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第3話「恋とチャンバラはタイマン勝負でお願いします!」

「……この人、無口なくせに、心には爆音鳴らしてくるんですけど!?」


これは、まだ「好き」とすら言えない私が、

それでも、誰かを追いかけようと決めた、そんな一日のできごと。







「新入部員、紹介しまーす! 一年の春野茉莉奈ちゃん!」


ドン、と背中を押されて、私はぎこちなく一歩前に出た。


今日から正式に、剣王会の一員になった。


部室に集まる先輩たちが一斉に拍手してくれるのが、妙にこそばゆい。


中でもひときわ爽やかに笑うのが、主将の莉乃先輩だ。


「ふふっ、期待してるよ、茉莉奈ちゃん! 私たち、剣の道にゴールはないからね!」


名言みたいなことを、さらっと言うこの人は、もはや剣王会の太陽。

みんなにとっての憧れ。


でも。


私の憧れは、ちょっと違う場所にある。


その視線の先――


黙って椅子に座り、黙って着替えているあの人。

藤井慧(ふじい・けい)先輩。


部活中以外はほぼ無口。しかも話しかけても「うるさい」って言われる確率が8割超え。


……なのに、こっちの心拍数は会話ゼロでもMAXなんですけど!?


(だってだって、無言で剣を差し出されたりしたら、もう、それ……反則じゃない?)


(「ほら、取れ」っていうあの目! 冷たいのに優しいの、ずるすぎるでしょ!?)


入部を決めた理由も、この人がいたから。


剣を握る後ろ姿に、一目惚れしたから。


でも――


「……おい、茉莉奈。妄想してるヒマあったら、準備して」


「ひぃっ!? 聞こえてました!? 今の独り言……!」


「……うるさい。あと、声でかい」


「はいぃぃぃ……!」


先輩が黙って差し出したメンを、ビクビクしながら受け取る。


でもその指先がちょっとだけ私の手に触れた瞬間――


\ドクン……/


心臓が、跳ねた。


(あーーーもうっ……何この人。静かに刺してくるタイプの恋の殺人鬼……!)


でも、不思議と、怖くはない。


むしろちょっとだけ、嬉しい。







練習が始まってからの私は、案の定、先輩たちのスピードに全くついていけなかった。


「動きが大きすぎるよ、茉莉奈ちゃん! 小さく速く! はい、そこステップ!」


「ひぃぃっ、手が……足が……体がばらばらになりそうですぅぅぅ……!」


体育館の端っこで、私はゼーゼー息を吐きながら、床にへたりこんでいた。


「……フォーム、変わった」


声がした。見上げると、またしても藤井先輩。


「え? あっ、あの、悪くなったってことですか……?」


「……前より、“構え”に迷いがなくなった。悪くない」


(ほめた!? 今、めっちゃ間接的にほめた!?)


「で、でも先輩みたいな速さ、全然できないです……私、運動神経マイナスなんで……」


「……いいよ、別に。速さなんてあとからついてくる」


「え……?」


「“迷わない剣”は、強い。……それ、俺が最初に負けた理由」


ふと、藤井先輩の瞳が、遠くを見た。


(……え? 負けたこと、あるんだ)


「……誰に、負けたんですか?」


「……莉乃」


「主将……!」


藤井先輩が、誰かを“負けた”って認めるの、初めて聞いた。


「……まっすぐで、うるさい人。だから、負けた。でも……その時から、見てる」


「……先輩も、憧れてたんですね」


「……」


「でも、今は……」


その続きを、言えなかった。


代わりに、先輩がぽつりとつぶやく。


「……俺も、誰かにそう言ってもらえる剣、持てたらいいと思う」


「――っ!」


(やば……今、絶対ズキュン案件……)


「わ、私……私も、目指します!」


「……は?」


「藤井先輩に“いい剣だ”って言われるような、そんな剣、持てるようになりたいって……!」


先輩が、驚いたように私を見た。


そのあと、ほんの一瞬――唇の端が、上がった気がした。


ほんの、すこしだけ。







その日の帰り道。


夕焼けに照らされる坂道を、私は自転車を押して歩いていた。


ふと、後ろから同じく自転車を押す気配。


振り返ると、やっぱり藤井先輩。


「……一緒に、帰るんですか?」


「……別に。たまたま」


「えへへ、そっかぁ」


その“たまたま”が、嬉しいんですけど?


「……」


「……」


沈黙が、しばらく続く。


でも、この沈黙は、嫌じゃない。


「ねぇ、藤井先輩。私、弱いけど……頑張ります。だから、見ててください」


「……」


「で、できれば……もっとたくさん、話しかけてくれると、嬉しいかも……なんて」


「……やだ」


「えっ!? 即答!?」


「……でも、見てる。練習も、試合も。……たぶん、今日も夢に出るくらい見た」


「そ、それってどんな――っ!」


「……じゃあ」


藤井先輩はそれだけ言って、自転車に乗って先に坂を下っていった。


(い、今のって……なに……?)


胸の中が、熱い。


春の夕風が、頬をなでていく。


その風に乗って、心臓がまた跳ねた。


“静かな先輩”が、こんなにうるさいなんて。


――これ、ぜったい、恋です。

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