美也子が席に着くや否や、圭介の刺々しい声が響いた。
「瑠璃の間の局を仕組んだのは君だろ?俺は本当は行きたくなかった。結果どうなった?みんなを恥ずかしい思いにさせて。金さえあれば他人のプライドを踏みにじってもいいと思ってるのか?それに、君が俺を養ってるなんて言うのもやめてくれ。それは俺が当然もらうべき補習代だ!今後は君のお金なんて一銭もいらないし、もう手助けも絶対しない!」
言い終わると、圭介はすぐに立ち上がり、隣のクラスメイトと席を替わって、美也子との関わりを断つ態度を露骨に見せた。
また、あの冷たく孤高なキャラを演じ始めたわけだ。
美也子は心の中で冷笑した。彼が以前、どんなに必死で自分に頭を下げてきたか、しっかり覚えている。父親に平手打ちされた時に感じたわずかな同情も、今はすっかり消え失せていた。
むしろ、よくやったと思うほどだ。
美也子も黙っているつもりはなかった。
「補習代だって?圭介くん、それをよく言えたものね。私に補習してた間、私のお金を使う以外に、何かまともなことした?毎回テストの成績は最下位。それが君の補習の成果?」
圭介は顔を曇らせ、きつく言い返す。
「前から言ってるだろ、頭が悪いのは自分のせいだって。美也子、家がお金持ちなんだろ?だったら金で頭を良くしてみろよ?」
その言葉に、教室から抑えきれない失笑が漏れた。
「本当に私の頭が悪いの?君の教え方が下手なんじゃなくて?」
美也子も一歩も引かずに反論した。
圭介は宗弥のことを思い出し、美也子が今は彼に勉強を見てもらっていることを知っている。軽蔑したように鼻で笑った。
「いいよ、じゃあ次のセンター模試で実力を見せてくれ。俺は多くは望まない、順位が百位上がったら、俺の教え方が悪かったと認めるよ。」
美也子がそんなにできるはずがないと踏んで、みんなの前でまた恥をかかせようとしているのだ。
「いいわ!」
美也子はきっぱりと受けて立った。圭介が百位としか言わないのは、どれほど自分を見下しているかの証拠だ。彼からすれば、自分は救いようのない落ちこぼれなんだろう。
美也子が受けたのを見て、圭介はすぐにクラス全体に聞こえるように大声で言った。
「みんな聞いたよな!これは彼女が自分で約束したことだ!もし模試の順位が百位上がったら、俺が校庭を10周走る!」
「おお!」
「葛城、かっこいい!」
教室はひとしきり盛り上がった。恵理の隣の山本萌が美也子を見て、挑発的に言う。
「葛城が10周走るなら、美也子様も負けたら10周走れば?……でも、できるの?無理なら今のうちに諦めたら?」
美也子はみんなの視線を受け、きっぱりと「いいわよ!」と答えた。百位アップなら、自分の努力で十分狙える範囲だ。
この賭けが自分を追い込む良いきっかけになると前向きに捉えていた。
圭介は本当に応じた美也子に「バカ」と吐き捨てて席に戻った。
彼には美也子の自信が理解できない。彼女がどれほどのものかは知り尽くしているからだ。今から美也子が校庭を走る姿を想像し、内心ほくそ笑んでいた。
ちょうどその時、恵理が教室に入ってきた。さっきまでドアの外で一部始終を聞いていた。圭介の家の事情がバレて落ち込んでいた心も、圭介の実力と努力を思えば、すぐに晴れやかになった。
彼は自分の力でここまで登ってきた。家がどうであれ、将来はきっと約束されている。
自分の選択は間違っていなかったと、恵理は改めて確信した。
その思いを込めて、圭介のそばに歩み寄り、優しく力強く声をかけた。
「圭介くん、気にしなくていいよ。お父さんはご自身の力で頑張ってるし、何も恥ずかしいことなんてない。それよりも、あなた自身が素晴らしいわ。成績も人柄も、全部あなたの実力だよ。今までどれだけ努力してきたか、私はちゃんと分かってる。これからもずっと応援するから。」
この言葉は効果てきめんだった。瑠璃の間の一件以来、圭介にやや冷たい目を向けていたクラスメイトたちも、再び尊敬のまなざしを向けるようになった。
恵理と圭介、まさに理想的なカップルだという空気が教室に広がった。
一方、美也子は、家が金持ちなだけで他には何もない、圭介に執着しているだけの存在だと軽蔑する者もいた。
そんな二人を見て、美也子は内心、何の感情も湧かず、むしろ少し可笑しかった。まさにお似合いの二人だ。前世で自分が無理に割り込もうとしたのが馬鹿らしく思える。
圭介に貶されたことで、「忠犬」や「お抱え運転手の娘」といったレッテルは外れたものの、「落ちこぼれ」という新たな烙印で一部の生徒から距離を置かれた。しかし美也子はそんなこと、全く気にしなかった。
前世で味わった裏切りや孤独、病気に比べれば、この程度の偏見など何でもない。彼女には十分なお金も、大切な父親の愛も、そして何よりやり直すチャンスと冷静な頭がある。美也子は他人の視線を気にせず、授業に集中した。
放課後、如月達也が自ら運転して美也子を迎えに現れた。四十代とは思えないほど品のある紳士で、娘を見ると自然に両腕を広げてハグし、車のドアも開けて優しく座らせた。
ちょうどその場面を、下校中の圭介と恵理が目撃した。
「見て!あれ、朝圭介が言ってた美也子様の新しいターゲットじゃない?」と誰かがひそひそ声で言う。
恵理はわざとらしく驚いたふりをした。
「あの男性、結構年上じゃない?美也子様とどういう関係なの?」
「どうせパパ活だろ?」
と誰かが悪意を込めて言った。
「だから急にお嬢様ぶり始めたんだよ。お高くとまってるけど、実はそういうことか。」
「そりゃ葛城が相手にしないのも当然。若くしてそんなことするなんて、気持ち悪いよな。」
そんな悪意に満ちた噂話を聞きながら、圭介は冷ややかに見ているだけで、美也子のために否定することもなかった。自分が言ったわけでもないし、関係ないだろうという態度だった。
恵理は圭介の表情を観察しその無反応ぶりを見て、心の中のわだかまりが消えた。美也子が派手にお金を使える理由は、こういう裏にあるのだと納得して、優越感を取り戻した。
自分は家が普通でも、こんな下品な手段は絶対に使わない。努力して、正々堂々と欲しいものを手に入れてみせる。美也子が持っているものも、将来自分の力で手に入れ、もっと素敵に、もっと立派に生きてみせるとそう誓った。