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異世界仮面~無貌の英雄、『蹴聖』の名を背負う~
異世界仮面~無貌の英雄、『蹴聖』の名を背負う~
赤色の人
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月28日
公開日
1.2万字
連載中
巨大犯罪組織『ネオ』が遺伝子操作と洗脳技術で生み出した怪人や戦闘員を操り、都市を恐怖に陥れる時代――。 かつて『ネオ』に洗脳され、怪人兵器として利用されていた男、真雲零(マクモ・レイ)は、その最前線で戦っていた。 ある日、廃工場での戦闘中、蜘蛛怪人を倒した際の爆発に飲み込まれ異世界へと飛ばされてしまう。 前の世界では組織に日常を奪われ、良い思い出がなかった真雲は、これをきっかけに過去を捨て、この世界で新しい人生を歩もうと決意するのだが――。

第1話『仮面の男、異世界にとぶ』

 どこかの廃工場。


 錆びついた鉄骨と崩れたコンクリートの隙間から、熱風が吹き抜ける。


 地面には下っ端戦闘員の血が飛び散り、脳漿のうしょうがべっとりとこびりついている。


 黒の強化外骨格パワードスーツを身にまとい、その上にボロボロの黒い上着を羽織った男――『マスクドレイダー』こと、『真雲零マクモ レイ』は、倒した戦闘員の屍を踏み越え、静かに佇んでいた。


 仮面に覆われた顔は感情を読み取れないが、彼の周囲に漂う覇気は、空間そのものを圧倒していた。


「チッ、雑魚が。この程度の数で俺を足止めできると思ったのか?」


 真雲は低い唸るような声で吐き捨てる。


 強化外骨格パワードスーツが微かに光を放ち、戦闘の余韻を残している。立ち込める硝煙と風が、仮面マスクの隙間をすり抜け、彼の存在感を一層際立たせていた。


 その時、廃工場の暗がりから、かすれた声が響く。


「ゴフッ!………見事なり…マスクドレイダー…」


 真雲が振り返ると蜘蛛をモチーフとした怪人が、壁に張り付いたまま這うように身を起こしていた。

 片方の脚は半分に潰れ、体液を滴らせながら、怪人は赤く光る複眼で真雲を睨む。


 その声は弱々しいが、どこか敬意を帯びていた。


「やはり切り捨てるには惜しい……お前は組織の最高傑作……最強の……怪人だ……」


 蜘蛛怪人は息も絶え絶えに言葉を続ける。


「だが……組織は裏切り者を許さない…きさまの戦いは、まだ……始まったばかりだ――」


「じゃあ、いつ終わる?」


 真雲の声が、鋭く割り込む。

 仮面の下から滲む苛立ちが、空気を一気に冷たくした。


「……へ?」


 虚をつかれた蜘蛛怪人が、複眼をパチパチさせて戸惑う。


「だーかーらー、いつになったら終わるつってんだよ!」


 真雲は一歩踏み出す。

 強化外骨格パワードスーツの関節が金属音を立てる。


「ちょっ、ちょっと、ま――」


「毎週ッ、毎週ッ、訳の分からんクソ怪人けしかけやがって…! オマエらアレだろ? 俺が暇だとでも思ってんだろ?」


「いや、それは…」


 慌てて手を振るが、脚がぐらつく。


「わ、我々の目的は――」


「はいはい、世界征服だろ? そんな古臭いセリフ、もう聞き飽きてんだよ!」


「う゛ッ」


 真雲は吐き捨てるように言うと、拳を握りしめる。


「そんなしょーもない目的のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ! 分かってんのか? お前らの組織に捕まって、ガキのおもちゃみたいな変身ベルトを体に埋め込まれ、洗脳されて1年も犬みたいに働かされた! やっと洗脳が解けたと思ったら、大学は退学、親以外誰も心配してくれねえ、家賃滞納でアパート追い出される! 怪人を倒しても『仲間だろ』って通報されるだけ! さっきだってバイトの面接中だったのに、お前らが絡んできたせいでクビ確定だ!なぁ、どうしてくれる?どうしてくれるんだ…………な゛ぁ゛ッ!!」


 怒りと疲弊が混じった叫びは、廃墟に響き渡り、彼の仮面の下に隠された生々しい人間性を剥き出しにしていた。


 一方、蜘蛛怪人はというと、完全に萎縮していた。

 複眼を細め、かすかに震える声で応じる。


「なんか…ゴメン…」


 弱々しい謝罪の言葉を漏らす。

 複眼に一瞬、戸惑いとも後悔とも取れる光が揺れた。


「謝って済むと思うか?」


「いや、ほんと……同情したっていうか…………」


「同情!? テメェの同情なんかいらねえ! 俺の人生返せ!」


 真雲の声は冷たく、抑揚のない怒りが滲む。


 強化外骨格パワードスーツの右脚が金色に発光し、金属音とともにエネルギーが集中する。


 真雲は一歩踏み込み、跳躍した。

 特撮ヒーローなら技名を叫ぶ場面だが、彼の場合は違う。


「いねやぁぁあああああああああああああああああああッ!」


 技名などない、怒りに任せた『殺意マシマシの蹴り』である。


 雷鳴のような轟音が廃工場を震わせ、蜘蛛怪人の胸部に直撃する。


「グアアああああ!」


 怪人の悲鳴は一瞬で掻き消され、巨大な蜘蛛の身体は火花を散らしながら爆発する。


――ああ、人生、やり直してえ…どこか別の世界で、こんなクソみたいな戦いから解放されてえ…


 疲弊と諦めが渦巻いている。

 蹴りが炸裂した瞬間、真雲の心はそんな思いでいっぱいだった。


 だが、その瞬間―― 。


 蜘蛛怪人の爆発が、廃工場の片隅に積まれた古い燃料タンクに引火した。


 オレンジ色の炎が一気に膨れ上がり、真雲を飲み込む。


 「やべ、やりすぎ――」


 爆発は予想を遥かに超える規模で広がった。

 廃墟全体が震え、空間そのものが歪むような奇妙な光が現れる。


「!?」


 身構える間もなく、光に飲み込まれ、視界が闇に落ちる。

 そして、真雲の身体はどこか知られざる世界へと飛ばされていた――。


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