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第15話

美也子が着替えを終えて階段を降りてくると、さっそく庭で宗弥と答え合わせをした。

意外にも、正解している問題が多くて、美也子の気分は上々だった。




ついに成績発表の日。


担任の先生が教室に入ってきて、いつものように圭介と恵理を褒めた。今回もこの二人が学年1と2の座を占めていた。


けど、今日はそれだけでは終わらなかった。


「それと、もう一人。今回、特別に褒めたい生徒がいます。それが…如月美也子さん!」


「……!」


美也子は、その名前を聞いた瞬間、びくっと体を起こした。


隣の圭介は、ちらりとこちらを見たが、その目はどこか冷たく、嘲るような光を含んでいた。


「如月さんは今回、本当によく頑張りました。今までずっと下位にいたが、なんと今回学年で上位100位に入りました。このまま努力を続ければ、受験でもきっと良い結果が出せるでしょう」


「上位100!?」


クラス中がざわめいた。目を丸くして驚いているのは、生徒たちだけじゃなかった。


圭介も、一瞬だけ言葉を失っていた。


彼の中では、たとえ順位が100位くらい上がったとしても上出来だと思っていた。まさか、100位以内に入るなんて、思ってもみなかった。


美也子自身も正直信じられなかった。ここまで上がるなんて、想像さえできなかった。


きっと、前世で散々痛い目を見た分、今はもう遊びたいなんて気持ちもどこかに消えてしまっていて。

授業中は常に真剣、放課後は宗弥と一緒に勉強する。


宗弥の教え方は、とても分かりやすくて、難しい問題も彼に説明してもらうと不思議とスッと理解できた。


――努力すれば、ちゃんと結果はついてくるんだ。


「先生、それ…何かの間違いじゃないですか?だって美也子って、ずっと最下位の方だったのに……」


「間違えてません」


先生はきっぱり言って、美也子に向かって優しく微笑んだ。

今まで、クラスの足を引っ張ってると感じていた存在が、こんなにも成長したなんて。


そんな先生の言葉に、美也子の胸の奥がじんわりとあたたかくなった。


隣で黙っている圭介に向き直り、ちょっと勝ち誇った顔で言った。


「どう? 私のことバカだって言ってたよね?15キロ…忘れてないでね!」


「…っ」


圭介は、ぎゅっと唇を引き結んで、何も言わなかった。


彼の中で、ずっとと決めつけていた美也子が。

どうして、こんなに急に成績を伸ばしたんだ?

まさか、本当に宗弥が教えたおかげ?





放課後。


圭介は、賭けに負けた通り、15キロ走る羽目になった。


美也子は家にも帰らず、わざわざ彼の走る姿を見届けに残った。ベンチに座って、汗だくで走る圭介の様子を眺めながら、「最高!」と心中で叫んだ。

そんな美也子を、少し離れた場所から恵理が見ていた。その目は、どこか冷たくなっていた。


田中萌が小声で、恵理に囁く。


「たかが100位以内に入ったぐらいで、何偉そうに。まるで一位でも取ったみたいじゃん。圭介は一位なのに、自慢してないのよ!うちの恵理だって二位だというのに!」


恵理は淡々と視線を圭介に移した。


「賭けをしたら。それに、圭介は負けを認めない人ではない」


「ほんとそれ」


田中萌は鼻を鳴らして続けた。


「彼女がたとえ勉強ができるだって無駄だ!結局、帰ったらあのお金持ちのオヤジの相手にするでしょ?想像するだけで、キモいっていうか、かわいそうになってくる」


恵理はすっと言った。


「他人の悪口はやめましょう」


「恵理ってほんと、優しすぎ~」


田中萌は恵理の腕にぴったりとくっついた。






圭介が15キロ走り終えたとき、空はすっかり暗くなりかけていた。


汗まみれで戻ってきた彼を、美也子が待っていた。


「…満足した?」


「お疲れさま。また賭けしてくれるなら、いつでも歓迎だよ」


美也子はニッコリ笑って立ち上がり、軽やかな足取りで校門へと向かった。


その背中を圭介は黙って見送った。

足取りが楽しそうで。スキップみたいに軽く跳ねて、まるでいいことがあったかのように。


以前の美也子は、彼にすべてを捧げ、尽くし続けた。それが今じゃ……圭介の存在なんて、まるでどうでもいいみたいに、

一度も振り返ることすらしなかった。


そして頭をよぎるのは、宗弥の顔。


まさか、宗弥と付き合うつもりなのか?


あのふたり、家柄も釣り合って、もし本当に付き合ったら、何の問題もない。


でも、そう考えた瞬間、圭介の胸に、どうしようもない違和感が湧き上がってきた。


まるで、自分のものを奪われたような……そんな、妙な感情。


「圭介?」


恵理が声をかけてきた。

美也子の方をじっと見つめていた彼に、恵理はペットボトルを差し出した。


「疲れたでしょ? お水、どうぞ」


「ありがとう」


圭介はそれを受け取り、恵理の前では、いつも礼儀正しく接していた。


「お疲れさま。でも、ほんと不思議だよね。あの美也子が、どうして急に成績伸びたのかな?」


「カンニングじゃない?」

と、田中萌が口を挟んだ。


「ちょっと怪しいと思ってるんだよね。だって、前は圭介が毎日教えてても、ぜんぜん伸びなかったのに、今になっていきなり急上昇なんてありえないでしょ」


「そういうことは軽々しく言っちゃダメよ。証拠もないのにそんなこと言って、責任とれる?」


「明日先生に言ってみる!」






学校を出た美也子は、そのまま車で自宅に戻った。

この嬉しいお知らせを、誰よりも宗弥に一番に伝えたかった。圭介に勝てたのは、自分ひとりの力じゃない。宗弥がずっと支えてくれていたから!


けれど…


「今日、宗弥様はいらしてませんよ」


理子さんがそう言った。


「そう…」


思わず声のテンションが下がった。

ちょっと残念だった。


着替えを済ませてダイニングへ向かい、ひとりで食事をとる。

最近お父さんも不在で、屋敷には美也子ひとりだけ。


ふと気になって、宗弥に電話をかけてみた。





その頃、宗弥は自宅のプールでひと泳ぎしていた。


「お坊ちゃま、お電話です」


執事がプールサイドに立ち、静かに声をかける。

だが、水音で聞こえなかったせいか、宗弥は反応を見せない。


「如月美也子様からです」


その一言で、宗弥はすぐに水面から顔を出し、プールから上がってきた。


執事が素早くバスタオルを広げ、濡れた体を覆ってやる。


タオルで髪をぬぐいながら、宗弥はスマホを受け取る。

無表情だった顔に、ほんのり柔らかい光が差した。


「もしもし」


「いま忙しいの?お邪魔しちゃったかな?」


「さっきプールに入ってた」


「今日、来なかったって聞いたから、ちょっと気になって電話したの」


「少し用事があって」


「ふふ、実はね! 今回のテスト、めっちゃ成績上がって、なんと学年で100位以内に入ったの!圭介は15キロ走ったんだよ!? あの信じれない顔を見て、もうほんと最高だった!」


宗弥は濡れた髪をタオルで拭きながら、ベンチに腰を下ろした。電話越しの彼女の明るい声に、耳を傾ける。

楽しそうに喋るその声が、やけに遠くてまぶしく感じた。


「ねえ、聞いてる?」


「うん。ちゃんと聞いてるよ。おめでとう」


「電話、本当に邪魔じゃなかったの?」


「ちょうど今時間あるから」


「宗弥毎日教えに来てくれてたでしょ?大変だったと思うし、ちょっと二、三日休んだら?自分でも勉強してみるから、わからないことがあったらLINEするね」


「うん」


「…宗弥」


美也子の声が、ふと優しくなった。


「なんか、元気ないっていうか……ちょっとだけいつもと違う気がするけど。なにかあった? わたしにできることある?」


その一言に、宗弥はふっと息を止めた。

どう答えたらいい、実は毎日君の家に来て会いに行きたい!?





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