人は呼んだ。果たして現在もこの名で呼ばれているだろうか。俺たちの世界の現代でも、どこかで神威岬と呼ばれていた気がする。
それからこの伝説はどうしてか、願いが叶う場所として噂が広まった。
噂は内地でささやかれ、これを聞いた一人の倭人、普通の人間の少女がこれを求めた。嘘であっても構わない。僅かな希望があるのなら、それを確認したい。そう思って。彼女には命を賭して叶えなければならない願いがあったのだ。誰にも言えない、あまりにも切ない願いが。
少女は死を決意して海へ出た。必死に船を漕いだ。どうしても、己の命に代えてでも叶えなければいけない願いのために。
少女は知り合いに刀師がいた。悲願達成のために儀式刀が必要だった。しかし用意している時はない。代わりとなる刀を急造、作って貰ってその刀一本を大切に抱えて走った。偽物故に使用すれば下されるであろう代償を、それを覚悟して。己の死地になるであろう場所へと向かった。
船を漕いで蝦夷の地に足を踏み入れ、神威岬まで意識を何度も失いながら必死に彷徨い、奇跡的にたどり着いた。彼女は海に飛び込み、泳いで岩に接近。ひとつ息を呑んでからその岩に手を伸ばし、触れた。そして偽物の刀を使った。全てを拒絶していた少女を無理やり引っ張り出した。こうして少女はツバサビトの少女から、神威からその〝神のチカラ〟を手に入れた。こうして、あまりにも愚かで身勝手なこの少女の行為によって、世界と時間が狂い始める。神話は続く。
時間遡行。それは過去に戻り、世界をやり直して願いを叶えるための時間遡行。飛んだ過去は必ずズレた世界。厳密には元居た己の宇宙とは異なる宇宙。非常に酷似した世界に飛んでいた。
少女は別の世界で、前の世界では叶えられなかった悲願を叶える。時間の軸を狂わないように定め、未来・過去・現在を引き寄せて一本の線に並べる。しかしこれは常に混同し、ランダムに配置されるものとする。
現在地点に観測者である少女を置き、過去の方角へ飛ぶ。その間、現在や未来、または別の空虚時間世界を通過して飛んだ場合その過去の世界は観測者の地点における基準となる世界とは異なる設定になる。時間遡行試行者が異なる結果となる世界を求めるのならば、その世界を捨てて再び飛ばなければならない。時代によって風景は変わるが、地点はいつも同じ。36号線地球にであれば、そこは〝すすきの交差点〟と呼ばれる場所となる。また、そこから伸びる36号線は神へ至る道。東の岩とは別に、神威岩はある。
宇宙と世界は収束する。時を繰り返し異なる選択によって起きた世界が元の世界に干渉し、望みを全て叶えるのには途方も無い繰り返しが必要だ。
少女は神であるため、異なる宇宙、非常に酷似した世界に飛ぶ毎にその世界での祠が必要となった。故に飛ぶ度に自動的に創造、各世界の蝦夷の地に設置されることになった。これが、唐突な祠の出現と刀武士の刀が各世界で儀式刀として言い伝えられた
こうしていつの間にかどの世界にもポツンと祠が出来ることになった。そしてその祠に儀式刀が祀られ、儀式が行われた。ある民族は熊を山に返すため。ある民族は豊作を祈るため。ある時代の人間は、パワースポットと呼んで金を投げ込むため。
岩となったツバサビト。その神様からチカラを奪った少女が神になって時間を飛び回って繰り返している物語。これがすすきの神話〝すすきの伝刀物語〟。俺は今、その神様と対峙している。妖刀使いと武士が戦っている。繰り返される時間と世界を消すために。この地に神を根付かせるために。そう。彼女を観測者として測った過去へ向けた世界は、既にある世界とは限らない。想いと願いのために生まれた世界、宇宙が幾つもある。何千、何万と。しかし、そうやってできた宇宙は偽物だ。空想の世界にすぎない。しかし時間軸が正しければそれは成立してしまう。なにせ、神が創り出した世界に逆らえる、世界と宇宙における外側の概念の理屈と法則は存在しない。神だから、不可能である時間遡行を成し得ているのだ。
そしてそれは、幾万もの俺が生まれていることも事実となる。俺の知らない遥か彼方の宇宙には、俺とは違う別人の俺がいることになる。きっと、その歪もそのうち宇宙規模で収束するのだろう。やはり、ここで何かしらの結果を出さなければいけない。武士が儀式を行ったのは、ただ単に神を宿すだけではないのだろう。真意は、神意は〝神宿しの儀〟だけではない。つまり、だから、そうか。あいつは神によって創られた刀。神のチカラそのものだ。
「おい、武士。作戦が出来たぞ。知りたいか」
「なぬ。それは早急にお願いしたい。あの神の光を永遠にこの〝黒円〟で受け続けるのはしんどくなってきたところであった。妖刀使い殿も限界があるだろう。しかし、茨戸殿。相手は神であるぞ。神に成り代わった、偽りでも本物となった神の少女ぞ。どうするのだ」
「あの少女を、あの神様をツバサビトにする。元の通りに」