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第4話

圭介は美也子の強気な態度に顔をこわばらせ、そのまま開き直った。


「いいさ!じゃあ自分で歩いて帰れば?」


全く悪びれる様子もなく、運転席の葛城に命じた。


「出して。」


葛城は車の外で立ち尽くす美也子と、息子の顔を交互に見比べ、これまで美也子が圭介にどれだけ尽くしてきたか思い出す。どうせ数日もすれば彼女の怒りもおさまって、また元通りになるだろう、と彼女の「わがまま」を無視してアクセルを踏み込んだ。


美也子は校門前にひとりぽつんと取り残された。


あまりのことに思わず苦笑が漏れる。父子の厚かましさには呆れるばかりだ。


周囲の生徒たちも面白がって騒ぎ始めた。


「これくらいやらなきゃ!自分を何様だと思ってるんだ?」

「ざまあみろ!もう調子に乗れないな。」


怒りに身体が震え、美也子は迷わず古いノキアの携帯を取り出した――これは圭介のものだった。


前の人生では、彼のプライドを守るため、自分の誕生日に父からもらったiPhoneを圭介に譲った。今、このゴツい携帯を見ると、ただただ腹立たしい。迷わず父に電話をかけた。


ほどなくして、あのマイバッハが引き返してきた。葛城は顔面蒼白で車から降りてきて、おどおどと声をかけた。


「美也子様……」


どうやら社長に叱られたらしい。


美也子は冷たく言い放つ。


「なかなかやるじゃない。」


葛城は困った顔で車内をちらりと見る。圭介はすでに恵理を支えて車を降りており、恵理は青ざめた顔で抗議した。


「如月さん、怒るなら私にしてよ!圭介君に八つ当たりしなくてもいいでしょう?彼はすごくあなたに優しいのに。」


圭介は恵理をかばうように前に立ち、険しい目つきで「もういいだろ」と吐き捨てた。


今日の美也子の行動は、彼の我慢の限界を超えていた。


二人が車を離れたのを見て、美也子は黙って後部座席に乗り込んだ。


窓を下ろし、外に立つ圭介をじっと見据え、はっきりとさようならと告げる。窓が閉まり、全ての視線が遮断された。


車が校門を離れると、葛城はミラー越しに美也子の様子をうかがい、内心穏やかではなかった。


まさか美也子が直接、如月社長に連絡するとは思わなかった。何度も迷った末、つい口を開く。


「美也子様、若い人同士のケンカなんてよくあることですし……後で圭介君からきちんと謝らせます。ですが……彼、今はバスで帰るしかなくて、帰宅が遅くなりそうなんです……」


「他の人はバスに乗れて、圭介だけはダメなんですか?」


美也子の声は冷ややかだった。


「葛城さん、給料を払っているのは誰かわかってますよね?私に指図したいなら、今すぐ辞めてください。」


圭介に気を遣ってきたせいで、みんな自分の立場を忘れている。もし父がいなければ、今日は本当に置き去りにされていたはずだ。


葛城は青ざめて黙り込んだ。





如月家に戻ると、家政婦の山本さんが迎えてくれた。美也子がひとりなのを見て、不思議そうに声をかける。


「お嬢様、お帰りなさいませ。圭介様は?」


美也子は歩みを止めずに言った。


「これからは家で圭介様と呼ぶ必要はありません。」


山本さんは驚いて固まった。思わず聞き間違いかと思う。お嬢様が……やっと目を覚ました?これまで美也子が圭介に夢中だったせいで、葛城親子さえも本分を忘れていた。


山本さんはずっと心配していたが、美也子の手前、口出しできなかった。今のひと言に、思わず目が潤んでしまい、慌てて頭を下げた。


美也子は山本さんを見つめた。


家でただ一人、本当に自分を思ってくれる人だ。前の人生では、山本さんが圭介に甘すぎるとたびたび忠告してくれたのが鬱陶しく感じ、遠ざけてしまった。


その後、圭介が家を仕切るようになって、山本さんが最初に追い出された……そんなことを思い出し、目の前で心から自分のために涙ぐむ山本さんを見ると、胸が締めつけられた。


美也子は声を和らげて「先に部屋に上がるね」と言った。


山本さんは慌てて返事をする。


「はい。それと、宗弥様がいらしています。今裏庭で真白と遊んでます。お帰りいただきましょうか?」


宗弥は如月社長が美也子のために決めた婚約者だが、美也子はずっと圭介しか見えていなかったので、宗弥のことは疎ましく思い、いつも山本さんに帰ってもらうよう頼んでいた。


だが最後の時、宗弥は自ら人を手配して病院へ運んでくれた。そして、ずっと自分を婚約者として気にかけていた……その事実を思い出し、美也子の心が揺れる。


「いいえ、私から会いに行くわ。」


美也子が裏庭に出ると、宗弥がしゃがんで真白に餌をあげていた。真白は美也子が以前どうしても飼いたいと駄々をこねて家に迎えた犬だが、圭介が嫌がったため次第に遠ざけてしまった。


まさか宗弥と真白がこんなに仲良くなるとは思わなかった。


宗弥は普通の高校の制服姿なのに、どこか凛とした雰囲気がある。


夕陽が彼の横顔を柔らかく照らしていた。前世で彼が出世しながらもずっと独身だったと聞いた時のことを思い出し、美也子の胸が痛む。


宗弥は餌をやり終え、ふと顔を上げて美也子が立っているのに気づき、少し驚いた様子を見せた。


彼女に冷たくされていたことを思い出し、距離をとって「如月さん」と静かに呼ぶ。落ち着いた声で、同い年とは思えないほど大人びている。


そういえば……彼女が亡くなった時、彼はすでに自衛隊の将補だった。模試では常に全国トップ。圭介が一番嫉妬していた相手だ。圭介はよく言っていた、「宗弥なんて家柄のおかげでしょ。俺に同じ環境があれば、もっと上に行ける」と。美也子もいつしか宗弥を敵視するようになっていた。


けれど、よく考えれば、二人の間に本当の交流などなかったのだ。


「何か用?」


美也子はこみ上げる思いを抑え静かに問いかけた。


「近くまで来たから様子を見に……」


宗弥はそう答え、美也子の黙った様子を見ると「すぐ帰るよ」と付け加えた。


そもそも会えると思っていなかった。真白と会えただけで充分だと。


「夕食、一緒にどう?」


思わず美也子の口から出た。


宗弥は一瞬驚いて、信じられないという表情を見せた。


「……いいの?」


「もちろん」


夕陽の光が美也子の表情を柔らかく照らす。


田中が食事の準備をしながら戸惑いがちに聞いた。


「圭介様をお待ちしますか?」


「待つ必要はないわ。」


いつも美也子が圭介に配慮していたので、家政婦たちは顔を見合わせた。


田中はそれ以上聞かず、「承知しました」と答えた。


美也子は思い出したように付け加える。


「葛城慎一にも伝えて。明日は来なくていいって。」


田中は少し驚いたが、すぐに「かしこまりました」と頭を下げた。


葛城慎一を解雇したあと、美也子はようやくダイニングに腰を下ろした。


宗弥はちらりと美也子を見ていたが、彼女が座ると少しそっけなく視線をそらした。


美也子は思わず心の中で苦笑する。


まさか、将来自衛隊の将補になる人が、若い頃はこんなに純情だったなんて。

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