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第7話

恵理は圭介を一瞥し、やわらかい声で言った。


「美也子が来ないなら、私たちだけ先に行こうか? 後で何か持って来てあげるね」


「いいわ」


美也子はあっさりと断った。


周囲の人から見れば、恵理はいつも気が利く優しい子だった。みんなが美也子をからかうときでも、彼女は表面上はよく気にかけているふうを装っていた。


でも美也子はそんな彼女に付き合う気はなかった。


淡々と荷物をまとめると、圭介と恵理を残して一人で階段を降りていった。


恵理は圭介の隣に並び心配そうに言う。


「美也子、どうしたんだろう?圭介くんのことまで無視して。何か彼女を怒らせるようなことした?」


圭介はしばらく黙っていた。


自分でも、全く理由が分からなかった。

これまでどんなに冷たくしても、彼女はいつも影のようにまとわりついていたのに。

なのに昨日から、何もしていないのに、彼女はまるで人が変わったように冷たい。


本当に訳が分からない。


恵理は話題を変えた。


「そういえば、週末は圭介くんの誕生日パーティーだけど、美也子も呼ぶ?」


今週はちょうど圭介の誕生日だった。


去年の誕生日パーティーはロイヤルホテルで盛大に開かれた。

美也子が全ての手配をし、圭介はクラス全員を招待。百万円を一晩で使い、招待された人たちは皆うらやましがり、誇らしげな気分だった。


今年も、同じように準備が進んでいた。

数日前には、美也子が手配は全て完了していると伝えてきた。


もし昨日、彼女が自分をクビにするなんて言い出さなければ、圭介もこんなに気が重くなることはなかっただろう。


けれど昨日の彼女はあまりにもきっぱりしていたし、今日も信じられないほど冷たい。そのせいで、不安な気持ちが消えなかった。


もし彼女が来なかったら、パーティーなんて成立するだろうか?


遠ざかる美也子の後ろ姿を見つめながら、圭介は不安を押し殺した。考えすぎだ、と自分に言い聞かせる。

美也子が来ないはずがない。

彼女が自分の誕生日を無視するなんて、あり得ない。

もしかして……こんな冷たい態度は、実はサプライズのため?


そう思うと少し安心し、恵理に自信ありげに言った。


「絶対に来るよ」


恵理も同意した。


「そうだよね。圭介くんの誕生日に美也子が来なかったことなんて、今まで一度もなかったし」


放課後、圭介と恵理は文化祭の出し物の練習があった。美也子は二人を待たず、まっすぐ家に帰った。


宗弥はすでに家に来ていた。


玄関を入ると、宗弥と真白が一緒に出迎えてくれる。


宗弥の顔を見ると、美也子は思わず微笑んでしまう。前世のことがあるせいか、今は彼に会うたびに大切な気持ちが強くなる。


その笑顔に宗弥は一瞬驚いた。今までのわがままで冷たい美也子の印象が強かったから、ここ数日の変化に戸惑い、視線を落とす。


「もう来てたの?」と美也子。


「うん。」


「じゃあ、すぐに書斎に行こうか」


彼女が提案する。今日の授業で分からなかったところを、ちょうど聞きたかった。


二人で書斎へ向かう。美也子の隣の席は、かつては圭介の指定席だった。しかし圭介はそこに座っていても、まともに教えてくれた試しがなく、逆に美也子のせいで勉強の邪魔だと文句を言っていた。


宗弥は彼女の隣に腰を下ろし、二枚のテスト用紙を出した。


「まずは基礎から」


美也子は真剣に解き、宗弥に渡す。


宗弥は少しの間、静かに答案を見直した。


美也子は少し恥ずかしそうに言う。


「ごめんね、基礎が全然できてなくて」


「やり方の問題だよ」


宗弥は落ち着いた声で答える。


「基礎が抜けてるだけ。まずは僕が整理してあげるから、大丈夫?」


美也子はうなずいた。


「うん、お願い」


宗弥はうつむいて解説に集中する。彼の説明は筋道がはっきりしていて、今まで悩んでいたことが嘘のように分かるようになった。


途中、宗弥が喉が渇いて顔を上げると、美也子がじっと自分を見ていた。宗弥は少しどきっとして、目線を問題用紙に落とす。


「どうかした?」


「ただ……」


美也子は素直に言う。


「宗弥って、教えるの本当に丁寧だよね。でも、LINEだとすごく素っ気ない。返事もたった二文字だけだったし。……もしかして、私と圭介のこと、気にしてる?」


宗弥は少し黙ってから否定した。


「いや、違うよ。昨日は家に来客があって、すぐ返せなかっただけ。何かあったら、これからは直接電話して」


「分かった」


二人が勉強に集中しているとき、美也子のスマホが鳴った。圭介からだった。


「美也子、どういうつもりだ?」いきなり怒鳴り声が聞こえる。


「何のこと?」


美也子は眉をひそめる。


「俺の荷物、全部外に放り出したのか?」


美也子は宗弥を一瞥し、隠す気もなく冷静に答えた。


「昨日、辞めてって伝えたよね。雇ってもいない人を家に置く理由はないでしょ。今、勉強中だから邪魔しないで」


そう言って、電話を切った。


圭介は如月家の玄関先で、自分の荷物がまとめて外に出されているのを呆然と見つめていた。これが本当に美也子の仕業なのか?

本気で自分を追い出すつもりなのか?なぜ?


美也子はスマホを置き、宗弥に「続けよう」と声をかけた。


「うん」


しばらくすると、突然書斎のドアが勢いよく開いた。圭介が険しい表情で立っていた。

美也子と宗弥が並んで座っているのを見て、圭介の目に軽蔑の色が浮かぶ。


美也子は立ち上がり、冷たい声で言う。


「何しに来たの?」


あれだけ私を見下していたくせに、今さら何?


圭介は大股で近づき、怒りをあらわに詰め寄る。


「美也子、こんなやり方で俺を辱めて、楽しいか?」


宗弥も無言で立ち上がり、美也子の前にさりげなく立ちはだかる。


「辱め?」


美也子は鼻で笑い、圭介をまっすぐ見つめる。


「それ、逆でしょ?本当に人をバカにしてきたのは、あなたじゃない?」


「お前の生活費は全部俺が負担してるんだぞ? それなのに毎日恵理と連れ立って、俺はまるで召使いみたいに付き従ってきた。お前の冷たい態度まで我慢してきたんだ。これが辱めじゃなきゃ、何だよ?」


今、彼女がその恩恵を取り上げただけで、彼の中では屈辱になっているらしい。


圭介は唇を固く結び、美也子を睨みつけると、何かを決意したように言い放つ。


「誰かを連れてきて芝居じみた真似しても、俺の気持ちは変わらない。お前を好きになることなんて、絶対にない。はっきり言ってやる。俺は恵理が好きだ。俺たちはとっくに付き合ってる。お前のことなんて、一生好きになるわけがない!」


そう言い捨てて、勢いよくドアを閉めて出て行った。


美也子は窓のそばまで歩いていき、圭介が階段を降りて荷物を持ち、振り返りもせずに去っていくのを見届けた。

あまりにも潔い去り際だった。


彼はいつも、自分の前では高慢で気取った態度を崩さなかった。家が貧しいくせに、金のためには頭を下げないみたいな顔をして。

昔はそんな彼に惹かれていたけれど、今となってはただただ滑稽に思える。


宗弥は窓辺に立つ美也子に、静かに声をかけた。


「如月」

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