もちろん、ほかにも「美也子は厄介だ」という噂話もあった。山本萌をやり込めた件は、まるで目撃したかのように言いふらされていた。
「……」
面と向かって嘲笑されても、美也子はただ滑稽に思っただけ。
こういう男たちにとって、女子が下品な噂を立てられるのは面白い娯楽なのだろう。
美也子は特に怒ることもなく、落ち着いた声で訊いた。
「あなた、鈴木陽太よね?」
鈴木陽太はわざとらしく目を見開いた。
「おっ、俺のこと知ってるんだ?前に圭介のこと囲ってたって聞いたけど、マジ?まさか俺にも気があるとか?悪いけど、俺はヒモにはならないからね!」
そう言ってわざと胸を押さえ、まるで美也子が自分に手を出すかのような仕草をした。
そんな自意識過剰な様子に、美也子は思わず吹き出した。
「家に鏡がなくても、学校にはあるでしょう?それで自分のツラ見てきなよ。私があんたに気があるわけないでしょ。バカ。」
そう言い捨てると、美也子は鞄を肩にかけ、自分の車に向かって歩いていった。
鈴木陽太はしばらく呆然とし、プライドを傷つけられたように顔をしかめた。
「おい!お前、言い方キツすぎだろ!俺、結構イケてる方だぞ!」
返事代わりに車のドアがバタンと閉まる音が響いた。鈴木陽太はその場に立ち尽くしながらも、口元にはニヤリとした笑みが浮かんだ――美也子、だな。俺をけなしたこと、忘れんなよ。
家に帰ると、宗弥が来ていた。
数日ぶりに姿を見せた彼の周りを、真白が嬉しそうに駆け回っている。
「もう落ち着いたの?」
宗弥が立ち上がると、その身長に思わず圧倒される。
「うん。」
「もう私に勉強教えるのが面倒になって、来るのやめたかと思った。」
美也子は正直に言った。ここ数日、別の家庭教師も試したが、宗弥ほど効率が良くなかった。
「ちょっと用事があっただけ。」
「説明しなくていいよ。」
美也子は遮った。
「来てくれるだけで十分ありがたいんだから。用事があるなら優先して。」
前世、宗弥に最後に助けられたことを思えば、これくらいの待ち時間は何でもない。
宗弥は静かにうなずいた。
「じゃ、勉強しよ!」
美也子は明るく言い、質問をまとめて宗弥と一緒に書斎に入った。
宿題をしている間も、宗弥は黙って隣で見守ってくれる。ネットでの噂話も当然知っていたが、彼女が落ち込んでいる様子はない。むしろいつも通りで、宗弥は準備していた言葉を飲み込んだ。
その時、宗弥のスマホが軽く振動した。鈴木陽太からのメッセージ。
「宗弥先輩、木曜のバスケ練習試合、絶対来てくれますよね?」
すでに返事はしていたが、鈴木陽太は念を押してきた。
宗弥は「うん」とだけ返した。
勉強が終わると、宗弥が言った。
「木曜の午後、君たちの学校に行く。」
「え?」
美也子は少し驚いた。
「バスケの練習試合があるんだ。」
会場は桜丘高校の体育館。
美也子の目が輝いた。
「じゃあ、応援に行くね!」
その言葉を聞いた宗弥は、ごくわずかにうなずいた。
「うん。」
昔は彼女の視線がいつも圭介だけを追い、周りは背景にすぎなかった。今、自分の応援をすると言われ、言葉にできない喜びが胸をよぎった。
木曜の午後、試合開始前から学校は騒然としていた。白峰高校のバスケ部は強豪で、優勝候補でもある。
「この前、鈴木陽太がうちの学校に来てたよね。結構かっこよかった!」
「どこが?葛城の方がずっとイケメンだよ!」
すぐに反論が返る。
圭介は成績優秀、スポーツ万能、ルックスも良く、学校でも人気の王子様。
でも、ここ数日、恵理の心はざわついていた。
美也子に言われた「ギャンブル狂の父親」という言葉が、心に刺さったままだ。彼女は、ギャンブルで家庭が壊れた人たちを知っている。
周囲が圭介を持ち上げる声を聞きながら、「お父さんのことは過去の話。圭介自身は優秀なんだから」と自分に言い聞かせていた。
桜丘高校で圭介に勝てる人はいない。圭介と一緒にいることで、自分も誇らしい気持ちになれる。
美也子は周りの声に耳を貸さず、読書に集中していた。
以前なら、圭介の試合となれば誰よりも先頭で応援をまとめる一番のファンだった。今思うと、そんな自分が可笑しい。
「パパ活」の噂のせいで、一緒に応援しようと声をかけてくる人もいない。
ただ、「宗弥も白峰の生徒だけど、来るのかな?」という話題が上がった。成績で圭介を唯一上回る存在として、宗弥の名前は特別だった。
「難しいんじゃない?ああいうイベントには滅多に出ないって聞いたし、会えたらラッキーだよ。」
周囲が宗弥の話をするのを聞きながら、美也子の隣で圭介は不機嫌そうに黙り込んでいた。重苦しい雰囲気を漂わせながら、美也子に向き直る。
「そんなに必死に勉強して意味あるの?」
「もちろん意味あるよ。」
美也子は顔を上げ、意外にも圭介が自分を気にしていることに気付き、口元を少し上げた。
「私はあなたみたいに元々できるわけじゃないもの。どうしたの?私が伸びてきて焦ってる?」
「何を焦るんだよ?」
圭介は鼻で笑った。
「だって私お金持ちで見た目も悪くない。もし成績まで圭介や恵理を抜いちゃったら、あなたたち立場なくなるでしょ?」
わざと冗談ぽく言った。
圭介はしばらく黙り、ふっと冷笑した。
「美也子、お前が上位二百位に入れたのは運が良かっただけだぞ。上は激戦区なんだ。次はまた落ちるだろうな。お前に負けるわけない。宗弥が俺を抜けるのはあいつの才能がすごいからだ。お前じゃ、どれだけ頑張っても俺の積み重ねには敵わないよ。」
美也子は肩をすくめた。
「どうなるかなんて、誰にも分からないでしょ。」
「もういい、準備するわ。」
圭介は苛立った様子で立ち上がり、教室を出て行った。
恵理は二人のやりとりをじっと見つめ、手のひらに爪を立てていた。「パパ活」してるくせに、まだ圭介を狙ってるの?
と思いながら、嫌悪感を必死に隠し、優しい笑顔を作って美也子の席へ向かった。
「美也子、もうすぐ圭介くんの応援に行くけど、一緒にどう?」