どこかの廃工場。
錆びついた鉄骨と崩れたコンクリートの隙間から、熱風が吹き抜ける。
地面には下っ端戦闘員の血が飛び散り、
黒の
仮面に覆われた顔は感情を読み取れないが、彼の周囲に漂う覇気は、空間そのものを圧倒していた。
「チッ、雑魚が。この程度の数で俺を足止めできると思ったのか?」
真雲は低い唸るような声で吐き捨てる。
その時、廃工場の暗がりから、かすれた声が響く。
「ゴフッ!………見事なり…マスクドレイダー…」
真雲が振り返ると蜘蛛をモチーフとした怪人が、壁に張り付いたまま這うように身を起こしていた。
片方の脚は半分に潰れ、体液を滴らせながら、怪人は赤く光る複眼で真雲を睨む。
その声は弱々しいが、どこか敬意を帯びていた。
「やはり切り捨てるには惜しい……お前は組織の最高傑作……最強の……怪人だ……」
蜘蛛怪人は息も絶え絶えに言葉を続ける。
「だが……組織は裏切り者を許さない…きさまの戦いは、まだ……始まったばかりだ――」
「じゃあ、いつ終わる?」
真雲の声が、鋭く割り込む。
仮面の下から滲む苛立ちが、空気を一気に冷たくした。
「……へ?」
虚をつかれた蜘蛛怪人が、複眼をパチパチさせて戸惑う。
「だーかーらー、いつになったら終わるつってんだよ!」
真雲は一歩踏み出す。
「ちょっ、ちょっと、ま――」
「毎週ッ、毎週ッ、訳の分からんクソ怪人けしかけやがって…! オマエらアレだろ? 俺が暇だとでも思ってんだろ?」
「いや、それは…」
慌てて手を振るが、脚がぐらつく。
「わ、我々の目的は――」
「はいはい、世界征服だろ? そんな古臭いセリフ、もう聞き飽きてんだよ!」
「う゛ッ」
真雲は吐き捨てるように言うと、拳を握りしめる。
「そんなしょーもない目的のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ! 分かってんのか? お前らの組織に捕まって、ガキのおもちゃみたいな変身ベルトを体に埋め込まれ、洗脳されて1年も犬みたいに働かされた! やっと洗脳が解けたと思ったら、大学は退学、親以外誰も心配してくれねえ、家賃滞納でアパート追い出される! 怪人を倒しても『仲間だろ』って通報されるだけ! さっきだってバイトの面接中だったのに、お前らが絡んできたせいでクビ確定だ!なぁ、どうしてくれる?どうしてくれるんだ…………な゛ぁ゛ッ!!」
怒りと疲弊が混じった叫びは、廃墟に響き渡り、彼の仮面の下に隠された生々しい人間性を剥き出しにしていた。
一方、蜘蛛怪人はというと、完全に萎縮していた。
複眼を細め、かすかに震える声で応じる。
「なんか…ゴメン…」
弱々しい謝罪の言葉を漏らす。
複眼に一瞬、戸惑いとも後悔とも取れる光が揺れた。
「謝って済むと思うか?」
「いや、ほんと……同情したっていうか…………」
「同情!? テメェの同情なんかいらねえ! 俺の人生返せ!」
真雲の声は冷たく、抑揚のない怒りが滲む。
真雲は一歩踏み込み、跳躍した。
特撮ヒーローなら技名を叫ぶ場面だが、彼の場合は違う。
「いねやぁぁあああああああああああああああああああッ!」
技名などない、怒りに任せた『殺意マシマシの蹴り』である。
雷鳴のような轟音が廃工場を震わせ、蜘蛛怪人の胸部に直撃する。
「グアアああああ!」
怪人の悲鳴は一瞬で掻き消され、巨大な蜘蛛の身体は火花を散らしながら爆発する。
――ああ、人生、やり直してえ…どこか別の世界で、こんなクソみたいな戦いから解放されてえ…
疲弊と諦めが渦巻いている。
蹴りが炸裂した瞬間、真雲の心はそんな思いでいっぱいだった。
だが、その瞬間―― 。
蜘蛛怪人の爆発が、廃工場の片隅に積まれた古い燃料タンクに引火した。
オレンジ色の炎が一気に膨れ上がり、真雲を飲み込む。
「やべ、やりすぎ――」
爆発は予想を遥かに超える規模で広がった。
廃墟全体が震え、空間そのものが歪むような奇妙な光が現れる。
「!?」
身構える間もなく、光に飲み込まれ、視界が闇に落ちる。
そして、真雲の身体はどこか知られざる世界へと飛ばされていた――。