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第5話

思わず、美也子は宗弥をからかいたくなった。


「なんでこっち見ないの?私って、そんなにブスなの?」


たしかに、成績は落ちこぼれだったけれど、顔立ちは悪くなかった。

幼い頃から大事に育てられ、日焼けすらしたことがない。

白く透き通った肌に、大きな瞳。まるでお人形のようだとよく言われた。

もし、あの時あんなふうに圭介に裏切られなければ、こんなに落ちぶれることもなかった。


宗弥はゆっくりと視線を戻し、「そんなことはない」と言った。

その声はいつも通り淡々としていたけれど、よく見ると、耳がほんのり赤くなっていた。


美也子は思わず笑みをこぼす。


「そうだ、宗弥って、勉強すごくできるよね?」


突然の質問に、宗弥は少し戸惑ったように、「それなりに」と返す。


「じゃあ、いい家庭教師とか知ってる?紹介してくれないかな?」


圭介に頼るなんて、もうこりごりだ。

二度と前世みたいに、お父さんが守ってくれるからと、何も考えずに生きていくつもりはない。


今のうちに、ちゃんと勉強しておかなくちゃ。


宗弥の周りには、きっと優秀な人材がたくさんいる。彼の紹介する人なら、信頼できそうだ。


「家庭教師……?葛城圭介がいるって聞いてたけど……」


彼も噂で聞いていたのだ。彼女の家で、クラスメイトの圭介が家庭教師として一緒に住んでいると。


「クビにした」


美也子はあっさりと言った。


圭介は、彼女を見下していた上、まともに教える気すらもなかった。

お金だけは受け取って、何の役にも立たなかった。


宗弥は少し驚いた顔をした。

けれど、真剣な美也子の様子を見ると、冗談ではないとすぐに気づいた。


彼は静かにグラスを持ち上げ、水を一口飲む。そして、少し緊張を隠すように、淡々と言った。


「ごめん、家庭教師はいない、自分で勉強してる。もし、迷惑でなければ、僕が毎日教えに来る」


とは言え、彼女が同意するわけがないと思った。


なぜなら、彼女はいつも自分のことなんて、見向きもしなかったのだ。

今日、こうして一緒に食事をするだけでも、夢みたいなこと。


ところが…


「本当に!?」


美也子はぱっと目を輝かせた。


予想外の反応に、宗弥は一瞬ぽかんとしたが、すぐにうなずいた。


「うん。君がよければ、いつでも」


「もちろんいいよ。でも、宗弥の勉強の邪魔にならないのかな?」


「大丈夫。そんなことはない」


表情にはあまり出ていなかったけれど、彼の目は優しくてあたたかかった。


実のところ、宗弥は高校の授業なんてとっくに終わらせていて、しかも名門大学への推薦も決まっていた。

けれど、それを言えば、美也子が気にしてしまうと思って、口には出さなかった。


「ありがとう!私、本当に成績が悪いから、嫌にならないで」


圭介も成績は良かったが、いつもイライラしていた。同じ問題でも一度教えて理解できなければ、すぐに怒鳴られた。


もともとは平均くらいの成績だったはずなのに、圭介に教えられれば教えられるほど自信を失い、成績はどんどん下がっていった。


「そんなことない。じゃあ、これからは学校が終わったあと、君の家に来るね」


二人は食事を続けていたが、宗弥は相変わらず静かだった。それを見て、美也子は料理を取り、彼の皿にそっと乗せた。


「遠慮しないで、ここは自分の家だと思って」




ちょうどその時、恵理を送って帰ってきた圭介が入ってきた。


すでに父親が解雇されたことを知り、帰る前に散々怒鳴られていた圭介。目に入ったのは、すでに料理に手をつけた食卓と、食事をしている美也子の姿。


彼の表情が一瞬で険しくなる。


「美也子!」


彼女は淡々と彼を一瞥し、無言で食べ続けた。


圭介は本当は、父のことを聞くつもりで彼女を探しに来たのだった。だが、テーブルの向こうにいる人に気づき、さらに顔をしかめた。


「何でそいつがここにいるんだ?」


かつての美也子は、彼に気に入られたい一心で、他の男子と距離を置いていた。

宗弥が家に来たときも、目も合わせずにすぐ追い返していた。


だが今、彼女は宗弥を席に着かせ、一緒に食事をしている。


「彼は私の客人よ。なにか文句でも?」


美也子が冷静にそう返すと、圭介は怒気を抑えきれずに言った。


「わざと呼んだんだろ?俺を怒らせるために!」


彼女が自分の一番嫌いな相手を招いたことが、気に入らなかった。試合でも、宗弥がいれば圭介に勝ち目はなかった。


宗弥は黙ってそれを聞いていた。


美也子は圭介をまっすぐ見て言った。

「考えすぎよ、圭介。あなた、そこまで重要ではないから」


前世の彼女にとって、圭介はすべてだった。全てを捧げて、信じて、尽くした。

でも今になって、彼女の目には、もはや嫌悪しか残っていない。


「他の男といると怒らせると思ってるのなら、目を覚ました方がいい!むしろ、誰かが引き取ってくれるなら助かるくらいなんだ!」


そう言い放ち、圭介は黙ったまま階段を上がり、自室へと引き上げていった。


美也子は黙っていたが、ふと視線を上げると、宗弥がじっと彼女を見ていた。

その瞳はどこか複雑そうで、少しだけ陰りを帯びていた。


「全部でたらめだから、信じないで」


宗弥はこのことで怒ったりしないようね?


少し不安になって言い添えると、宗弥は小さく「うん」と頷いた。


食後、美也子は宗弥を玄関まで送って行った。


「気をつけて帰ってね」


「うん」


彼はそれだけを言って、特に何も付け足さずに去っていった。


相変わらず口数が少ない。





美也子が家に戻ると、圭介が階段を降りてきた。


すでに制服は脱いでいて、白い半袖のシャツだけを着ている。あれだけひどいことをしてきたのに、顔が整っている関係か、凛々しくに見えた。


かつての美也子は、まさにその見た目に惹かれ騙されてしまったのだった。


「なんで、お父さんをクビにした?」


圭介は真っ直ぐに美也子を見つめて言った。


さっきまでは、宗弥がいた手前、口にはしなかった。

如月家の運転手の息子だと知られるのが、何より恥ずかしかったのだ。


「運転手を一人クビにするのに、あなたに説明する必要なんてある?」


「それは俺のオヤジだ!今日のことは全部、俺が言ったんだ。父さんは関係ない!文句があるなら俺に言え! 俺をクビにすればいい!」


「君をクビにする?」


美也子は一瞬、驚いたように目を見開いた。


「いいよ!」


「何言ってるの?」


圭介は目を丸くして、美也子を見た。


「前から、私のことバカにしてたでしょ?それなら、もう終わりにしよう。あんたはうちから出て来なさい。家庭教師なら、他を探すわ。あなたに教わってから、成績どんどん下がってる。正直、その給料に見合ってないのよ」


わがままを言っているだけだと思った、まさか…

彼をクビにする?

家庭教師をやめさせる?


「お前の成績が悪いのは、俺のせいじゃない!同じ問題、俺が恵理に教えたらすぐ理解するんだぞ!それを俺のせいに?お前がバカで物覚えが悪いが原因なんだ。そんなの、誰が教えたって同じだ!」


「それならそれで構わない。あなたと一切関係ない」


美也子は淡々と答えた。


「とにかく、うちから出ていって」


圭介は眉をひそめ、低い声で言った。


「…美也子。お前はまだ学生だ。もっと勉強に集中しろ。頭の中は俺との恋愛のことでいっぱいなんだから、そりゃ成績も落ちる」


「何言ってんの?」


圭介は鼻で笑った。


「今回の件もさ、どうせ俺と恵理が仲良くしてるのが気に入らなかったんだろ?俺が、お前と付き合いたくないから、ムキになって。だけど俺は、ちゃんと大学に受かるのが目標だ!お前と違って、家の金だけで一生食っていけるわけじゃない。だから、お前と付き合うはずがない!」


美也子は、まるで別人のようになった圭介を見つめた。言葉が出ないほど、呆れと衝撃が込み上げてくる。


数秒の沈黙のあと。


「は?誰があんたと付き合いたいって言ったの?あんた…どこからその自信が湧いてきたの?」


彼に惚れてさいいなければ、彼は何物でもない!

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