美也子は、どこか落ち着かない様子の宗弥を見て、からかいたくなった。「どうして私の方を見ないの?そんなに私ってひどい顔してる?」
成績は振るわないが、幼い頃から手をかけられて育ち、肌は雪のように白く、まるで磁器人形のような繊細な顔立ちだ。もし前世で圭介に陥れられなければ、都内の団地で朽ち果てることもなかっただろう。
宗弥は再び彼女の顔に視線を戻し、落ち着いた声で答えた。
「そんなことはないよ。」
表情は淡々としていたが、よく見ると耳がほんのり赤く染まっていた。
美也子は口元に微笑みを浮かべ本題に入る。
「ねえ、あなたってずっと成績がトップなんでしょ?」
「まあ、それなりに」
珍しく積極的に話しかけられ、宗弥は少し戸惑いながら答え。
「ね、信頼できる家庭教師、誰か紹介してくれない?」
美也子は真剣な表情で尋ねた。圭介にはもう期待できない。今世では、前みたいに父親の庇護に甘えてぼんやり過ごすわけにはいかない。生まれ変わったこの機会に、きちんと勉強に向き合うつもりだ。宗弥の持つ人脈と情報は、間違いなく近道になる。
「家庭教師を探してるの?あの圭介は……」
宗弥は言いかけて口をつぐむ。圭介が美也子の家庭教師として如月家に居座っているのは、以前から知っていた。
「もうクビにした。」
美也子はきっぱりと言い切る。圭介はもともと彼女を見下しており、少しも忍耐がない。あの家庭教師代なんて、まるでドブに捨てていたようなものだ。
宗弥は一瞬驚いた表情を見せたが、彼女の強い決意を感じて、手元のグラスを取ってその動揺を隠そうとした。
「僕は家庭教師を頼んだことがなくて、全部自分で勉強してるんだ。もしよければ……これから毎日、君の勉強を手伝いに来ようか?」
言い終えて、断られるものだと覚悟していた。何しろ今まで、彼女は顔を合わせることすら避けていたのだから。
「本当に?」
思いがけず、美也子の目がぱっと輝いた。
宗弥は心の中で小さく動揺しつつ、すぐにうなずいた。
「君さえよければ、僕は大丈夫だよ。」
「もちろんお願いしたい!」
美也子は嬉しそうに言う。
「でも……あなたの勉強の邪魔にならない?」
「問題ない。」
宗弥は優しい目で答える。
「全然気にしなくていい。」
高校の勉強はとっくに終えているし、推薦入学も決まっている。だが、それをあえて口にすることはなかった。
美也子はほっと安堵の息を漏らす。
「本当に助かるわ!私、基礎ができてないから、嫌わないでね。」
圭介の冷たい態度や辛辣な言葉を思い出し、胸がざわつく。前世では、彼の指導でどんどん自信を失っていったのだ。
「嫌うわけがない。」
宗弥は静かに約束した。
「じゃあ、これからは放課後に寄るね。」
食事の席で、宗弥が静かに食べているのを見て、美也子はさりげなく料理を取り分けてあげた。
「遠慮しないで、うちみたいに思って。」
ちょうどその時、恵理を家まで送った帰りの圭介が、怒りにまかせて部屋に飛び込んできた。父親がクビになったことを知り、葛城慎一にも叱られたばかりだ。食卓に並ぶ食事と、美也子の隣にいる宗弥の姿を見て、顔色が一気に険しくなった。「美也子!」
美也子は冷淡に一瞥を送り、そのまま食事を続けた。
本来、父親の件を問いただしに来たはずが、宗弥の存在に激しく苛立ち、「なんでこいつがここにいうんだ?」と声を荒げる。
以前は自分に気に入られようと、他の男と近づくことすら避けていたはずの美也子が、宗弥を食卓に招くなんて。
「彼は私の客よ。文句ある?」
美也子は顔を上げて言い返す。
「わざわざ呼んで、俺を怒らせようってわけか?」
圭介は勢いよく椅子に座り問い詰め寄る。
宗弥の存在がある限り、どんなコンテストでも一番にはなれない。それが気に食わないのだ。
宗弥は黙ったまま、口を挟まない。
美也子はただ呆れたように、
「考えすぎよ。あなたのためにそんなことしないわ」
前世では彼を神のように崇めていたが、今となってはただただ煩わしい存在だ。こんな男と関わっても、また同じ過ちを繰り返すだけだ。
圭介は鼻で笑う。
「他の男と一緒にいれば俺が気にすると思ってるのか?むしろせいせいするよ、これでお前に付きまとわれなくて済む」
そう言って乱暴に立ち上がって自室へと駆け上がっていった。
「……っ」
圭介が去った後、向かい側の宗弥の視線が少し複雑になっていることに気づいた。彼女は念のために説明した。
「気にしないで、あいつの言うことなんて。」
誤解されていないだろうかと少し不安になる。
宗弥はただ「うん」とだけ答え、表情からは感情を読み取れない。
食後、美也子は宗弥を玄関まで見送った。
「気をつけて帰ってね。」
「ありがとう。」
宗弥は相変わらず寡黙にそう言い、背を向けて去っていった。
美也子がリビングに戻ると、圭介がすでに半袖シャツに着替えて階下に降りてきていた。認めたくはないが、彼の容姿は整っていて、どこか人を欺くような爽やかさがある。前世の美也子は、この外見に騙されて全てを失ったのだ。
宗弥の前で恥をかいた怒りを押し殺しながら、圭介は問い詰める。
「どうして俺の親父をクビにしたんだ?」
宗弥の存在を避けることで、自分がただの運転手の息子だと知られたくなかったのだ。
美也子は眉をひそめた。
「運転手を一人クビにするのに、あなたに報告が必要なの?」
「俺の父親だぞ!」
圭介は声を荒げる。
「今日のことは俺が指示したんだ!クビにするなら、俺をクビにしろ!」
美也子は目を細め、口元に笑みを浮かべる。
「いいわよ。」
圭介は驚いた。
「今、なんて?」
「前から私のことバカにしてたでしょ?」
美也子は軽やかに言う。
「ちょうどいいわ。高い家庭教師代を払う価値もないし。荷物まとめて、うちから出て行って。あなたが教え始めてから成績は落ちる一方だし、そろそろ交代の時期よ。」
圭介は耳を疑った。本気でクビにされるとは思わなかった。如月家に居座る唯一の理由を、今、断ち切られてしまうとは。
「お前の成績が悪いのはお前がバカだからだ!」
圭介は逆上し、思わず暴言を吐く。
「同じ問題でも、恵理に教えれば一回で理解するのに、お前がバカで物覚えが悪いが原因なんだ。俺のせいじゃない、先生を何人変えても無駄だ!」
「もう結構よ。今すぐ出て行って!」
美也子は冷たく言い放つ。
「美也子!」
圭介は眉をひそめ、いつものように正論を振りかざしてきた。
「今は学生なんだから、勉強に集中するべきだろ!俺と恋愛なんか考えてるから成績が落ちるんだ!」
「何言ってるの?」
美也子はあきれ返ったように聞き返す。
圭介は鼻で笑い、見下すように言った。
「どうせ俺と恵理がうまくいってるのが気に入らなくて、嫉妬してるんだろ?俺が相手にしてやらないから、そうやって駄々をこねてるだけ。こっちは勉強に専念して、いい大学に行きたいだけだ。お前みたいに家が金持ちだからって、何もしなくても暮らしていけるわけじゃないんだ。だから、俺は絶対にお前なんかと付き合わない!」
美也子は、あまりの自己中心的な発言にしばらく呆然としたが、目の前の男を見つめ、ついに吹き出してしまった。
「誰があんたなんかと付き合いたいって言ったの?圭介、どうしてそんなに自信満々でいられるの?」