圭介は、美也子の反応をただの強がりだと思っていた。
「勝手にしろ!一つだけ忠告しておく。今度、また宗弥を家に招いて食事なんかしたら、俺はもうお前に話しかけないからな」
そう言い残すと、彼は自室に戻り、ドアをバタンと閉めた。
はぁ、ははは!
なにその態度は!
自分の家か何かのつもり?
彼女はすぐに自分の部屋に戻り、理子さんに電話をかけ、明日、圭介の荷物、を全部部屋から出すようにと手配した。
この家に、彼女を見下す人間の居場所なんていらない。
そして、美也子は宗弥の電話番号をスマホに登録し、ついでに、メッセージも送った。
「もう家に着いた?」
しかし、返事はなかった。
翌朝。
美也子は、圭介なんてとっくに出て行っただろうと思っていた。
が、ダイニングに行くと、圭介が食卓に座って待っていた。
無言で自分の席に着き、朝食をとりはじめながら、彼に言った。
「彼女を迎えに行くではなかったの? 早く出たら?」
「恵理とはただの友達だ。でたらめを言うな」
圭介は平然と否定する。二人はずっと裏で付き合っていたが、表向きは優等生らしく、恋愛関係を認めていなかった。
もし恵理がうっかり口を滑らせていなければ、美也子も確信を持てなかっただろう。
彼の白々しい態度に、美也子はふと顔を上げ、冷ややかな目で見た。まだ彼女をバカだと思っているようだ。
食事を終えて玄関を出ると、圭介が後ろをついてくる。すでに新しい運転手が用意された車が待っていて、彼女にドアを開けた。
圭介も当然のよう無言で乗り込んだ。
「葛城圭介、何のつもり?昨日、自分でもう一緒に帰らないって言ったよね?ちゃんと覚えてるよ」
圭介は唇を噛み、黙って前を見ていた。
父親から「謝ってこい」と強く言われた。そうじゃなきゃ、彼女を慰めるはずがない!
ちょっと金持ちなだけで、調子に乗って!
とはいえ、彼の父はこの仕事が必要だ。
美也子は彼のことで時間を無駄にしたくないから、「運転して」とだけ言って、車は発進した。
校門前に到着すると、美也子が先に車を降り、圭介が後ろからついてくる。
以前なら三人で、恵理一緒に登校していた。今日は、恵理だけがバス通学。
圭介が来たのを見て、恵理は急いで駆け寄ってきた。
「圭介!」
「おはよう」
圭介は恵理に顔を向けて挨拶した。
恵理の視線は、美也子に向けられていた。昨日の出来こと、さっぱり理解できなかった。
使用人の娘ごときが、どうして圭介にあそこまで強気でいられるの?
二人が一緒に登校してきたのを見て、思わず口にする。
「仲直りしたの?」
美也子は何も答えず、そのままスタスタと前に歩いた。
圭介は、その背中をじっと見つめ、彼を待たずの行動に、思わず眉をひそめた。
「気にする必要はない」
そう呟く圭介に、恵理は少し顔をしかめて言った。
「でもさ、あんな使用人の娘に好き勝手されて、圭介本当優しすぎるよ。今じゃ、皆が実は美也子の方が本物のお嬢様なんじゃないかって噂してるんだよ!」
「周りが何を言おうと関係ない。うちの父さんと美也子は昔から付き合いがあって、面倒を見るよう言われてるんだ。無視するわけにはいかない」
「そっか」
彼が父親に頼まれているだけという理由で美也子に関わっていることがわかり、恵理はほんの少しだけ安心した。
美也子が教室に着くと、すでに田中萌が席に座っていた。彼女はわざと机を広げて、美也子が通れないようにしている。
「どいて」
そう言う美也子に、田中萌は顔をしかめたまま立ち上がり、鼻で笑った。
「どこまで図々しいの? 昨日なんて、圭介と恵理を置いて、自分だけ車で帰ったんだって?恥ずかしくないの?」
美也子は薄く笑って言った。
「私の車よ。誰を乗せようが、乗せまいが私の勝手でしょ?あんたと関係ある?」
「はぁ?なにそれ、あれは美也子の家の車だったの?」
その堂々とした態度に、周囲の生徒たちもざわめいた。
「じゃなきゃ何よ?」
美也子は平然と答える。
田中萌は呆れたように吹き出した。
「はっ!お前の身分なんてみんな知ってるからね!いきなりお嬢様気取りして、バカみたい。あの運転手って、アンタの父親なんでしょ?家族全員、葛城家で働いてるんじゃないの?圭介が優しいから、見逃してるだけ。普通だったら、とっくに追い出されてるわよ?本当、下僕ごときが、調子に乗りすぎ!」
田中萌は恵理と仲が良く、普段から圭介ともよく話す。彼女の言葉に、周りの生徒たちもすぐに信じてしまった。
圭介と恵理がちょうど教室に入ってきた。
田中萌の話が耳に入り、圭介の顔が引きつる。その言葉は、間接的に彼のこともバカにしているからだ。
彼はゆっくりと田中萌の方へ歩み寄ると、低い声で言った。
「自分の席に戻れ」
「…っ」
田中萌はびくりと震え、圭介の顔色をうかがう。その鋭い視線に、彼が本気で怒っていることを察し、黙って自分の荷物をどけて席に戻った。
圭介は再び、美也子の隣の席に座った。
この行動に対して、美也子は特に何も言わなかった。
圭介は先生にも好かれていて、クラスでも人気者。多少席を移動したところで、文句を言う者などいない。
一方その頃、田中萌は恵理の隣に座り、不満そうに小声でつぶやいた。
「ねえ恵理、圭介ってどういうつもり?あんなふうに美也子に好き勝手されて、まだ庇ってるのよ。今度は彼女の隣にまで座っちゃって」
恵理は少し眉をひそめて答えた。
「圭介のお父さんが、美也子の面倒を見るよう言っただけ。深い意味なんてないわ。あんまり気にしないで」
「ふーん…なるほどね」
田中萌は小さく頷いた。
「だから調子乗って、その高級車は自分の家の車とか言ってたんだ!」
圭介が使っているスマホはどう見ても高い。
それに対して、美也子が使っているのは、自分のと大差ない携帯。それで堂々とお嬢様気取りしてるなんて、誰が信じるっていうの?
美也子は席に戻り、ふと携帯を確認した。宗弥から、やっと返信が届いていた。でもたった二文字、「うん」。
ずいぶんクールに感じられる。
昨日までは優しかったくせに、家に帰ってからはすっかり素っ気ないモード。夜送ったメッセージに、今さら返してくるなんて…
隣の圭介は、そのやり取りをチラッと覗き見た。画面に宗弥の名前が表示されているのを見て、思わず眉をひそめる。
見た目など何も変わっていないはずなのに、昨日からずっと、美也子が別人のように見えた。
美也子は携帯を手に、メッセージを送った。
「午後の補習、来るの?」
数秒後、宗弥からまたも「うん」という返信をもらった。
来てくれるだけで十分!
それ以上気にせず。美也子は授業に集中した。
昼休み。
恵理が圭介の席へやってきて、一緒に昼食を買いに行こうと声をかける。
圭介は立ち上がるも、つい美也子の方に目を向けた。
「食べに行かないの?」
今日の美也子の真剣ふりに驚いた。
授業中は一度も居眠りせず、今もノートを丁寧にまとめている。
滑稽な話だ。彼女の頭の中はいつだって彼のことでいっぱいで、一生懸命に勉強するときもあるとは…
授業が終わってもメモしているのを見て、圭介はつい問いかけてしまったが、美也子はまるで彼の声など聞こえなかったかのように、完全に無視してペンを走らせ続けた。