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第8話

美也子は振り返り、まだ部屋にいる宗弥を見た。


「ごめん。続けましょう」


宗弥は彼女の様子を見て、静かに言った。


「今日はこれで帰ろうと思う。如月さん、あまり気分が良くなさそうだから」


「そんなことないよ!すごく気分いいけど」


ふと思い出しただけだった。前世の自分の愚かさを…


決して圭介のことで落ち込んでいたわけじゃない。

むしろ、彼がああやって出ていってくれて、花火でお祝いしたいぐらい。


少なくとも、彼女はもう未来のことを心配する必要はない。

圭介から離れたことで、もう二度とHIVなんて感染しない。あんな悲惨な結末を迎えることも、きっとない…よね?


「帰ります」と宗弥は言い、部屋を出ようとする。


美也子は思わず一歩踏み出し、彼の手をぎゅっと掴んだ。


宗弥は一瞬驚き、振り返って彼女を見た。


「どうしたの?」


美也子自身も、自分が何をしているのかわからなかった。でも、気づいていた。宗弥の機嫌がよくないことを。


毎回、圭介が現れて、何か言った後には、いつも少し距離を取ろうとする。


前世の彼女は、圭介のことで頭がいっぱいで、自分の気持を隠せようともしなかった。恐らく、宗弥を含めて周りの人は、美也子が圭介のことを好きだと思ってる。


実際のところ、昔は好きだった。


もし前世で、あんな結末になっていなければ、彼女は永遠に夢から目を覚まさなかっただろう。


宗弥の視線に気づき、美也子はそっと手を離した。


「土曜日、空いてる?ローヤルホテルで食事したいんだけど、一緒にどう?」


ローヤルホテルの食べ物はとても美味しい。


前世で餓死寸前まで追い詰められた経験から、美也子は今、とにかく生きている実感を求めている。


以前なら、当然圭介を連れて行ったはずだった。けれど今は、宗弥を誘いたい。

どうせ彼は父が決めた婚約者。彼女が酷いことさえしなければ、卒業後に彼と結婚するでしょう。


かつてはそれを「勝手に決めないで」と反発していた。でも今考えると、宗弥は顔もスタイルも悪くない、背も圭介より高い、実家も裕福。

そんな彼が、彼女を好きだと言ってくれるなんて。正直、得しているのは彼女の方だよね!?


宗弥は口を開いた。


「彼と一緒に行かないの?」


その彼が圭介を指してるのを知って、美也子はすぐに返す。


「それで、彼と言っておいてとも言いたいの?またあの頃みたいに、あなたを避けるような関係に戻したいの?」


「違うっ!」


宗弥はすぐ否定した。


「じゃあ、決まりね!また土曜日で会いましょう」





土曜日の午後、美也子は少し遅れてホテルに到着した。


エントランスには、学校で見覚えのある顔ぶれが何人も集まり、みんなまるでパーティー会場の主役かのように着っていた。


その中で、美也子の姿を見つけた田中萌が、軽蔑を込めたように鼻で笑った。


「よく来れたわね、美也子。恥ずかしくないの?」


美也子は眉をひそめ、きょとんとした顔で答えた。


「なんで私が来ちゃいけないの?」


ローヤルホテルのオーナーは、お父さんの親友。

彼女はこのホテルのVIP。来たければ、いつでも来られる。誰に文句を言われる筋合いもない。


なのに、田中萌は皮肉な笑みを浮かべたまま、嘲るように言った。


「最近、圭介に完全に無視されてたくせに?今日が彼の誕生日だからって、よく図々しく顔出せるね!」


圭介の誕生日…


ああ、そうだった。

今日は彼の誕生日だ。

最近は授業で忙しくて、すっかり忘れていた。彼女はすでに数週間前から、このホテルに予約の連絡を入れていたことも。


今日は、圭介十八歳の誕生日。

前世で、彼の十八歳の誕生日に、彼女はこのホテルで盛大なパーティーを開いてあげた。さらに、その日、圭介と恵理が付き合っていることを、初めて知った。


問い詰めると、彼はまるで開き直ったかのように堂々と言った。


「俺と恵理はお互い好きなんだ。なんで付き合っちゃいけないの?俺を指図するな!」


腹が立って、しばらく圭介を無視したが、結局我慢できなくなって、先に謝ったのは彼女の方だった。


それから、圭介と恵理は隠さず、堂々と交際し始めた。

諦めきれなかった彼女は、圭介と結婚したい一心で、父が残してくれた会社を手放すという、取り返しのつかない愚行に走った。




今、このにぎやかな光景を前に、美也子は冷ややかに微笑んだ。


圭介の今日のパーティーの手配も、予約も、すべて彼女が準備したものだった。もちろん、最後のお支払いも彼女だったらけど…


彼を無視すると決めた今になっても、のうのうとここにやって来て、まるで当然のように皆を招いている。


さて、最後までその態度でいられるかしら?


このお金をどう支払うつもりなのか、楽しみだ。





クラスメイトたちの冷やかしを無視して、美也子はそのままエレベーターに乗った。宗弥との席はすでに予約してある。彼はもう着いているだろうか。


エレベーターを降りた途端、廊下の向こうで圭介が恵理と話しているのが見えた。


ほら、やっぱり来た!

来ないわけがない!

圭介は、内心でそんな風に確信し、少し得意げな表情で美也子に歩み寄る。


「来ないって言ったくせに?ふん、来たからって、昨日のことを許すと思うなよ!俺はまだ怒ってるんだぞ、美也子」


というその言葉は、いつも彼が美也子を支配する手段だった。


美也子は彼をまっすぐに見て、口元にうっすらと笑みを浮かべて言った。


「何か用?」


「俺の誕生日を祝いに来たんじゃないのか?」


「なんで私が、あんたの誕生日を祝う必要があるのかしら?招待されたわけでもないし。クラスメイト、たくさん来てるでしょ?私一人いなくても、困らないよね?」


彼女はまだ突き放すような態度をとっていることに、圭介は思わず顔をしかめた。


「どういう意味だ!?」


誕生日さえも、彼に気持ちよく過ごさせたくない? わざわざ怒らせるようなことをしないと気が済まないの?


ちょうどそのとき、レストランのマネージャーが美也子に気づいて、急ぎ足でやって来た。


「如月様、お待ちしておりました」


「宗弥はもう来てる?」

美也子が尋ねた。


マネージャーはうなずいた。


「はい。すでにお越しになっています。」


「そこへ案内してくれる?」


「かしこまりました」


マネージャーが宗弥のもとへ案内しようとしたそのとき、圭介が彼女の背後からついてきた。


「美也子、いい加減にしろ!」


また宗弥と?

どこまで図々しいんだ。


美也子は彼を一瞥して言った。

「私は何もしてないよ。騒いでるのはあんたでしょ?私がまとわりつくのが嫌だったんでしょ? 今はもうまとわりついてないのに、今度はそれが気に入らないわけ?あんたの彼女、まだ待ってるみたいよ?」


そう言って、美也子は視線を恵理に向けた。ついて行こうか迷ったものの、その場にとどまっている様子だった。

恵理も、これまで一度たりとも、圭介が美也子に対してここまで積極的な態度を取るのを見たことがなかった。


もちろん、美也子にはわかっていた。圭介がここまでする理由が。

彼女が未練があるわけじゃなく、そのお金に未練があるだけ。


以前は、好意なんて微塵もなかったくせに、彼女から与えられる全てを当然のように受け取っていた。

口で断るといても、プレゼントは喜んで受け取っていたのだ。


そんな彼女が今、圭介を相手にしなくなると、彼は焦り出した。

ここまで入念に準備してきた誕生日パーティー、まさかお開きにするわけにはいかない。


「俺と恵理の関係を気にしてるのなら、恵理とは距離を置く。これでいいだろ?だから、もう茶番をやめろ」

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