「俺様の刀が世話になるな。無下にするなよ」
「あ、やっぱりアレはお前の刀だったの。代理戦争の時にお前が拾ったとか何とか、ちょっと聞いてはいたけど」
得体のしれない身元不詳武士に話しかけられた翌日。俺は心当たりのある持ち主(成哉)に連絡してみたら、ビンゴ。
「それで?あの刀は妖刀使い呼べって言っているんだけど。何か知ってる?」
「いや、それは俺でもわからない。その正確な理由を知らない」
「そうなのか。名前は千紫万紅・無銘刀、戦国無頼一刀流、景久って名告りしてたけどそれは間違いない?」
「ああ。そのとおりだ」
ふう。これで俺の記憶力の良さが、また一つ証明されてしまった。
「ありがとう。名前は大事だからな。名は体を表すってね」
「一つ、俺様が聞いているのは〝すすきの交差点〟で儀式をやるという事だ。アレは過去に神聖なモノとして崇められていた歴史があるらしい。だから何かやるんだろ。俺様が手にして起きたこの現象、刀が魂を持って姿形を手にして歩く。俺様ですら、こんな事が目の前で起こるとは想像できなかった。とても現実とは思えず、未だに信じていない。不可思議な刀に魂が宿ることであのような姿になった刀武士は、何かしらの儀式をしたいらしい。俺はオカルトも伝説も神話も神も信じていないが、目にしたモノを受け入れずに否定するような低級人間ではない。何か理由があるはずだ。それは俺も強く知りたい」
主語を強調する時は俺様、自分の事を呼ぶ時は俺。表記ゆれに近いけど違うのかもしれない。
「今回の件ではないが、別の情報をお前に教えておこう。以前刀武士から聞いたのは、奴は過去、はるか昔の時代で〝タシロ〟だったらしい」
「タシロ?」
「山の刀でタシロだ。ヤマガタナと呼んでも差し支えはない。短刀と長い刀の間ぐらいか。詳しくは知らない。アイヌ民族が使っていると聞く。ナタのように山に入る時に枝を切り落とすことに使われていたらしい。熊と戦う時の武器でもあるとか。しかし、あの武士・千紫万紅は元々アイヌの山刀ではない。それに、見ての通り普通の長さの刀で、山刀より長い。つまり蝦夷の地でタシロと呼ばれる前に別の所で作られやってきたことになる。普通に考えれば京の都だろ。都から北の大地に来た刀を、千紫万紅をタシロと呼んで扱った。藪をかき分けるためには使わず、神聖な儀式のために使った。あいつが言うにはそういうことらしい。だから、正確にはタシロと呼ぶのは間違いなんだろうが、当時何と呼ばれて扱われていたのかはわからない。そこまで昔のことは分からない」
北海道の地に人類がやってきたのが約三万年前。千紫万紅・無銘刀が作られた平安時代の頃。その時代のアイヌ民族はこれまでの狩猟採集、
「北海道……蝦夷にあったから、日本刀からタシロに。崇められていたってことはタシロって名前でも無い。儀式刀。どうやって北海道にやってきたとか言ってなかったの?交易?」
「さあな。時代が違いすぎる。俺様でもそこまで昔のことは分からない。どうしても知りたいなら歴史学者でも雇え」
「へいへい」
電話を切る。それじゃあとりあえず、妖刀使いに話をしてみようかね。
※ ※ ※
「申し訳ありません、お父様。私はそのような刀を知りません。私もその方も刀ではあるのですが、きっと生まれて使われた時代が違うのだと思います。私は名刀ではなく、妖刀でしたから。人を斬る妖刀ではなく、妖怪を斬る妖刀。密かに、一部の人間にしか使われていませんでした。仮に、その景久さんが私と同じ時代で使われ、大いに名を馳せる名刀として語られて噂になっていたとしても、北の大地に渡られたのならばどのみち耳に出来なかった。かの地で役目を果たし、長い眠りにつき、そして、私が久瑠美に見つけてもらったように、成哉さんに見つけてもらった。令和の魂を宿した。この街は多くのモノを惹きつける渾沌とした街だと思っています。同じような奇跡が同じ街で起きても、不思議ではないでしょう。前回は私の陣営で刀を抜き、戦ってくれました。お会いしたいと仰るのならば、それを断る理由はありません。どのようなことを一緒にするのか分かりませんが、私でよければお受けしたいと思います」
「オーケー。じゃあ、さっそく今夜にでも行ってみるか。場所はすすきの神社なんだ。この前は深夜だったから、同じ時間に行けばあの武士に会えるだろ。武士は人間じゃないから連絡も約束もできないだろうし。こっちが合わせて会いに行くしかない」
「わかりました。そうしましょう」
即断、即日決行。すすきの交差点で何か儀式みたいなことをやるだなんて荒唐無稽に聞こえる話だが見る価値はあるだろう。特別な人間に拾われて魂を手にした妖刀と日本刀。儀式の目的もやり方も未だ分かっていないし、教えてもらっていないけど、それを含めてきっと面白くなるはず。俺のトラブルで全部わかっていたことなんて一度もないからな。
ああ、だからこそ、それだけで俺はわくわくしてしまうのだ。妖刀使いのことも、武士の存在も知っているから余計に。許してくれ。不可思議は好きだ。不思議なことは興味が出てしまう。俺は俺が知らないことを知りたいのだ。だから、俺の知らない人間が知らないトラブルで困っていると依頼されると自分でも不謹慎だと思うが、嬉しくて楽しくなる。
誰かが困っているのを見るのは楽しくて、それでこそ人間の社会の人間だと実感できる。手のひらを目の前に差し出してぎゅっと握るように実感できる。絶望で膝を折る困難を、抱えた絶え間なく続く漠然とした不安を、泣き寝入りして今は過去の遺物となった夢を。全ての不条理との出会いを探し求め、底のない谷を飛び越えて行くのだ。
そうでなきゃ、何年もこの街で楽しく走り回っていないさ。