宗弥は自分が普段と大きく変わったとは思っていなかったが、美也子は電話越しでも彼の心の揺れを敏感に感じ取っていた。
宗弥が黙り込むのを見て、美也子は言った。
「あなた、何でも一人で抱え込む癖があるよね。でも、私たちもう仲間じゃない?これまで宗弥にたくさん助けてもらったんだから、今度は私が力になりたいの」
もし彼の惜しみないサポートがなければ、彼女の成長もなかったはず。
彼が困っているのに、ただ与えられるだけの関係にはなりたくなかった。
仲間なんて言われて、宗弥は思わず苦笑しながらうんしか答えなかった。
翌日、美也子が教室に入ると、担任の先生が険しい表情で入ってきた。
先生は教壇に立ち、全身から抑えきれない怒りを滲ませながら鋭い視線でクラス全体を見渡し、やがて美也子のところで目を止めた。
「美也子、立ちなさい」先生は重い声で言った。
美也子は言われるままに立ち上がり、先生の視線をまっすぐ受け止める。何が起きているのか分からず、少し戸惑っていた。
先生は続けた。
「今回の模試でカンニングの疑いがかかっている。何か言いたいことはあるか?」
「カンニング」と言った途端、クラス中の視線が一斉に美也子に注がれた。
彼女が周囲を見渡すと、山本萌が恵理の隣で、得意げにこちらを見ていた。
美也子は落ち着いて反論した。
「先生、告発なら証拠が必要でしょう。私をカンニングだと訴えた人は、どんな証拠を出したんですか?」
先生は眉をひそめて言った。
「前回の模試では最下位だったのに、今回は急に成績が上がりすぎている。納得できない生徒が多い。だから、改めて君だけでテストを受けてもらうことになった。不満はあるか?」
「もちろんあります」
美也子はきっぱりと答えた。
「ほら!やましいことがあるからでしょ?本当に実力なら再テストなんて怖くないでしょ!」
山本萌はすぐに立ち上がって騒ぎ立てる。
美也子は呆れたように言った。
「主張するなら証拠を出しなよ。何の根拠もなく私をカンニングだと決めつけるのは、ただの中傷だよ。こんなことでいちいち再テストさせられるなら、授業どころじゃないでしょ」
この筋の通った反論に、圭介も思わず驚いていた。
彼の記憶の中では、美也子はいつも穏やかで、非難されると動揺していたはずだ。
だが、今の彼女はまるで別人のようだった。
美也子が一歩も引かないのを見て、先生は言った。
「皆が疑問に思うのも無理はない。再テストを受けることで潔白を証明できる。いつまでも疑われるのは嫌だろう?」
明らかに疑う側の意見に寄っている先生に、美也子は微笑んで返した。
「再テスト自体は構いません。でも、根拠もないのに疑われて、名誉を汚されるのは納得できません。山本萌さんが私を疑うなら、もし私が潔白だと分かった時、何かしらのペナルティが必要じゃないですか?また次も無根拠で疑われたら、私は永遠に再テストを受けることになる。
だから……彼女が根拠もなく告発するなら、その結果も背負ってもらいます。私がカンニングしていなかった場合、山本萌は退学、どうですか?」
「退学?それはちょっとやりすぎ……」
先生は驚いたように、山本萌の方が成績が良かったこともありつい彼女を庇ってしまう。
美也子は負けじと続けた。
「根拠もなく私をカンニングだと決めつけて中傷したら、その傷は大きいです。もし私が耐えきれず自殺したら、責任取れますか?」
教室の空気が一気に重くなる。
彼女は山本萌に向き直り、挑発するように言った。
「どうしたの?あれだけ私をカンニングだと決めつけてたのに、今さら賭けるのが怖いの?」
「誰が怖がってるっての!」
山本萌はカッとなって応じた。
「先生、私も賭けます!美也子の実力なんて皆わかってる。絶対カンニングに決まってる。再テストを嫌がるのはやましいからでしょ!」
そして先生に向かって訴えた。
「もし美也子がカンニングしてたら、彼女も退学でいいです。私はカンニングする人と同じクラスなんて嫌です!」
「分かった!」
美也子は先生の返事を待たずに即答した。
「じゃあ美也子、授業が終わったら職員室に来なさい」
先生は仕方なくとそう告げ教室を出ていった。
山本萌は美也子を見て、今にも勝ち誇ったような表情を浮かべている。
圭介は美也子に近づき、退学を賭けるなんてと呆れ気味に言った。
「美也子、本当にそれでいいの?もしカンニングがバレたら退学だし、それこそ恥ずかしいぞ。俺だったら先生に謝るよ。模試のカンニングくらい大したことじゃないし、ちゃんと謝れば俺が先生にとりなしてやる。前の模試で俺に勝ったし、十キロも走らされたけど、もうそのことも水に流すからさ」
「……」
圭介のお前のためにという偽善的な態度に、美也子は皮肉を感じずにはいられなかった。今まで冷たくしてたくせに、急に善人ぶるなんて。
美也子は嘲るように口元を歪めて言った。
「あなたも私がカンニングで成績を取ったって思ってるんでしょ?善人ぶるのはやめて、本気で助けたいなら、あなたの彼女の親友・山本萌をどうにかしたら?あの子が噂を広めてる張本人なんだから」
表向きは山本萌だが、恵理も無関係ではなかった。彼女はいつも無邪気なふりをしているだけ。
前世での恵理がどんな人間か、美也子はよく知っている。圭介と喧嘩するたび、恵理は火に油を注いでばかりだった。
圭介は自分が親切心で助けてやっているつもりだったが、美也子が少しも感謝を示さないことに苛立ちを隠せなかった。
「せっかく忠告してやってるのに、どうして分からないんだ?これはお前のためだぞ!」
「あなたのため?」
美也子は、まるで冗談を聞いたように圭介を上から下まで見つめた。
「もしかして、レストランの皿洗いのバイト、きついの?後悔してる?また私に養ってもらいたいの?」
「ヒモ」という言葉が針のように圭介を刺した。彼は顔を真っ赤にして、唇をぎゅっと結び、何も言えなくなった。
最近のアルバイトは本当に大変で、学業や生徒会の仕事に追われ、毎日夜遅くまで働いてもお金は全然足りない。
美也子にぜいたくにに養われる生活に慣れていたからこそ、贅沢は敵という言葉の意味が身にしみて分かった。
だが、それ以上に受け入れがたかったのは、美也子の態度だった。
前はただのお嬢様の気まぐれかと思っていたが、しばらくすればまた元通りに戻ってくると信じていた。
なのに、彼女は本当にもう世話を焼くことをやめてしまったのだ。
それは圭介の想像をはるかに超えていた。