夜。
俺はユウキの部屋に来ていた。今日、ハヅキから聞いた片腕の無い男の話をするためだ。
俺の話を聞くと、ユウキはコーヒーを飲む手を止めた。
「そんな怪しい男を部屋に入れるなんて、お父様らしくありませんね」
「……」
俺が黙っていると、ユウキが顔を覗き込んでくる。
「? 誰か思い当たる人物でもいるのですか?」
「いや……」
知り合いに一人いるが、まさかな。そんなわけない。アイツがここにいるはずがない。
「外部から雇った殺し屋とかじゃないのか?」
俺の問いにユウキは頷く。
「現状、それに類した存在である可能性が高いですね」
どんな相手だろうが倒す。そのためにあの神竜の中でジックリ修行したんだ。自信もある。負ける気はしない。
でもなんだ……この胸騒ぎは。なんだか嫌な予感がする。
「ユウキ」
「なんでしょう」
「今日から出発の日まで一緒の部屋で寝ないか?」
「ごほ!」
ユウキは咳き込み、口に含んだコーヒーを吐いた。
「おいおい、はしたないぞ」
「あなたが変なことを言うからでしょう!」
ユウキは頬を赤く染めている。
さすがに年頃の娘か。相手がリザードマンだろうと、異性と同じ部屋に眠ることに抵抗はあるよな。
「一緒の部屋の方が護衛しやすいから、同じ部屋で寝た方がいいと思うんだがな……」
「今回、狙われているのはあなたでしょう? 私を守る意味がありますか?」
「それは……そうだな」
「むしろ、私が近くにいると足を引っ張ることもあるでしょう」
「さすがにそれはない。お前は優秀だ。俺の枷になることはない」
と正直に言うと、ユウキは頬をさらに赤くする。
「……それは嬉しい評価ですけど、同じ部屋で眠るのは……」
もじもじとするユウキ。
無理強いはせず、俺は引き下がる。
「わかった。やめておこう。悪いな、変なこと言って」
「いえ」
過保護が過ぎたな。主人と従者の関係を越えた発言だった。反省だな。
「でも日中はなるべく一緒に行動してほしい。買い物に行くにしても、ガーデニングするにしてもだ」
「わかりました」
話を終え、俺はユウキの部屋を出る。
自分の部屋に戻り、刀を抱いたまま俺は横になる。
「……ザイロス……」
左腕のない男、その特徴に該当する人物を俺はアイツ以外に知らない。
ザイロスは執念深い男だ。ここまで俺を追ってきた可能性も僅かだがある。
だが……もし来たとして、アイツになにができる? ただでさえ実力に差があるのに、さらに片腕を欠かした状態で、聖剣もない状態で俺に勝てるはずがない。さすがに勝ち目のない勝負を挑むほど馬鹿じゃないはずだ。
気にするだけ無駄か。来たら叩き斬るまでだ。
---ユウキの部屋にて---
ユウキは部屋で一人、読書をしていた。
「なぜ……私は……」
文字を瞳に映しているだけで、ユウキの手はまったく進んでいない。
(一緒の部屋で過ごすこと。それが最善だとわかっているのに……なぜ私は拒否したのでしょうか)
ユウキは、先ほどのダンザの提案を突っぱねた自分に疑問を抱いていた。
ダンザに対し、怖いという感情はない。むしろ逆、安心感がある。なのにどうして、同じ部屋で眠ることを拒否してしまったのか……考えど考えど、答えは出ない。
「みっけ」
その答えの出ない悩みを抱いていたせいで、彼女は扉から部屋に侵入してきた男に気づかなかった。
「!?」
気づいた時には口を塞がれていた。素早い動き。ユウキとは違うレベルの人間。
口を塞がれてすぐに急激な眠気が襲ってくる。
(この香り……! 睡眠を誘う薬……!?)
ユウキは眠る直前、振り向き、侵入者の姿を見た。
その男は包帯を全身に巻いていて、その上から黒く、長い服を纏っており、左腕がなかった。
男は口角を吊り上げ、笑う。
「……はじめようかダンザ。俺とお前の、パーティをさぁ……!」