「もう、刺さないのですか?」
すでに先ほどのような興奮はおさまり、狂気の笑みをおさめた男性に問う。
「あぁ、もう満足だよ」
そう、男性はその返り血のついた顔で、爽やかに笑って返した。
「君は、僕のことを通報したりはしないのかい?」
そう問われ、今気づく。
「そういえば、殺しって犯罪だったっけ」、と。
つい、その楽しそうな笑みに
「もう、いいかなって」
両親が殺されたとはいえ、特に僕は男性に恨みなどを持っているわけではない。
僕の陰の薄さは、家族内でまでも無駄に発揮されていたのだから。
「僕、家族にも存在忘れられてるようなものですし」
「え?そうだったのかい?」
妙に困惑したような雰囲気を出す男性。
「僕、一応君の父親の部下なんだ」
「え?」
「それで僕、君の父親にいじめられていたんだ。その時に、『お前も俺の子供のようにするぞ』的なこと、何回も言われてたから。君のこと、忘れていたことはないと思うよ」
父さん、僕のこと覚えてたんだ。
部下をいじめいたという事実より、そのことが、いちばんの驚きだった。
「ふふっ、驚いているね。自分の父親が部下をいじめておるだなんて思わなかったかい?」
「いや、僕のことを覚えていたのがびっくりで...」
「そっちなのか」
呆れたように笑う男性。
気になった僕は、もう聞いてみることにした。
「あの——殺しって、楽しいんですか?」
「楽しいよ」
間髪入れずに答える男性。
あまりの返答も早さに驚き、その顔を見る。
そこには、さっきと同じ美しさの中に狂気を含む笑みが浮かべられていた。
「君に、嫌いな人種はいるかい?」
嫌いな人種、そういえば、これまで考えたこともなかった。
嫌い...嫌い...
その問いの答えを考え、思いついたのは。
「...目上の人の前ではいいツラ被ってる自分勝手ないじめっ子とか」
僕のクラスにもいる、カーストトップに居座る系の人種だった。
「じゃあ、その嫌いな人種が自分に媚び、へつらい、最後に絶望しながら死んでいくその様を思い浮かべてみてよ。きっと、気持ちいよ」
確かに、そうだろう。
きっとそのようなことがあったら、僕は本当に笑えるだろうと、想像するだけでもそう思える。
「うん、まぁ、僕の答えを聞いて君がどう思ったのかを僕は知らない。だけどまぁ、好きに生きてみなよ。——どうせ、生きた先にあるのは『死』というバッドエンドなんだ。いくら僕たちが人を殺そうと、それは『終わり』が早まるだけ。いくら他人に何を言われようと、僕たちがそれを機に追う必要はないさ」
確かに、一理ある。
そう、納得してしまった。
「それじゃあ、僕はもういくよ。別に僕は君まで殺したいわけじゃないからね」
そういって、男性は軽く服を洗い流してから去っていった。
僕は、先ほどの男性の言葉について、考えていた。