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すすきの大交差点03

 その夜。妖刀使いとすすきの神社で武士を待ったが現れなかった。やむなく日を改めることに。


 寝て起きて、昼間。体を引きずりながら陽のある外に出て、昼メシを求めて彷徨う。俺は目をこすりながら、若い女性ばかりで居心地が悪いが絶品パスタの店を見つけて入った。絶品パスタを食べながら、スマホでメール……メッセージをチェックした。


 俺はGB達の相談役でもあるので、エスエヌエスのメッセージやメッセージアプリで話を聞くことが日常。頼りにされているってことだな。


 メッセージは何気ない話題が多く、「ちょっと聞いて下さいよ、こんな事があったんですけど、どう思います?」「これに悩んでいるんですけど、正解はどれだと思いますか?」「こんな事がありました!ラッキーだったから話したくて!」みたいな。俺は卒なく返事をすると、まれにお礼としてお捻りを五百円ぐらい投げてくれる事がある。ラッキー! 毎日何件も聞いているからお昼代はいつも無料同然なんだ。娘に全財産を注ぎたい俺としてはありがたい。


 そのひとつに、引っかかるメッセージがあった。ボーイズからだ。


〉創さん。イッテルビウムの会って知っていますか?


 イッテルビウム? なんだそりゃ。芸人の一発芸か?


〉元素です。発見されたスウェーデンの小さな町「イッテルビー」にちなんで名付けられた元素だそうです。なんでもその会は「妖刀使いに逢う」ことを目的にしていると聞きます。〝すすきの〟で噂されている〝すすきの都市伝説〟を探して活動しているとか。たぶんイッテルビウムにしたのは〝イモータルヨウマ(妖魔)伝説〟、妖刀使いの噂を意識したんでしょう。


 イモータルヨウマ? それこそ聞いたことないぞ。それは〝すすきの〟の都市伝説なのか?


〉いえ、妖刀使いの異名らしいです。イモータルは不死、不滅、永久などの意味があります。妖魔と言うのは、ほら、妖刀使いの名前が流行る前っていろんな呼び方あったじゃないですか。そのうちの一つ、妖魔を使ったんです。だから妖刀使いの事をイモータルヨウマと名付けた。この会の人間以外、誰も呼んでいないから誰も知らない呼び名ですよ。意味ないです。この人達が勝手に名付けて呼んでいるだけです。


 そのイモータルヨウマという言葉が、どうしてイッテルビウムになるのかはさっぱりわからなかったが、どうでもいいので追求しなかった。


 確かに思い返せば、〝妖刀使い〟という名前が定着する前は、様々な名前で呼ばれていた。その時点では、誰も見たことがない、誰も知らない未知の生物だったからな。宇宙人だと指さしたのはさすがに頭悪いなと思ったけど。たしか、「人斬り」「妖刀」「暗殺者」「(闇・天・地獄)の使い、使者」「妖怪」「怪物」「人外」「殺人鬼」「裏世界、社会の暗躍者」「影」「闇」「悪魔」「妖魔」とかだっけ。思い出せるのはこれぐらい。どれも不正解。


 それで、そのイッテルビウム? の会は「妖魔」を拝借したと。良くわからないな。


 俺も最初に妖刀使いの噂を耳にした時、あの時も「ずいぶんと面妖な噂だな」と素直に思ったが、でもそれだけだった。頭から否定はしなかったけど、鵜呑みにはしなかった。だから、久瑠美が妖刀使いを連れてきた時は本当に驚いた。


 その時、俺はリバーサイドに超能力者がいるらしいと聞いていたからそっちのほうが気になっていた。だから、そういう存在・・・・・・の事は概ね認知していた。認めていた。だから〝妖刀使い〟が〝すすきの〟の夜に現れて悪を斬っていても何も不思議だとは思わなかった。人では無い存在が目に見えると言うのは、この街では当たり前だ。


 妖刀使いの名前を聞く前、美少女化した駆逐艦や戦艦が〝すすきの〟で女子会をしたいからその手伝いをしたトラブルもあったし、古いアパートの幽霊退治もやった。稀ではあるが、そういうトラブルもある。


 ほとんどが、鼻を垂らして口を開けて歩くバカが吹聴しているだけの都市伝説のような噂でしか無いが、だからといって妖怪も鬼も幽霊も現実に居ないことはない。否定はできない。多くは見間違いだ、嘘だったオチばかりだけど、しかしその類いの存在は確かにこの街に住み着いている。これは事実である。


 それに、アイツラは敵ではないことも多々ある。怖い幽霊だと思っていたら、実は友好的な妖怪で俺と握手みたいなこともある。人外として認識するのは間違いないが、偏見と思い込みで敵視しては損失。見た目に惑わされてちゃんと見えていなかったでは、バカなのはこっちサイド。本当に怖いのはどっちなんだろうね。



〉〉それで、そのイッテルビウムの会がどうしたんだ。何かトラブル?


〉実はその会のひとりが、リバーサイドに妖刀使いを匿っている人間がいると言いがかりを付けてきて。ボーイズの何人かにも接触してきて、ちょっと面倒なんですよ。


 なるほどな。オカルト・都市伝説大好き人間にマトモな人間いないもんな。人間性はともかく、自分から向こう側に関わろうなんて、ヤクザにケンカ売るよりバカだよ。


〉〉俺が話を聞いてみようか? 妖刀使いを匿っている張本人は俺だし。


〉それは助かります。ご迷惑おかけします。よろしくお願いします。


 今は大きなトラブルを抱えていなかったので、なんとなく受けた。武士がやろうとしている儀式の話も、俺は直接関係なさそうだし。重要参考人は妖刀使い。あっちの話も、こっちの話も。


 俺はイッテルビウムの会の連絡先を教えてもらったので、なんとなく連絡してみたら是非とも俺に会いたいとのことだった。呼び出したらすぐ来た。場所はこのパスタの店。大きなトラブルではなさそうだから、いつもの喫茶店じゃなくても良いだろう。


「こんにちは、あなたが茨戸創さんですね。リバーサイドの皆さんからお話は聞いています。有名人だ」


 彼ーー好青年と言えばそれで事足りるのだろうが、俺が感じたのは投資やビジネスの話を持ちかけるいけ好かない類の人間、乾ききった笑顔を貼り付けただけの感じの良さを押し付けてくる種類の男ーーは握手を求めてきた。俺は色んなことを考えた。それから、その手を取るには早すぎるなと思い至る。結局、名刺を渡すことでその握手を無かったことにした。名刺交換。


「ええと、神木・J・カナタさん」


「ジェイで、良いですよ。茨戸さん。それに、今はビジネスの話をしているわけではありません。そこまで畏まった敬語は必要ないですよ」


「じゃあ、ジェイさん。どうして妖刀使いに会いたいんですか?」


「それは、興味があるからですよ。知的好奇心、なんて言うと子どもっぽく聞こえてしまうかもしれませんが、根底にはこの好奇心があるのを否定できません。妖刀使いに関する噂は幾つか聞いていますが、しかしどこまで信じて良いのか我々でも判別がつかないモノが多い。調べれば調べるほど、分からなくなる。私たち、イッテルビウムの会は、その、失礼かもしれませんがオカルトやエスエフ、超常的な事が好きなんです。日常の中にあるかもしれない非日常に憧れる。そんな人間の集まり。小さなコミュニティですよ。中学生から私のようなビジネスマンまで幅広くいますが、目的だけは同じ」 


「ふーん、なるほどね。日常の中に非日常を追い求めるっていうのは分かるかもしれない。俺も悪い言い方をすれば、刺激が欲しくてトラブル解決を受けている。分かった。じゃあ、聞くよ。話してください、ジェイさん」


「ありがとうございます。失礼ですが、妖刀使いの連絡先を知っているのですか?その、茨戸さんが妖刀使いに関係のある人だと聞いていましたが、詳しくは知らなくてですね」


「ああ、そうか。えっと、妖刀使いあいつは俺の娘の親代わりで、娘に仕えている。俺の娘が妖刀使いの主人をやっているんだ。娘が〝妖刀・桜木坂〟を偶然拾ってな。忠誠を誓われたとか。だからって俺のことをお父様って呼ぶのは勘弁してもらいたいけどね」


「な、なんと……!本当でしたら、それは衝撃。失礼ですが、何か証拠とか……!」


 興奮している。エキサイティングだな。


「ああ、そうだな。この間プリクラ撮ったんだけど、それで良い?最近は盛らずに証明写真に近い証明写真ではないプリクラが流行りらしい。女の子の世界はわからないな」


「こ、これは……!」


 そんな歴史的大発見みたいな反応しなくても。エジプト発掘伝説のミイラ発見! みたいな反応。久瑠美がプリクラを撮りたいって言ったから、巻き込まれた俺と妖刀使いが写り込んだだけなのに。妖刀使いはきっと写真に写らない存在だと察しが付いている。だから久瑠美のためになんとかしたんだろう。健気なやつ。


「そんなに熱心なら、ジェイさんに会ってくれるかどうか、妖刀使いあいつに聞いてみるよ。どうせ昼間は遊んでいるだけだろうし」


「あ、遊んでいる……!」


 俺は巻物を取り出し、広げた。


「そ、それは伝説の、妖刀使いの巻物……!」


「え?知ってるの?まだこの作品に登場していない秘密兵器なんだけど」


「いったい、何に使うのですか!それは!」


「……(迫られる)」


「す、すいません。つい興奮して。大人げないですね、申し訳ない」


「いえ、大丈夫です。これは妖刀使いと連絡を取るのに使います。ひざに乗る程度の大きさ、コンパクト巻物。実はあいつスマホ持ってないんですよ、時代遅れ……時代が違うから。連絡取るのに不便だって文句言ったら、これを貰った。『妖刀桜木坂・伝達の巻』という名前だと言っていたよ」


 伝説の巻じゃなくて、伝達の巻。


「な、なるほど……どのように使うのですか」


「ああ、ええとですね」


『妖刀桜木坂・伝達の巻』。これは本邦初公開だな。ここに文字を書き込めば、妖刀使いのこれと似たような巻物に文字が送られ、俺の書いた文字が書き込まれる。やりとりができる。この仕組みはきっと妖術なのだろう。面妖な奴だ。


「それは、なんとも不思議ですね。ああ、たくさんの情報量に興奮が収まりません。茨戸さん。重ねてお願いしたいです。なんとか会わせてもらえないでしょうか。一目だけでも。どうか、お願いします。メンバーを集めますので、その場にお越しいただけませんか。もちろん、依頼料はお支払いします。それだけの価値があります。都市伝説などの噂はどれだけ調べてもか結局真相は謎のまま、がほとんどなのです。実際に目にできるなんて、これほど素晴らしい事はありません。依頼料はあまり多くはできないかもしれませんが、お願いできませんか」


「ああ、まあ、なんとなくそんなことを言われると思っていたよ。聞いてみるな。たぶんオーケーだ」


「ありがとうございます。先ほどお渡ししました私の名刺に連絡してください。日時は当然妖刀使いさんに合わせます。よろしくお願いします」


「分かった。じゃあ、一つだけ依頼料とは別に俺からお願いをしようかな」


「はい、なんでもどうぞ」


「実はあいつはかなりの読書家で、頭すごく良いんだ。知ってた?だからさ、オススメの本を持ってきてよ。一冊で良いから。喜ぶだろうよ。俺の娘と遊ぶ、夜の街で暗躍する、本を読む。ほとんどこれしかやっていないからさ」


「わかりました。何か好きなジャンルとか、分野ありますか。エスエフとか、時代物とか」


「ええと、どうだったかな。ラブコメ、ライトノベル、ミステリ、現代ドラマ、青春涙小説……なんでも読む雑食だけど最近は『世界が滅びる系』読んでた気がするな。エスエフだと思う。世界が滅びるとか、1999年とか。変な思考が書いてある新書とか怪しい宗教に手を出さないと良いんだけどな」


「い、意外……!わかりました。考えてみます」


「じゃあ、そういう事で。よろしく」


 解散。


 それから俺は帰宅し、仮眠。夜を待った。妖刀使いと再び神社に行くため、イッテルビウムの会を妖刀使いあいつに紹介するために。




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