「あの会の存在理由は、記号が表している。イッテルビウムの記号を知らないのか。理科を勉強しろ」
「イッテルビウムの記号?」
成哉にジェイから聞いた神話と、武士から聞いたこれからやる儀式の壮大なバックボーンを報告していた。これでも報連相はまめに、こまめにするタイプなんだ。でも、実はあまり意味はない。報告は言わなくても、俺もBGもビッグボスも圧倒的な情報網で各自把握する。もちろん相談などしない。あんな奴に相談なんかするか。冷え切った声で軽くバカにされるのがオチ。つまり、報連相なんて時代遅れだぜ。おっくれてるー!
成哉はイッテルビウムの会を良く知っていた。俺よりもこの街のことを知っているビッグボス。それで、記号? イッテルビウムの記号だっけ。
「そうだ、記号だ。俺様が知っている奴らの正体は、元号の方だ。あゝ見えて百人は在籍している」
「え、そうなの?俺は七人しか会ってないよ。小さなコミュニティって言うからあれで全部かと思った。成哉が知っているってことは、アイティー系?」
「バカ。切るぞ」
「ごめん、ごめん。バカな俺に教えてくれよ。あの団体のこと何も知らないんだ」
「仕方がないやつだ。一度しか言わん。いいか、イッテルビウムの会は、つまりYBだ」
「YB?」
「だから、イッテルビウムの記号だ。思い出せ。YB。昔、そういう事件があっただろ」
「あっ。あー、そういう」
「そうだ。前持ち。札付き。そういう事だ」
刑務所では、若年再犯者をYBと呼んで区別している。イッテルビウムの会、とはそういうガキ共の集まりだってことか。
若くして世の中から足を踏み外し、歩き方を忘れてしまった人間。そんなガキ共を多く、ずっと見てきた。俺もその一人だ。俺の名前を付けた親はいる。しかし、その親とは家族になれなかった。それだけ。会おうと思えば、死んではいないから会うことができるだろうけど、そこに意味はない。第2話で軽く触れたように、久瑠美の親もトラブルで帰らぬ人となっている。成哉もタカも色々とあるが、プライバシー保護のため伏せておく。何もなければ高校時代喧嘩に明け暮れたり、タカが悪の道に突き進んだり、成哉が中退して会社とリバーサイド立ち上げしたりはしない。あっ、俺はちゃんと卒業したんだからな。そうだな、ここまで俺の話をしてこなかったから、そのうち纏めて話すことにするよ。
「それで、どうする」
「?何が?」
「お前は、神に会うのか」
「え、お前までそんなこと言い出すの?」
「冗談ではない」
声がキレキレに冷え切っている。冗談ではないな、これは。
「成哉も神様とか興味あるのか」
「いや、興味はない。前にも言ったが、信じてもいない。俺様はそういう人間だ。しかし、これも言ったがその存在を否定してはいない。おそらく、その類の存在は確かに実在するのだろう。だからこそ、理解したいと思うのは自然だろ。信用はしていないが、認識を改める必要はある。人間長く年を取っても、若くて断片的な知識しか持っていなくても、己の固定概念を振り払うことは難しい。直に見て、聞いて、触れることは重要だ。戦争を繰り返してはいけない、語り継がなければいけないというのと同じ。あれは聞くより資料映像見たほうが心に刺さる。それこそ今回の件の登場人物、妖刀使いにせよ、〝すすきの〟の神にしろ、俺様が見ていない存在を信じろと言うのは無理がある。お前はそういうのが得意みたいだからな。幾つも経験しているだろ。土産話ぐらいにはなるだろうから、精一杯経験して聞かせろ」
「俺が嘘言ったら?お前が知らない、見えないことを良いことに嘘を。お前のことを見返すように、遊ぶようにさ」
「お前はそんなことはしない。これでもある程度の信頼はしている。何も分からなかったのなら、それで良い。お前と俺様の間に冗談は無い」
えっ、そうなの。初めて知った。楽しくお喋りしたい年頃なのに。
「いつも、お見通しか。分かったよ、精一杯経験してくるよ」
※ ※ ※
「では、〝神宿しの儀〟を始める」
武士・景久がその黒い鎧武者を消し、一本の刀がコロンと落ちた。
妖刀使いはそれを拾い、すすきの交差点の真ん中に立つ。もちろん、他の余計な人間が入ることができないように何かをしている。俺の頭では理解できない。
妖刀使いが中心に立ち、刀を横にして持ち、その刀が中に浮かんだ。そして徐々に光り輝き、神々しくなる。眩い光が辺りを明るく照らす……。
刀が交差点の中心で、明るく優しい藤黄色の光を放ち交差点の周囲を囲むように光の壁ができる。
俺はその光景に圧倒されていた。
妖刀使いは祈るように手を組み、目を閉じる。それから〝儀式刀〟は大きく光って、その姿が見えなくなる。そこに現れたのは女性……いや、体が小さい。少女か。
「これが、〝すすきの〟の神様……!」
胸を反らした姿で宙で光りを観音様のように光らせている。少女は十二色の着物で、その裾が紅白歌合戦の歌手のように地面までながーく伸びた。そのすべてが、常に神々しい。これが〝すすきの〟の神様。俺は今、とんでもないものを見ているのかもしれない。
「そこの人では無い存在。なぜ、呼んだんだ。私は今、ここにいるべきじゃない。私が望む結末を手に入れるために、私は繰り返さなければいけない。この刀で儀式を行ったのか。そうしたら、お前も刀か。そうか、妖刀か。余計なことを」
「神よ、発言をお許し願いたい」
「もちろん。許可はいらない」
「景久は現代のここには神がいないと言った。神がいないとこの地のバランスが崩れてしまうと言った。なぜ、この地にいないのか。また、代理の神はいないのか。本当にあなた様はこの地、〝すすきの〟の神で在られるのか」
「明白。私はこの地の神である。それは間違いない。しかし、私は神になりたくて神になったのではない。この土地の神の力を手に入れて、譲り受けて神になる道を選んだにすぎない。私の望む結末を手に入れるために」
「結末?」
「YBを知っているか。元素ではない。現代では、若年再犯者を意味する。YBの会は私が立ち上げた会で、再犯の正しい漢字は
「そうか。では、どうする景久殿」
いつの間にか、妖刀使いの隣には影の黒鎧武士、景久が立っている。儀式は終わったのか。神が出てきたら終わりか。役目を果たしたから、こっちに戻ってきたのか。
「相わかった。しかし、我々としては〝
「そうか。それなら、抵抗しよう」
〝すすきの〟の神様は光の円陣を無数に背後に作り、次々に光線を放った。俺は逃げる。攻撃は妖刀使いと景久に集中している。俺は眼中になし。相手にされてはいない。よかった。
「この距離では刀は届かない。妖刀使い殿、策は無いか」
「飛び道具なら、ある」
「頼む」
「承知」
妖刀使いは巻物を広げ、何かを書き始めた。そして妖炎が小さく見えた直後に無数の鳥が飛んだ。黒い、影のような、いや、墨汁のような鳥。
〉〉鳥獣・妖刀・戯画
どこか遠く、俺の知らない世界では、妖刀使いが神様って扱いで、その妖刀使いの神のチカラに手を出した少女が神様になって、願いを叶えるために時間遡行。望む結末が訪れるまで時を繰り返していると、そこの神様はそんなことを言った。
それは蝦夷の地に開拓前の平野に立って、ひとり佇んで何も無いのに身構えている少女のようで。そう、それはだから透明少女だと、あのロックンロールが歌った少女のようで。少女が神様。そしてその神様は時を繰り返している。だからこの地に居ながら、この地の神様でありながらこの地の神様ではなかった。留まっていなかった。景久は令和の人間が神を信じていないからだと言ったが、理由はもっとSFなお話だった。無信仰、神を信じないこともきっと、あの少女のタイムリープの手助けになっているのかもしれないが、隠れ蓑に使われているのかもしれないが、どうだろう。俺の推測は、さすがに神とか時空とかの話には歯が立たないからな。
それで刀武士は神様を認識出来ず、この地には神様がいないと判断した。少女が常に時を飛んでいるなら、時をかける少女として「飛べよぉぉ」と飛んでいるなら、刀武士の『この地に神はいない』という判断は間違いではないだろうけど。そう認識せざるを得ないだろうけど。
少女はこのタイムリープは罪。犯罪に近い。再三、再犯を繰り返すことが罪みたいな事を言った。確かに、それならばあのジェイから聞いた神話に大きく関与している。事になる。いや、神話さえも利用したのか。神の地位だけでなく。なんて執念だ。
現在の交差点ではなく、現存の〝すすきの神社〟が建てられたのは1898年、明治31年。冒頭で話したら通り、この街は遊郭。
このままではいけないことぐらいは、さすがに俺でも分かった。おそらくこの場合、武士と妖刀使いに任せてどのような結果でも受け入れる。これが正しく、普通の考えだ。平凡たる一人の人間である俺はそれを粛々と受け入れるべきだ。本来関われるレベルの事象ではない。人間がどうにかできることでは無い。それこそ、あの少女が神の地位を奪い、時間と世界を己の望み通りにしたいなど、やはりするべきではなかったのだ。人間が干渉したら。いや、待てよ。別の世界では妖刀使いが神の地位に居たって言ってたな。
時間遡行と、神と、神社と、