眠れない夜だった。俺は水を一杯飲んで家を飛び出す。行く宛も無いので自然と足は〝すすきの〟に向かう。
すすきの交差点。札幌駅前通と南4条通りの大きな通り二本が交わる大交差点。六色のLEDが光る、右手にグラス、左手に穂を持つW・P・ローリー卿、ニッカウヰスキーおじさんが象徴的。半世紀この交差点を見守っている。映画やテレビで良く登場する有名人。〝すすきの〟といえばここ文字通り看板名所。道内外問わず使われて親しまれている場所だろう。
〝すすきの〟は開拓者が退屈で帰るのを防ぐために赤線(青線)、飲み屋街を作ったのが始まり、とよく言われるがそれは明治の話。キャバレー、ツブ焼き屋台、桃線、トルコ風呂。後世の人間は時折これらの性文化、慣習を勝手に問題視しているがそれは昭和の話。バブル平成以降の話は記憶に新しいだろうから、語るまでもない。あ、若い子は知らないか。各自調べておくように。
この街は良くも悪くも〝愉しい〟街。性欲全開人間が、ガールズバー、キャバクラセクキャバ、ホスト、クラブ、ラブホテル、風俗店、ソープ、デリ、ホテ、ファッション、イメクラ、ピンク、セクキャバ、おっぱぶ、ツーショット、エスエム、エロエステ、メンエスなど豊富な品揃えで遊ぶイメージがどこかにあるのかもしれない。昔も今も遊郭だからな。同じ言葉でも今と昔では捉え方のも意味も違うけど。言葉は時代と共に変わる。
居酒屋でしこたま飲み明かし、外に出て隣のビルをなんとなく見ると、そのビルの一階は「風俗YOASOBI」二階が2時間980円飲み放題串居酒屋、三階が激安ビジネスマン向けお一人様ホテル、なんてそこら中にある。仲良く同居。
〝すすきの〟は風俗びっしりなのに治安が良いのも好かれるひとつ。大人が下心全開で遊ぶ街、と言うのはこの街に対する古い知識。若者も女性も普通に楽しめる街。ノンアルが主流、飲み会でお酒を飲まないのは当たり前の時代。古臭いモラルでここを見るのは失礼ってね。まあ、表に出てこないだけで違法な店がないわけじゃないんだろうけど。タカみたいな奴が居るのは否定できない。でも、水商売の人たちを下に見ることは決してしてはいけない。ガチ恋も。ガールズバーで爆発が起きたのは記憶に新しいだろ? 痴情のもつれが原因らしいけど、果たして。二十代の女の子と四十の男だっていうから。それと、十代から
あっ。その前の年もラーメン屋が爆発していたな。〝すすきの〟で爆発は良くあることかもしれない。
治安の話に戻そう。俺が今信号待ちをしているこの〝すすきの交差点〟には少し客引きがいるんだけど、しかしそれもカラオケか普通の居酒屋だけだ。裏道一本入っても悪い店に誘導するチャラい若者は殆どいない。映画みたいに露骨な人はもう絶滅危惧種。現実は警察がしっかり治安維持している。何も知らない観光客も、よほど変なところ行かない限りは安心して歩ける。無料案内所に興味本位で入店しても、風俗店だけでなく普通に美味しいラーメンの店を教えてくれる。ネット検索も、案内所の紹介所も違法非合法な店へ誘導することはほぼ無い。水族館もできたのだ。ガチャガチャ専門店も増えた。何も考えずに子供でも楽しめる良い街ってこと。おやっさん大活躍。まあ、妖刀使いが夜な夜な現れるから、夜は絶対安全とは言えないかもしれないが。
ウィキペディアによると、〝すすきの〟の地名には諸説あるらしく、そのひとつに開拓使が遊郭を作る時に工事監事の「薄井」さんの名前から名付けたとある。これに測量担当の人が悔しがって、藤井町も名付けられたと。当時は、藤井町、仲の町、柳川町があったらしいが福島、津軽、上磯通りと法律によって変わった。結局名前は残らなかったんだね。今でも南4西3、南5西3の境通を仲町と呼ぶのはこの名残だとか。記録から消えても呼び名は変わらず残った。へぇ、物知りだなウィキ。藤井さん残念。
もう少し歴史のお勉強をしようか。すすきのに遊郭が作られる前、札幌の創世記は創成川周辺だと聞いたことがある。不確かだけど、人が住み着いたのは平安時代辺りの事だとか。開拓前の何も無い時だからそれこそほとんど記録にないだろうし、真偽も分からないけど、一番最初に川へ人が集まるのは世界史で習った文明と似ている。ほら、世界四大文明って大きな河の近くじゃん。
令和現在の創成川は周辺が公園になっている。創成川公園。緑地に近いかな。さっぽろテレビ塔の近く、と言えば道外の人に親切だろうか。
あの赤い塔、さっぽろテレビ塔は十年前ぐらいに工事してアンテナ短くなって高さが変わっていたらしいんだけど、つい最近まで誰も気がついていなかったんだ。三メートルぐらい縮んだとか。ふーん。俺も知らなかった。あっ、そのうちこのテレビ塔の話するから。アレも厄介なトラブル。
ここまでは俺らしくない話。歴史好き、若しくはガイドの説明がないと観光を楽しめない観光客には好かれる情報だろうけど。ほら、料理の食材とかうんちく無いと楽しく食事できない人いるじゃない。同じ同じ。おっ、そろそろ信号が青になる。
ニッカウヰスキーおじさんの西、道路一本挟んで向こう側に、旧ロビンソン百貨店、ラフィラを建て替えて作ったココノススキノがある。外からだとでっかい大型ビジョンが目立つ。ココノススキノの北、道路一本挟んで向こう側にマクドナルドやサイゼリヤがある。その東、道路一本挟んで向こう側にココイチがある。今のすすきの交差点は大雑把にこんな感じだろうか。今の時間、深夜は全部営業終了だから交差点から離れ無いと。さて、どこに行こうか。
夜の〝すすきの〟を散策していると、小さな神社を見つけた。神社? こんなのあったっけ? 暗くて文字がよく見えないけど、でもこれは神社だな。ずっと前からあったんだろう。つまり俺はいつも素通りしていた事になる。これは大変失礼致しました。
俺はお詫びとご挨拶をしようとお参りをした。小銭を賽銭箱に、と思ったら賽銭箱に蓋が。なんと、お賽銭は今キャッシュレスなのか。時代だな。仕方なくQRコードでピッピィ! しかし何度聴いてもこの音は、単三電池手持ちゲーム機の赤緑カセット、お月見山で出てくるぬいぐるみポケの鳴き声……。
手を合わせてお参りを終えてラーメンでも食べて帰るかなと思い振り返ると、そこに武士がいた。えっ?
「茨戸殿。探しておりました」
「お、お前は『令和鐘捲持斎通家継承、戦国無頼一刀流、景久弥五郎』!前に戦ったな。何しに来たんだよ。それと、何でお前金色に輝いているんだよ。眩しくないLEDみたいな光だな」
この武士の読み方が分からない人は第十五話を読んでくれ。読んでも覚えられないと思う。よく覚えていたな、俺。
「他でも無い。妖刀使いを呼んで欲しいと、お願いしたかったのです。この場所に、妖刀使いを」
「妖刀使い?なんだよ、また代理戦争でも始めるつもりか?」
「違いまする。妖刀使いと共にやらなければいけないことがあるのです。あの大きな交差点で、やらなければ」
「すすきの交差点?なんで?」
「それは私が今ここで、この神社で茨戸殿を待っていた事が理由であります」
「え?」
なんて意味深な言葉。
どうやら今回巻き込まれるのはトラブルじゃなくて、面倒事。いや、面妖事かもしれない。