俺が当主の前で刀を抜いたことで、控えていた衛兵たちが一斉に俺とユウキを取り囲んだ。
「リザードマンが! なにをしたかわかっているのか!!」
衛兵の一人が槍を向けて聞いてくる。俺は一切物怖じせず、言葉を返す。
「アンタらこそ、ウチの姫様になにをしたかわかっているのか」
俺が睨みつけると、衛兵たちは一歩、後ずさった。
「やめろ」
当主が手を挙げ、衛兵たちを下げさせる。
「……貴様はユウキの守護騎士、リザードマンのダンザ=クローニンだったな?」
「その通りでございます」
「ユウキが体内に魔神を宿していることは知っているな?」
「はい」
「あのロザリオはその魔神を抑えるための物だった。お前はそれを壊したんだ。もしも、ユウキの魔神が暴れ、被害を出した時――責任はお前にあるぞ」
冷たい瞳で、冷淡な口調で、当主はまくし立ててくる。
「その心配はございません」
「なに?」
俺は鞘に収まった刀を軽く指で弾く。
「もしも魔神が出てきても――俺がぶった斬りますから」
当主は目を見開いた。魔神を倒す……それはきっと、この家にとってはとうの昔に諦めていたことなのだろう。それをやると言った俺に、驚きを隠せないようだ。
「随分とユニークな守護騎士を手に入れたな、ユウキ」
「お父様……」
「お前の従者が私からお前への贈り物を斬ったという事実が、どういう意味を持つか……よく考えておけ」
「……はい」
「とりあえず、一旦は不問とする。二人とも下がれ。式典を続行する」
その後、今の出来事が嘘かのように、式典は平然と進められ終了した。
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「しんっじられません!!」
式典が終わった後、俺は本邸の中庭、その隅っこでユウキお嬢様に詰められていた。
「余計ないざこざは起こすなと言いましたよね! なにやってるんですか! 私のレンガ一個分しかなかった立場がコイン一枚分までなくなりましたよ! 私のこの家での立場は言いましたよね!? アレぐらいのことで衝動的にならないでください!! ロザリオを破壊するにしても別に式典の後でもよかったはずです! お父様の目前で壊す必要ないでしょう! わかってます!? 反省してますか!!?」
「……珍しく饒舌だなぁ」
「饒舌にもなりますよっ! まったく!」
お嬢様はぷんすか激おこモードだ。
腕を組み、そっぽ向いている。けど……さっきまでの表情の暗さはない。
「でも……一応、言っておきます」
お嬢様はそっぽ向いたまま、小さな声で、
「ありがとう……」
喉の奥から、絞り出された一言。
これを聞いてしまったら……反省なんて無理だな。
「おーい! ダンザ!」
手を振りながらドクト、そんでドクトの主の美少年ノゾミ君がやってきた。
「さっきは派手にやったな~。みんなむっちゃキレてたぜ~?」
「お前まで俺を叱りに来たのか?」
「まっさかぁ~。むしろ良い見世物見れてホクホクだよ。ただお前に言いたいことはあるけどな」
ドクトは薄ら笑いを顔から消し、真剣な顔をする。
「ダンザ、お前がやったことはこの家に仕える者としては間違いだ。だが人間としては間違いじゃない。――これだけは言っておきたかった」
「ドクト……」
軽薄な男だと思っていたが、改めないとな。
「調子に乗らないように」
「ぐっ! わかってるってユウキ様」
「あ、あの!」
ノゾミ君が前に出てきて、俺の右手を両手で握ってきた。
「へ?」
「さっきの抜刀術、感動しました! あれほどのキレ、スピードの抜刀術は見たことがありません! 師範は誰ですか? その刀、どこで手に入れたのですか!? 普段やってるトレーニング法とか教えて――」
興奮するノゾミ君を、ドクトが抱えて俺から引きはがした。
「はーい、ノゾミさま~。あんまりこの二人と仲良くしてると俺たちまで立場悪くするからもう行きますよ~」
「ちょっ! なにをするんだドクト! お前ばっかあの方と話してずるいぞ!」
ノゾミ君ってもっとクールな感じだと思ってた。あんな情熱的なタイプだとは。
「やれやれ。また一層、私への迫害は強くなりそうですね」
「悪かったよ」
「もういいです。私がなにをされようとも、あなたが隣で守ってくれるのでしょう?」
ユウキの俺を見る瞳が、いつもと違って輝いて見える。
信頼ってやつが宿っている気がした。
「無論だ」
この一件で、それまでどこか距離のあった俺とユウキとの関係が……一気に詰まった気がした。