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第3話

美也子はうなずいた。


「いいよ」


そう言って、彼女は自分の席に戻ってた。

まるで圭介の言葉が聞こえなかったかのように、あっさりと受け流した。


その様子を見て、恵理の隣の席にいた田中萌が、すかさず立ち上がり声を上げた。


「ちょっと、美也子、どういうつもり? 薬を買うのがそんなに難しいわけ?」


「そこまで言うなら、いますぐにあんたが買ってきたら?恵理の親友なんでしょ?」


美也子は冷ややかに言い放った。


田中萌は憤然とした表情で睨み返してきた。


「それはあんたの仕事でしょ! なんで私が行かなきゃいけないのよ!」


?」


美也子は口元に薄く笑みを浮かべた。

その笑顔には、どこか冷たく突き放すような気配が漂っていた。


「私と彼女、何の関係もないのに、どうしてわざわざ薬を買わなきゃいけないの?」


生理くらいで、別に死ぬわけでも!

前世で自分が具合悪くなったとき、誰かが気遣ってくれただろうか?

そんなこと、一度もなかった。


田中萌は指を突きつけるようにして怒鳴った。


「だってあんた、圭介の家の使用人なんでしょ!?主人の彼女に薬を買ってくるのは、当然でしょ!」


その言葉を聞いて、美也子は圭介の方を見た。


「圭介、あなたが外で、私のこと使ってみんなに言ってるのね?」


突然の問いに、圭介の表情が一瞬揺れた。


それは、彼が高級車で通学を見たみんなが推測したこと、彼は否定しなかっただけ。

父親が美也子の家の運転手、彼はその運転手の息子にすぎないと、言えるわけがない。

このまま言い合いになって面倒なことになるのは避けたかった圭介は、さっと席を立ち、美也子の隣、つまり自分の席に戻った。


「買わなくてても結構、あとで自分で買ってくる!」


美也子は彼のことが好きなんだから、彼女が恵理に何か買ってくるのを嫌がるのも納得できる。

圭介の中では、そう結論づけていた。


彼は美也子を一瞥し、尋ねた。


「で、俺たちの昼飯は?」


薬も買ってこなかったけど、昼食くらいは買ってあるはず。

彼の分を恵理に譲り、どうせ美也子は、最後には自分の分を差し出す。


そう思っていた圭介に、美也子は落ち着いた口調で答えた。


「食べた」


「は?二人分全部食べたとも言うのか?」


淡々とした返事に、圭介の顔色が変わった。


「二人分も…食べたって?」


驚き混じりの声に、美也子は平然とうなずく。


「うん」


その様子を聞いていた前の席のクラスメイトが、見下すように言った。


「アンタ、豚なの? 二人分食べるとか信じられない…」


彼たちは昔から、圭介の顔色ばかりをうかがい、美也子を見下していた。

美也子はそんな彼らにも気を遣っていた。彼らは圭介の友人だから、自分が粗相すれば圭介に迷惑がかかると、彼たちから良い扱いを受けて欲しかった。

でもいま彼女は気づいた。自分が甘やかしすぎたことに。

圭介がクラスメイトたちに奢った食事代も、実は全部自分のカードから払っていたのに。


「自分のお金で食べてるのよ? 二人分どころか、二十人分でも好きに食べる権利くらいあるでしょ?」


美也子のその一言に、前の席の人の顔がさっと曇った。

そして、口の中でボソッと呟いた。


「何が自分のお金よ…どうせ全部圭介のおうちからのお金のくせに!」


美也子はもはや解釈することも面倒くさいと思った。

隣で圭介の表情が、みるみる険しくなっていく。

美也子は彼の分を買ってきてない?、彼はご飯食べてないだぞ!

彼女は、わざと彼を怒らせたに決まっている!


「いい加減にしろ、美也子。自分で選んだ道なんだからな? 今度こそ、すぐに謝りに来ないよう祈ってあげよう!」


そう言い放つと、圭介は立ち上がり、荷物をまとめ始めた。

そして、恵理の隣にいた田中萌に言う。


「席替えするから、お前は美也子の隣に行って」


彼が機嫌を損ねたとき、毎度こうして彼女を「罰」していた。

もともと彼と隣の席になったのは、美也子が頼み込んだからだ。

彼は彼女の家庭教師、隣にいれば、すぐに教えてあげられるからと。

でも思い返せば、教えてもらった記憶なんて一つもない。

ただ毎日、彼の下僕をしていただけだった。


圭介は腹の中で煮えくり返っていた。昼食も食べ損ね、恵理の体調も悪く、ぐったりしている。

彼は本気で怒っている!

窓際の席に座る美也子を睨みながら、彼は思った。

美也子が謝ってきたとしても、簡単には許さない。自分を怒らせた代償を思い知らせてやると。




学校が終わった後、校門前に如月家の高級車が停まっていた。美也子が門を出ると、すでに圭介と恵理が車に乗り込んでいるのが見えた。

彼女は急いで車へ向かう。


校内ではすでに「美也子が葛城圭介を怒らせた」という噂が広まっており、皆が彼女のリアクションを面白がって見ていた。

そんな中、美也子が平然と車に近づく姿に、生徒たちはざわつき出す。


「本気で圭介と縁を切ると思ってたのに、やっぱり追いかけてるのかよ」


「尽くす女はそう簡単に変わるわけないじゃん」


「圭介って本当に優しすぎ。私だったら、あんな身の程知らずの使用人の娘、即クビにする!」


皮肉や嘲笑があちこちから飛び交うが、美也子はまったく相手にしなかった。


車内に然のような顔で乗っている圭介と恵理を見て、何か言おうとしたその瞬間、圭介が先に口を開いた。


「お前、俺たちと家に帰らないって言ってたよな?」


美也子は呆れた。

図々しいにも程がある。


美也子は真っ直ぐ圭介を見つめて言った。


「あなたたちと一緒に帰らないって言った。だからって、うちの車に乗って帰っていいと言ってない!」


その一言に、圭介の顔が一瞬引きつった。

そうだった。この車は、如月家のもの。いつの間にか、その事実すら忘れていた。

美也子の真剣な眼差しに、「こいつ、頭がおかしくなったのか」と、彼は思えてくる。

だって、車に乗ることを許したのは、彼女自身だったのだから。


運転席にいる葛城の父親が後ろを振り返り、慌てて取りなすように言う。


「美也子、どうしたんだい? お坊ちゃまと喧嘩でもしたのかい?」


そう言って、圭介の方にも「彼女を大人しくしなさい」と目で合図を送った。

そんな空気の中、圭介は寛容な男を演じるように言った。


「まあいい、今日は見逃してやる。さっさと乗れ!もう一度チャンスをやる」


普段彼の言う通りにしているから、今回のことは特別に見逃す。

その言葉を聞いた瞬間、美也子は耳を疑った。


「もう一度チャンスをやるって? 葛城圭介、あんた、何様のつもり?」


「さっさと、彼女連れて、私の車から降りなさい!」


それにしても、彼の父親も図々しい。息子のことは「お坊ちゃま」って呼ぶくせに、彼女のことは「美也子」と呼び捨て?


その言葉に、周囲の見物人たちがざわめき始めた。


「ちょっと、あの女どいうことなの!? 圭介を怒鳴っているなんて!」


「信じられない…あれだけ優しくしてもらっておいて!」


「さっさと追い出されればいいのに。見てらんないよ」


せっかく彼が許してやったのに、美也子は急に頭がおかしくなって、全く折れようとしない。

圭介の顔は、完全に凍りついた。


「本気でそこまでやる気か?俺は、お昼の件を怒ってない上、お前を許すつもりだった。美也子、そのまま暴れ続けるつもりか?」


美也子は迷いなく答えた。


「今日から、この車に、あなたの席はない!」


彼はまだ冗談だと思っている!

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