ジェイから依頼を受けたその日も、妖刀使いと夜の〝すすきの〟を例の神社を目指して歩いていた。昼の話を妖刀使いに言う。
「そうですか。もちろん、私でよければお会い致しましょう、とお伝え下さい。日程は茨戸お父様が決めて下さい。私は何かに忙しくしている身分ではないのでいつでも。夜は避けてもらえると助かりますが」
「お父様と呼ぶな。分かったよ。昼間にセッティングしておく」
程なくして、すすきの神社に辿り着く。今宵は武士、景久に会うことが出来た。これで妖刀使いを連れてくるという俺の任務は達成。ここから先は時間外労働です。まあ、何かやるのなら、それを見届けるのも良いかもしれない。ビッグボスにも言われているし。成哉に始終を記録して報告すれば貸しを一つ作ることができる。それは良い。
「連れて来たぞ、サムライ」
「こんばんは、茨戸殿。それと、妖刀使い殿。お呼びだてして申し訳ない。しかし、早急に、あの場所でどうしてもやらなければいけない事がある」
「こんばんは、景久さん。私も代理戦争であなたの事を使ってしまいました。今度はあなたのために私を使って下さい。ええと、何をすればよいのでしょうか」
「近くに大きな交差点があるであろう」
「はい」
「その中心に時計が四面に付いた街路灯がある」
「はい」
「見た目では分からないが、あの場所は神聖な場所である。かつて、
今度は俺が反応する。
「えっ。崇められていたって、それじゃあ、お前は神様なの?本体が刀で、令和に顕現した世の姿は黒い影の黒鎧武士。その正体は平安時代に蝦夷の地にぽつんとあった神社の神様。結局何者だよ、お前は」
「いや、茨戸殿。我は神様ではない。祀られて崇められていたのは、ここ〝すすきの神社〟の神様である。我は儀式に使われた道具にすぎない」
「え、でも神社はここにあるよ。交差点のど真ん中じゃない」
「
平安時代、神道と仏教は
「今この地に、この〝すすきの〟には神がいない。理由は、どうにも、この時代では神を信仰する文化ではないことが起因らしい。神のことを大切にし、尊重する文化はあるが、神を信じることは無い。縋ることや祈ることはあっても、常に感謝する者は少ない。その認識の薄さから、認識され無いことで居ないも同然の状態である。仮の姿、存在に留まっている。このままでは“超常”の世界と“通常”の世界のバランスが崩れてしまう。以前、ファドが侵略してきた事があったと聞く。しかし、神を呼ぶ事は、これは我ひとりで出来ぬ。そこで、妖刀使い殿。力を貸していただけないか。かつての
まじかよ。なんか壮大な話になってきたな。
※ ※ ※
“神宿しの儀”には準備が必要で、すぐには出来ないという。妖刀使いから承諾の印を、彼女(妖刀に性別はあるのか?)から書に妖術で押印だけした。これで準備を始められるのだとか。
俺たちはそれで解散。即帰宅して俺は爆睡した。連日の深夜参拝で寝不足が酷かったのだ。しかし、太陽が昇ってやってくる昼間に妖刀使いをイッテルビウムの会に紹介しなければいけない。従って睡魔と戦うことが避けられなかった。紹介料をふんだくろう。
「こんにちは、茨戸さん。ええと、この着物の女性が」
「そう。これが噂の〝妖刀使い〟。この七人はイッテルビウムのメンバー?」
「はい、そうです。あなたが妖刀使いさん、でいらっしゃるのですよね。本物ですよね」
場所はカラオケのめっちゃでかい部屋。大人数パーティー用。ひとりカラオケの時に通されると、何とも言えない虚無感に襲われるあの部屋。プライベート確保、妖刀使いとの面会という特殊事例には都合が良いのかもしれない。
「ええ、そうです。妖刀使いと呼ばれています。私の名……妖刀の名前ですが、この名は〝桜木坂〟と言います。茨戸さんの娘さんには〝桜〟と呼ばれています。お好きなように呼んでください」
「では、桜さん。大変失礼なのですが、その、何か妖刀使いとしてのお力を見せてはもらえないでしょうか」
「チカラ?」
「噂では、夜の闇に紛れて〝妖炎纏いし妖刀〟で悪を成敗していると聞きます。是非とも、そのお姿をこのカメラで収めたいのです」
なんという噂。あながち嘘でもないのが笑えるけど。
すぐに若い子たちが一眼レフを構える。
「そうですか。その、刀を構えるだけで良いのでしょうか」
「はい。お願いします」
妖刀使いは立ち上がり、刀を抜いてまっすぐ構えた。ポーズの要望があり、刃先を下に向け手を上に上げて構えた。サービスで淡いピンクと白の妖炎を刀に付与し、カメコのテンションを最高潮にさせた。
それから幾つかポーズを決め、撮影会の最後に社交握手。「こちらを向いてください」「こちらにお願いします」若い子たちがシャッターを切った。首脳会談か?
撮影会が終わると、質疑応答に移った。彼女(桜お姉ちゃんだから彼女とする)の歴史、生い立ちが主な内容。俺は聞いたことがあったので軽く寝ていた。すぐに起きられるぐらいの浅い眠り。寝不足が深刻。
「お父様、お父様」
「むにゃ?どうした、妖刀使い。終わったか。それとお父様と呼ぶな。娘はやらん」
「寝ぼけないでください。お父様、この方たち、あの交差点の〝神話〟を知っているそうです」
「え?神話?」
「桜さんからお聞きしましたよ、茨戸さん。何でも〝すすきの交差点の神話〟に今まさに関わっているとか。具体的な事は桜さんから聞けませんでしたが。私が本日持参したこの『本当にあった!札幌都市伝説100選』に書いてあります」
おい、なんだその本。なんて胡散臭いんだ。令和だぞ。ナックルズかよ。
「この本、ジェイさんから貰いました。とても興味深いです」
「あーそうかい。それはよかったな」
「聞きたくないんですか?神話?」
「すすきの交差点の神話ねぇ。和風ファンタジーは俺の専門外なんだ。未だに俺は妖刀使いの存在すら疑っている。もっと暴力とか違法薬物みたいな分かりやすい犯罪が良い。そういうトラブルが良い」
「なんて物騒な」
「お前が言うなよ。妖刀使いが現れるともっぱらの噂の方が物騒だろ」
「茨戸さん。噂、都市伝説、神話を追い求める私たちとしては今後とも妖刀使いさんに継続してお会いしたいと思っています。そのように思う低俗な我々をお許しください。ですから、より私たちの情報を役立てていただきたいと思うのです。等価交換にはならないと承知の上で、我々だけ一方的に願いを叶えてもらうのは引け目を感じると言いますか」
「お金もらってるじゃん。妖刀使いの面会料。それだけでいいよ」
「いえ、そういう訳には行きません。この様な活動をしているので、誰も見向きされないのが当然なのですが、私達は自分たちが手に入れた情報には自信があります。誰かに使ってもらえるのであれば、それは代えがたい喜びです。茨戸さんはこの街で裏社会のトラブルを解決している名探偵と聞きましたので、何かにお役に立てれば。いや、是非とも活かしていただきたい」
「まさかの承認欲求。それに、ジェイさん。俺は探偵じゃない。前に名刺渡しただろ。オーガナイザーって書いていなかったか?」
「ええと、何が違うのでしょうか」
「根本的に違うけど、まあ、認識としては間違っていないか。俺の存在に対する解釈は任せるとして、じゃあ一応聞いておくよ。神話だっけ?」
「はい。すすきの神社に纏わる神話です。正確には、現存のすすきの稲荷神社とは関係ない話です。もっと古い時代の話です」
俺はそこで嘘か本当か分からない伝説、神話の話を聞いた。そんな噂があるんだ、ぐらいにしか思わなかったが。神話なんて、それこそ信じるに値しない。高校生クイズの知識、目指せ雑学王に使うための情報レベル。神話なんて語り継がれることはあっても、それはきっと正しくない。正確無比な〝正しい事実〟を知っている人間は、どこにもいないだろうな。現代でも、古代でも。神様の話なら、なおさら。