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第14話

恵理と圭介はバスに乗り込んだ。


圭介は恵理に向かって言った。


「今日は送らないからな」


今の彼は、美也子の家庭教師でお金を稼ぐことができず、はかのバイトを始めたらしい。ギャンブルで借金まみれの父親に、稼いだ金を散々持っていかれた経験もあるから、今はもう自分で生きていくしかない。


恵理は、「わかった」とだけ言って、静かに頷いた。


その頃、如月達也は美也子を連れて、新しいスマホを買いに行き、そのまま一緒に食事へ向かった。

レストランに着いたとき、宗弥はすでに到着していた。


宗弥は今、神前県で親戚のおじさんと暮らしている。そのおじさんは、如月達也と昔からの付き合い。


今回の食事会は、いわば両家の顔合わせ。

ずっと前から達也が望んでいたことだった。


けれど、美也子が頑なに圭介しか目に入らなかったせいで、話はなかなか進まなかった。

そんな彼女が今日、素直に来てくれたことに、達也は心の底から嬉しさを感じていた。

ようやく娘が、大人になってくれたんだと。





食事中、如月達也はおじさんと話し合い。その隣で、美也子は宗弥にこそっと話しかけた。


「実はね、学校でちょっと賭けをしてて。成績を100位上げるって…」


宗弥は、「うん」とだけ応えて、特に驚いた様子もない。


「…やっぱり軽率な真似と思ってる?プレッシャー、すごいよかな?」


美也子の問いかけに、宗弥は顔を向けて、はっきりと言った。


「そんなことはない」


「じゃあ、私、いけそう?この前、あなたに教えてもらった問題、全部ちゃんとわかったし」


「大丈夫。任せて」


宗弥はまっすぐに彼女を見て言った。


「君は思ってるより賢い。他の人が言ってるほど、無能なんかじゃない」


、それが誰か、美也子はすぐにわかった。圭介のことだ。あのとき、宗弥は何も言わなかったけど、ちゃんと覚えてくれていたんだ。


「…ふふっ、ありがとう。なんか、安心したよ。しばらくの間、お世話になるわ」


「任せて」


二人が話していると、ふと個室が静かになった。顔を上げると、二人がこちらを見ていた。


「お父さん、何か…?」


「いや、気にせず続けて」


そう言って、達也はまた話を続けた。

でも、心の中ではつい思ってしまう。


あの二人、ほんとにいい雰囲気だな。


たしかに、宗弥との婚約話を勧めたのは自分だけど…


なぜか妙に、大事な娘が小僧に誘拐される気がした。





食事のあと、達也たちはまだ話があるらしく、美也子と宗弥は先に外へ出た。

そのまま帰るのも何だったので、近くの喫茶店に入ることにした。


「アイス、食べたいな」と美也子が言って、カウンターで注文。


戻ってきて宗弥の隣に座り、ふたりでまた問題集を開いた。

今の彼女の頭の中は、勉強のことでいっぱいだった。


だって、15キロのマラソンを走る覚悟で挑まなきゃ、間に合わない。


「お待たせいたしました」


すぐに、注文したアイスが運ばれてきた。

顔を上げた美也子は、自分の目を疑った。


店員の制服を着ていたのは、圭介だった。


「…なんでここにいるの?」


驚いて尋ねると、圭介は冷たい目を向けてきた。


「それはこっちのセリフだ。俺がここでバイトしてるの知って来たんじゃないのか?嫌がらせ?」


たしかに美也子は今、彼に対しては冷たかった。けれど圭介には、まだ彼女が自分を好きなんだと、どこかで思い込んでいる。


「…………うぬぼれないで欲しいい」


本当に、ただの偶然だったのに。


圭介は宗弥を方を見て、すぐに背を向けて厨房へ戻っていった。話す気もなさそうだった。


なにあの態度。

そんなに偉そうにして、何様のつもり?


美也子はため息まじりに、頼んだアイスを宗弥に差し出した。


「食べる?」


「大丈夫、自分で食べて」


宗弥は彼女のカバンを持って、自然な仕草で席を立った。


「……そろそろ出ようか」


「うん」


本当は、もう少しゆっくりしたかったけど。

あの人と会ったせいで、なんだか気分が悪くなってしまったから。





その後の半月間、美也子は毎日、懸命に勉強した。

宗弥もほぼ毎日のように如月家に来て、手伝ってくれていた。


おかげで、彼女の成績は目に見えて伸びてきた。


…ただ、圭介だけは、それが気に食わない様子で。彼女が真剣な顔でノートに向かっていると、つい皮肉を口にする。


「美也子、今からでも遅くはない?もし後悔してるなら、ここで負けを認めちゃえば?じゃないと、成績出たとき、泣くのはお前だ?」


「……うるさい!」


美也子は顔をしかめて、イヤホンで耳を塞いだ。





定期テストが終わった日、美也子は機嫌よく、足取りも軽く帰宅した。

成績はまだ出ていないけど、手応えはかなりあった。


家に着くと、宗弥が庭で真白と並んでお茶を飲んでいた。

真白はというと、また少し丸くなったように見える。


「今日はやけに早いね?」


そう声をかけながら、美也子は真白を抱きしめて、宗弥の隣に座った。


「毎日、早いと思うけど」


宗弥は少し笑って、そう答えた。


「他にイベントとかないのかなって、ちょっと不思議だったの」


圭介や恵理は、以前よく学校のイベントなどに追われていた。


でも、宗弥はいつ見ても、余裕があるように見える。美也子が帰宅するたび、彼はもう先に来ていた。


「僕はけっこう自由なんだ。周りもあんまり干渉はしてこない」


「えっと…学校のイベントも参加してないの?」


「基本的にはしない」


「生徒会とかも?」


首を横に振って、宗弥は言った。

「たまに試合には出るけど、あとはほとんど」


「なんで?」


「つまんないから」


それに、先生たちも納得してる。自分が目立って出ると、他の生徒が自信なくすからって。


「でもさ、けっこう試合出てるの見たことあるよ?前に圭介が出た大会、あなたが優勝だと言って、それ以来ずっと試合がある度、あなたもいて、やたら敵視してるんだよ」


宗弥は無言でコップを持ち上げ、水を一口飲んだ。

圭介が出る試合には、だいたい参加してた。


「そういえば、来週の週末に私たちの高校でバスケ試合があるって聞いたけど、宗弥は出るの?バスケする?」


美也子の期待に満ちた目を見て、宗弥は軽くうなずいた。


「そっか、じゃあちょっと着替えてくるね。あとで今日の問題、答え合わせ手伝ってね。たぶん、今回はけっこうできたと思うんだけど」


そう言って、美也子は嬉しそうに部屋へ入っていった。


本当は……彼女は成績がどうなっているのか、今にも知りたくて仕方がなかった。





彼女が部屋へ入ったあと、宗弥はポケットからスマホを取り出した。

陽太から二日前に届いたメッセージが残っていた。


「宗弥の兄貴、来週バスケ試合があるけど、来るか?」


宗弥は、短くこう返信した。


「うん」


すぐに既読がついて、あっという間に返事が来た。


「本当ですか!?本当にOKしてくれたんですか!?よかったぁ〜!何があったんですか? どうして気が変わったの?」


前に聞いたとき、全然興味なさそうだったのに。

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