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シン・ホロ・クラウディレッド01

「遅いなあ、成哉」


 2025年の夏。今日が何日だったかは、殴り合ったので良く覚えていない。そう。今回は暴力。拳やら拳銃やらで解決するから、苦手な人は閉じてくれ。


 そういえばいつだったか。夏の日に呼び出されて熱中症寸前でアイスクリームおじさんになりかけた日があった。今日も暑さで朦朧としている。だからだろうか、あの日のことが浮かび上がってくる。確か、あの時は女子高生(白黒姉妹は高校生ではなかったけど)のパンツの色を妄想していた。ふしだらな男である。


 もちろん俺が自発的に覗いたわけではない。言い訳にしか聞こえないが、うっかり見えてしまったが正解なので俺に非はない。本人たちが気づいたかどうかは分からない。聞いていない。だって、「可愛いパンツが見えているぞ」なんてそんなことを直接言えば、見えた事を白状していることになる。それに、恥ずかしい思いをさせるのは可哀想だったからな。だから二年間黙っていた。でも、そろそろ時効かなと思って。女の子のパンツをみてしまった罪は二年。ここで二年越しの正解を言うと、ひとりは黒のレース、ひとりは白の星が散らばった水色の可愛いパンティーだった。俺にも彼女たちにも非はない。俺に罪があるだけ。勉強になった、ということにしておく。


 ちなみに、どっちがどっちだと思う? 白黒姉妹。寡黙な白とおしゃべり黒。(大人の)黒レースと(かわいい)水色。想像に任せるけど。以外とこっちが……なんて想像していたら炎天下で朦朧としていた俺と変わらんからやめておけよ。「つい出来心で」の言い訳が許されるのは初犯の小学生のみ。以降、犯罪である。うっかりも偶然もたまたまも罪。修学旅行の温泉も、強風の時の自転車も、ジャージなどで対策されていて逆にそれが女子側が意識しているのだと朦朧(妄想)する。いつの時代でも見えないものを見ようとする。まったく、男はバカしかおらんな。



 黒い大きな車が止まった。今日は迎えが無事に到着した。それにしても、三十分遅刻だぞ。熱中症になるぞ!


「よお、暑いな。おっ、車は冷房が効いている。ありがたい」


「呑気なものだ。せいぜい涼めといい。出せ」


 車が静かに走り出す。ほら、今の車って走行音が静かなのが売りだろ。静かな密室。お喋りには最適だな。


「それで、今日は何の用?ビッグボス直々に呼び出しなんて」


「おまえ、最近ノルベサに行ったか?」


「ノルベサ?」


 補足。道外の読者皆様はきっと〝ノルベサ〟と聞いても何のことやらと思うだろう。


 説明しよう。ノルベサとはフランス語の北「ノル」と北海道弁「べさ」を合わせてできた言葉。2006年に開業した商業施設、建物の名称だ。


 開業当初は少し営業に苦しんだらしいが、お笑いイベントや日ハムのパブリックビューイングなどで人気と知名度を集め、有名店を勧誘して定着。店舗数を増やしてきた。今や〝すすきの〟を語る上では外すことが出来ない施設。カラオケ、ボウリング、大手アニメグッズ店、ゲームなどを取り扱う店、ケンタッキー、カラオケ、居酒屋、ダーツバー、アクセサリーショップ、二郎系ラーメン、専門学校まで。あ、そうそう。博多ラーメンのチェーン店が出来たときは大行列だったんだぜ。


 そのノルベサには観覧車が屋上に設置されている。四国の松山と同じ形式。フレーム、ゴンドラの色は赤。赤い観覧車。七番ゴンドラだけ黄色らしいけど、見たことないや。


 ゴンドラにはヒーターが設置してあるので冬も楽しめる。バリアフリーで車椅子も乗れる。一周約九分。カラオケも設置されていて、観覧車一周の間に歌を歌うことができる。やったことないけど。


 学生が考えたデザインのラッピング、雪ミクのラッピングが採用されることもある。〝すすきの〟観光に来た時、あんなところに赤い観覧車があるな〜と思ったみんなは通り過ぎずに覗くだけ覗いてくれ。観光客向けというより、我々札幌地元民カップル、青春学生などの娯楽施設に見えるかもしれないが、観光客も歓迎しているだろうから。


 まだまだココノススキノに負けていない。ラフィラの事は05話で少し触れたな。松坂屋、ロビンソン百貨店、ラフィラ。46年の歴史に幕を下ろして2020年に解体。〝すすきの交差点〟の一画に新たな顔として一年半前にオープンしたのがココノススキノ。今八月だから、もうすぐ二年か。はやっ。つい最近出来たばっかりのイメージ。駅前にもヨドバシが移転する建物(西武札幌跡地)がそのうち出来る。だけど新幹線札幌延伸は延期に延期。どうなるんだろうな、この街は。


 赤と言えば、この街に象徴的な建物がもう一つある。札幌テレビ塔である。


 今年三月。文化財登録制度に基づき、日本国によって文化財登録原簿に登録された有形文化財に札幌テレビ塔が指定された。過去、テレビ塔の地下には映画館(地下街が繋がって閉業)があり、上階にはプラネタリウムがあり(壊されて閉業)、テレビ塔はいつも街の中心だった。展望台に上がるのに一時間待ちが当たり前だった昭和。1956年からずっと札幌を見守っている。令和の今もなお愛され、雪まつりの時季などは多くの観光客が立ち寄っている。



 先に言うと、今回のトラブルはこの二つの赤がメイン舞台になる。 



「ノルベサか。そうだな……カラオケに行ったかな?」


「そうか。あそこに地下があるのを知っているか」


「地下?ああ、二郎系ラーメンとかがある」


「いや、そこじゃない。もっと地下だ。地下深く。地下のさらに地下に、〝チカ街〟という空間がある。都営大江戸線より下だ。チカは魚のチカだ」


「魚?チカって云う魚?」


「そうだ。冬に湖の氷に穴を開けてわかさぎ釣りするだろ。新篠津とか。同じようにサロマ湖で氷に穴を開けて釣ると、わかさぎに似た魚が釣れる。チカという。わかさぎと違い海の魚だ。サロマ湖は海に繋がっている汽水湖だから釣れる。近年は暖冬で凍らない年も多いと聞くが、魚はどうでもいい。大切なのは名前だ。俺たちの世界では名前が大事だ。隠語に使うとしても、言葉が大切だ。そしてその〝チカ街〟はあの大きな赤い観覧車の下にある」


「へぇ。なんかヤバそう。地下深くのチカ街とか。善良な一般市民だから知らなかった。その口ぶりじゃ、普通の人間は見ることも入ることも出来ないんだろ?犯罪臭がするな。氷永会がフードバトルとか開催してるとか?俺の胃袋は宇宙だ、みたいな」


「違う。降ろすぞ」


「冗談だよ、笑ってくれよ。それで、今回はどんなトラブルなんだよ」


「蛟劉だ」


「コウリュウ?どんな漢字?」


「中国の伝説上の生き物で調べろ。今はそれで良い。これも言葉遊びだ。隠語と云うのは、言葉遊びが発展してできるものだ。隠すために使うものではあるが、わからなくならない程度のアレンジに留めて置かなければいけない。だから、中国の伝説というのは強ち間違いじゃない。その蛟劉は〝死の決闘者〟のチームの名前だ。今回の敵。厄介な人間だ」


「死の決闘者?なにそれ」


「チカ街は闘技場になっている。闘技場という名前ではあるが、実際はプロレスのリングだ。その闘技場は殺し合いのコロシアム。観客はどちらかが死ぬのを賭けて、楽しむ。選手はトーナメント形式で殺し合いを行って勝ち進み、優勝した人間だけが景品を手に出来る」


「景品?」


「ああ。特別なクスリだ。狸小路で捜索を受けた一般販売の脱法ドラッグレベルではない。氷永会が取り扱っている真面目な正規品スピードレベルでもない。もっとヤバいヤツだ。そのクスリの名前を“チカ・フィッシュ”という。チカはさっきの魚が由来。〝チカ・フィッシュ〟を取り扱っている事からその闘技場のある場所を〝チカ街〟と呼ぶ。今回はその殺し合い、死の闘技場で〝死の決闘者〟〝蛟劉〟を潰すことがお前の任務だ」


「まじかよ」


「ああ、大マジだ。ハードボイルドだろ。殺してこい」


 なんてこった。しかし、それはハードボイルド言うよりバイオレンスだろ。



 ビッグボスの命令に逆らうことのできない俺は、今この時、その死の闘技場に放り込まれることが確定した。まじかよ。えぇ……死にたくないよぉ。



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