目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第2話「剣王会は恋の戦場らしい」

「……なんであんな無口な人に、心臓が撃ち抜かれなきゃいけないのよ……!」


春の風が吹き抜ける放課後の体育館。

隅っこでひとり膝に手をついて、私はゼーゼーと息を吐いていた。


新学期が始まって、まだ間もない四月。

クラス替えもあって友達づくりが一番の課題なはずなのに――


私は今、「スポーツチャンバラ部」通称「剣王会」の体験練習に参加している。


体育の授業でもこんなに動かないよ……マジで……。


それでも、目を上げればその光景は――息を呑むほど美しい。


剣を交える部員たちの姿。

エアーソフト剣が風を切る音。

軽やかでいて鋭く、遊びのはずなのにどこか凛とした空気。


まるで舞のよう。

一瞬ごとの選択が、剣の軌道にそのまま刻まれていく。


「……スポチャン、ってこんなに綺麗だったんだ……」


私はこの場所を、ただの「面白い部活」としてしか見ていなかった。


でも――彼を見た瞬間、全部変わった。


体育館の中央、黒いジャージに身を包んだひとりの男子。

背は高く、やや長めの前髪の奥から鋭い視線が覗いている。


感情の読めないその目が、ただ静かに前を見据えているだけなのに、なぜだろう。


目が離せなかった。


彼の名前は、藤井 ふじい けい先輩。

剣王会の2年生。

無口で、人見知りで、毒舌。

まるで会話の壁でできた要塞みたいな人だって、噂では聞いていた。


……でも。


その剣筋だけは、まっすぐで、迷いがなくて、見ているこっちの胸を打つ。


初めて見た日――その一撃を見た瞬間、心臓が鳴った。


理由なんてなかった。ただ、惹かれた。


「……藤井先輩がいるなら、ここに入ってみたい」


そんな、よく分からない衝動に突き動かされて、私は今ここにいる。







「……茉莉奈、膝浮いてる。踏み込み、甘い」


低く、乾いた声が響いた。


びくっとして振り返ると、いつの間にか私の背後に藤井先輩が立っていた。


その無表情のまま、ふいっと目を逸らす仕草に――不意に心臓が跳ねる。


「す、すみません……!」


声が上ずるのを必死で誤魔化しながら、フォームを直そうとした、その時。


「……次、俺と」


「へ……えええええっ!? せ、先輩とですか!?」


さっきからずっと先輩の動きを観察していた。いや、凝視してたと言ってもいい。


そんな雲の上の人と、いきなり一本勝負なんて……無理すぎる。


「ま、まだ一本も取れたことないんです私! すっごい下手で、先輩みたいな人となんて――」


「……うるさい。声、大きい。苦手」


\ズキュゥゥゥゥン!!!/


またしても、心に一撃。


「わ、わかりましたっ……お願いしますっ……!!」


体育館中央で構える藤井先輩の背中は、ただ静かなのに、どうしようもなく「来い」と誘ってくる。


(ちょ、ちょっと待って……本気でかっこよすぎるんだけど!?)


顔が火照ってるのを全力で無視して、私は剣を持ち直した。


「構えて……始めっ!」


莉乃先輩――剣王会の主将で、上級生たちの憧れの存在――が、審判を務めてくれていた。


静かな号令と同時に、私は勢いよく飛び出した。


……けど。


「――っ!」


シュッという風のような音とともに、私の腕に柔らかく当たる感触。


「一本!」


莉乃先輩の声が体育館に響く。


全然分からなかった。


動いてなかったのに、いつの間にか間合いを詰めてて、剣は私の動きの先を読んでいた。


「……かっこよすぎて、しぬ……」


崩れそうになる足を、必死で立て直す。


そのとき――


「……もう一本」


再び構える藤井先輩の横顔に、一瞬だけ何かがよぎった気がした。


でもそれが何だったのかは、分からない。ただ、見とれていた。


(ああ……やっぱり私、もう――)


否定しようとしてた気持ちが、ぐらぐらと揺れる。


まだ尊敬かもしれない。でも、それだけじゃもう説明がつかない。


彼の動きに、剣に、言葉に、心がどんどん引っ張られていく。







練習が終わる頃、私はもう汗だくで、体は棒のようだった。


夕焼けに染まる空を見上げながら、ぐったりとした足取りで体育館を出る。


そのとき。


「……下手だけど、まっすぐ来るの、嫌いじゃない」


その声に振り返ると、藤井先輩が壁にもたれて立っていた。


制服のバッグを肩にかけて――そこに、小さなチャームが揺れていた。


ふわふわのシルエットに、まんまるの目。


「……それ、モコモン……ですか?」


「……あ?」


「可愛いですよね! もっこもこで、いつも寝てばっかりで……癒し系!」


「……俺は、カゲモン派」


「えっ!? あの陰キャモン!? いつも地面掘ってるあの子!?」


「……静かで、落ち着く」


「たしかに……。でもちょっと不気味ですよ、あれ……」


「……うるさい。黙ってるほうが、かわいい」


\ドゴォォォォン!!!/(心臓爆発)


藤井先輩は、顔を背けるようにしてスタスタと歩き去っていった。


でも――その耳が、ほんのり赤く染まっていたのを、私は見逃さなかった。


(……ずるい。あんな不器用な言葉で、こっちだけ撃ち抜いて……)


こっちはまだ恋愛レベル1なのに。


でも、たぶん。


この気持ちは、もう始まってしまったんだ。


憧れじゃない。

尊敬だけでもない。

これは、きっと――


「恋の入り口」で、立ち尽くす私の物語。


まだぎこちない。だけど、まっすぐすぎる青春が、いま、動き出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?