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第10話

中村勇樹が出て行った後、美也子は少し意外そうに宗弥を見つめた。


「どうして助けてくれたの?」


彼女には確信があったから、思ったことを口にした。でも宗弥の立場からすれば、彼は何も知らないはずだった。


宗弥はその言葉を聞いて、こう答えた。


「君が口にしたから、助けないはずがない」


「私が適当に言ってるかもしれないって、思わないの?」


「それがどうしたの?」


宗弥は言った。


「たとえ冗談だったとしても構わない。彼に確認させて行くだけのこと」


彼がその言葉にした時の様子はとても落ち着いていたけど、美也子はその姿を見て、胸の奥がじんわりと温かくなった。

誰かに信じてもらえる。その感覚が、彼女にはたまらなく嬉しかった。

彼女がHIVを患っていると診断された時、誰一人として彼女の無実を信じなかった。


「遊び人間の結末だ」


みんなそう言った。


本当にそうだったら、まだ納得もできたかもしれない。

皆に罵られ、嫌われ、自分自身のことすら嫌いになった。


でも今になって思う。信じてもらえなかったのではなく、罠を仕掛けた人たちは、誰よりも知っていたのだ。彼女が無実だったかを!


美也子と宗弥は、食事をゆっくりと楽しんだ。

食べ終わってもすぐには席を立たず、デザートを追加で注文した。彼女は宿題も持ってきていて、その場で宿題を終わらせる。宗弥もついでに問題を教えてくれる。


二人はそのまま、夜になるまで個室に残っていた。





誕生日パーティーが終わった後、帰ろうとした参加者全員が引き止められた。

圭介が会計を済ませていなかったのだ。


圭介は美也子に電話をかけた。最初の一回目、彼女は出なかった。


隣にいた宗弥が、美也子を見て尋ねる。

「出ないの?」


「誰からかわかってるから」

そう言って、美也子は無視を続けた。


圭介からさらに二回目で、美也子は電話に出た。


「美也子、お前…どういうつもりだ?」


電話の向こうの圭介の声は、怒りで満ちていた。

彼が怒れば怒るほど、美也子の気分は良くなる。

もう彼と関わるつもりはなかったけれど、前世の恨みは、しっかり返しておきたい。

じゃないと、いつまでも悪夢を見るきがする。


彼女は口元を吊り上げ、言った。

「どうしたの?そんなに怒って?」


「今すぐ支払いを済ませろ!余計な問題を起こすな。」


圭介としては、誕生日会が終わって、彼がその場を離れたら、美也子とは完全に終わりにするつもりだった。

でも…

まさか、彼女がこんな仕掛けをしてくるとは思わなかった。


今、彼には支払うお金がない。

参加者全員が足止めを食らっていて、彼の支払いを待っている。


美也子は言った。


「おかしいね。今日誕生日なのはあんただし、私は何も注文してないのに、どうして私が支払わなきゃいけないの?みんなで割り勘にしたらどう?あんなに仲良くしてるクラスメイトたちなんだよ、普段からよく奢ってるじゃない」


美也子はこれまで毎月、圭介に数十万円の小遣いを渡していた。圭介も、それを堂々と受け取っていた。自分が補習をしてあげた報酬だと信じ、当然のように思っていた。

彼はそのお金を惜しまず、友達にしょっちゅう食事を奢っていた。だから皆は、圭介のことをお金持ちと思って、彼に近づこうとした。

でも、そのお金はすべて美也子からだった。


圭介は言った。

「美也子…お前、どうしてそこまで意地悪するんだ?一体どうすればお金を払いに来る?」


美也子はさらりと答えた。

「人に頼みごとをするなら、それなりの態度を示さないといけないでしょう?そう思わない?」


電話の向こうで、圭介が不満そうに息を吐く音が聞こえた。以前のように美也子が無条件で尽くしてくれないから怒った。

美也子は口元に笑みを浮かべた。

「嫌なの?ならいいわ、切るね…」


「お願いだ!」

圭介は携帯を握りしめながら、歯を食いしばった。


彼らはホテルのスタッフに止められていて、ホテルから出ることができない。


美也子は通話を切り、席から立ち上がった。


「ちょっと行ってくるね」


そう言って宗弥に告げると、彼女は「翡翠の間」へ向かった。


圭介の誕生日パーティーに来ていたクラスメイトたちは、まだその場に残されていた。全員、圭介が支払いを済ませるのを待っている。だが誰も離れることができず。気まずいなか、圭介も居心地悪そうに立ち尽くしていた。


美也子が現れると、マネージャーが近づいてきて、丁寧に声をかけた。

「如月様」


美也子はぐるりと周囲を見渡した。男の子までかっこいいヘアスタイルをしてきた。午後、あれだけ彼女を見下していた連中だが、今ではその傲慢さもすっかり鳴りを潜めている。

払えずに閉じ込められてるなんて、これほど恥ずかしいことはないから。


美也子は笑顔で言った。

「どうしたの、みんな?今日は圭介の誕生日パーティーじゃなかったの? なんだか盛り上がってないみたいだね?」


わざと圭介の方をじろじろと見た。彼の顔色は誰よりも悪かった。

恵理はその隣に立っていたが、状況がよくわかっていない様子だった。


マネージャーが説明した。

「こちらの葛城様がお会計をされておらず、ご退席をお止めしているだけです」


美也子は涼しげな顔で答えた。

「そういうことだったんですね。そんな大げさにすることないのに。みんな、私のクラスメイトなんですから、私が払います」


そう言って、彼女はカードを差し出し、マネージャーはそれを受け取って、会計へ向かった。


周囲の視線が美也子に向き、一気に複雑な表情へと変わっていった。

圭介の誕生日なのに、支払いをしたのは美也子?

どういうこと?

圭介は自分で払えないのか?


圭介は自分の顔が熱くなるのを感じた。

美也子があっさり来てくれるのがおかしいと思った!

なるほど、自分を恥ずかしい目に遭わせるのが、目的だったのか?

みんなに、葛城圭介がお金なんてない、ただの貧乏人だと知らしめるために!?

かつては支払いも、彼女が静かに済ませてくれていたのに。

なのに今は、わざとみんなの前でカードを出して見せつける。

この女…

本当に頭がおかしくなったのか!?


マネージャーはすぐ戻ってきて、カードとレシートを美也子に手渡した。


「如月様、決済が完了しました。こちらがレシートです」


美也子はそのレシートをちらりと確認し、わざとらしく金額を口にした。

「500万円かあ。圭介くん、お誕生日おめでとう!今年の誕生日は、私が払ってあげたよ。でも、次はない。さすがに、彼女の分までずっとお支払う気はないからね」


そう言って、恵理の方に目を向けた。

恵理はその場に立ち尽くし、顔面は青ざめていた。

どういうこと?

圭介のお金って……全部、美也子からだったの?

彼って、御曹司じゃなかったの?


あまりの衝撃に、その場の空気は一瞬にして凍りついた。


田中萌が前に出て、美也子に向かって叫んだ。

「美也子、冗談でしょ!?圭介のお金を預かってるからって、自分のものみたいに言うな!あんたはただ使用人の娘でしょ?カードを預かってただけで、何を偉そうにしてるの」


美也子は田中萌を見て、くすりと笑った。


「へえ、田中さんの家って、お金の管理は使用人にさせてるんだ?」

そう言ってから、少し間を置いて、はっきりと告げた。

「それじゃあ、はっきり言わせてもらうけど。私、圭介の家の使用人の娘なんかじゃない。彼の父親は、私の家の運転手だったの。あの日、校門前で私を置いて、圭介と恵理を車に乗せて行ったでしょ?その件で、もう解雇されてるわ。信じられないなら圭介に聞いてみれば?」


美也子は圭介の方へ見た。


「ねえ、圭介くん。あなたから言ったらどう?」

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